海の魔女
潮騒の中に何時ものように涙と嘆き。
幼い少女。蜂蜜の髪を砂と潮に汚して嘆く。
あまりに悲しげに嘆くのであたしは少女に近づいた。
「なにを嘆く」
海で想い人を浚われたと嘆く。
「もう、生きていないのではないか」
そう囁けば、その証が欲しいと少女は咽ぶ。
「対価を払うならあたしが調べてあげようか」
少女はきらきらと目を輝かせて頷いた。
次の日。
あたしは少女の後ろ姿を見ながら青い眼差しを受ける。
そんなつもりはなかった。
水に沈む幼い子。
「この子はあの人の血を継いでるの。ねぇ。これで見つけることができるわね」
夏の日差しのように無垢な焼け付く笑み。
「では、この子はあたしのものだね」
少女は後悔なく頷く。
ああ。哀れだ。
あたしはあたしの子供を助ける。
大きく立てられた音に気がついた住人が少女のいる場所に現れ何かと騒ぐ。
ああ。
あたしの坊や。どうか幸せにおなり。
青い目があたしを見て笑う。
何がどうなったのかわからない。
あたしの坊や。
失われていく血潮。
ああ。なにもできない。
「タスケテ。ナンニモイラナイカラタスケテ」
ああ。ああ。よくぞ。よくぞ望んでくれた。
「あたしが助けてあげようネェ。二人で仲良くいるんだよぉ。時々、一緒に遊ぼうねぇ」
あたしの可愛い坊や達。
どうかどうか幸せにおなり。
「怪我がなくて良かった」と喜ぶ男。
「ぱてぃ」
坊や達はその男に縋る。
抱きしめられたくすぐったそうに強い力に抗議して。
笑っている。
少女は嘆く。
「船しか帰ってこなかった。あの人の名残が帰ってこない」
想い人は我らに近しい側に落ちたのだ。
帰るコトを、少女を省みることを選ばなかったのだ。
その事実は伝えてはいけない規則。
人の世と違える我らの規律。
少女はあたしに縋った。
あたしは『娘をあたしによこせ』と伝えた。
『いない』と嘆く少女に『想い人が還れば得ることができるだろう』と囁いた。
あたしには死者は還せない。
しかし、あたしらがわに落ちたのなら影響を与えることができる。
少女はうっとりと頷いた。
あたしはあたしの坊や達とすごしたい。
約束をもってあたしは行くべき場所へ向かった。
『セア』
あたしを出迎えたのはエキドナ。
「約束があるんだよ。お通しよ」
唾を吐く。
「それともなにかい? 約束は軽いって言うのかい?」
その背で爪を研ぐ娘が見える。
キマイラまで出張ってくるのかい。
「何にもできない約束もちに大仰だねぇ、器が知れるねぇ」
『どうしても?』
渋るエキドナ。
「あたしは約束を履行するだけさぁ。契約は大事だろぉ?」
「なんのさわぎ?」
子供が顔を出す。
キマイラとエキドナが頭を下げる。
あたしはする義務などない。
「呼んできてあげるから騒がないの。ねぇ、セア。後悔しても知らないよ?」
「あたしはいつだって後悔したことはありはしないね」
子供は肩をすくめると奥へと消えていった。
「知ったかぶりでいけ好かない子供」
『ウロボロス様。セア。あの方を軽視するならば、約束とは別の理由で排除しますよ』
あたしは鼻を鳴らす。
いけすかない。
「エキドナ?」
黒髪の少年から青年に変わって間もないような男。
エキドナとキマイラが頭を下げる。
先ほどより、より深く。
あたしの坊や達の源流。
「約束があるのさ。あんたは帰らなきゃならないのさ。あんたはまだ人でなきゃならないのさ」
「ん。そうする。エキドナ。こっちを頼むね」
あっさりと決断を下す青年。
こんなために坊やたちは傷ついたの?
あたしのかわいい坊や達。
『はい。……さぁ、歓迎するわ。セア』
エキドナは何を言っているんだい?
あたしは坊や達のところにかえるんだよ?
あぁ。ああ。
カエルンダヨ。
あたしのかわいい坊や達のトコロに。
ああ。あぁ。
いやだぁ
『愚かしい魔女だこと』