海の魔女・朔の夜
海から這い上がる。
潮騒が心地よい。
さくり
砂を踏む足音。
主の気配に心がざわめく。
『ぬし様』
「困った子だね。契約は捻じ曲げるものではないよ」
ぬし様が小さく笑う。
指先でゆっくりと額を、頭を、撫でられる。
「困った子はね、そばにいられると困るんだよ」
つぷり
そんな感触。
ぬし様の指を飲み込んでいるのだと思うと喜びが脳内を駆け巡る。
「お前がセアの契約を引き継ぎ、捻じ曲げるのは資格のないことなんだよ?」
ぬし様の機嫌を損ねているとしても、今この甘美さには代えかねる。
甘美な歓喜の渦。自然と体がうねる。
ぁああああああ
『ぬしさまぁあ』
触れていただいている。今私だけを見てくださっている。
体が不意に跳ねてぬし様が遠ざかる。
視界の先で私が跳ねていた。
体が押しつぶされて呼吸が荒くなる。
「ミラ」
「はい。お父様」
じゃりっ
皮が砂と擦れて音を立てる。
砂が再生しようとする肉に食い込んで激痛が走る。
ぬし様の姿を追おうとする先に枯葉色の目があった。
すっと通った縦長の瞳孔。
にんまりと笑う猛獣の娘。
「お父様の敵は消えなさい?」
キマイラ……さま?
魔女を喰らったモノの末期