まさかあいつが
「さぼったの?」
「え?」
「バイト、今日バイトでしょ」
「え、あ まぁ」
姉貴は冷静に聞いてきて、拍子抜けした。
一瞬力が抜けたその時、姉貴の目配せで俺に似た あいつ は走り出した。しかもめちゃくちゃ早くて、目で追うだけで言葉が出せなかった。俺より確実に早い。
「健にみられちゃったかー」
ふぅっとお酒の入った赤い顔で姉貴は背伸びをした。そしてさっきまであいつがいたベンチに座るよう促してきた。
そして「もう、隠すことはできないわね」っと小さくため息をついた。
「ひとつ約束して欲しいんだけど・・・守れる?」
「え?」
「これから話すことが守れなかったら、健の人生にかかわってくることだし、私としては知らないほうがいいと思うんだけど」
って、ここまできて知らないでおくなんてことができる訳ないじゃないか。
「教えろよ、もやもやして気持ち悪いし」
はぁ 姉貴が『あの子もあと少しだったのになぁ・・・』っとつぶやいてため息をついた。
「俺と同じ顔の奴誰なんだよ、早く教えろよ」
なかなか始まらない あいつ の正体にイライラし始めていた。
「さっき言った約束なんだけど、あなたに似たあの子の前で、冗談でも『死にたい』って言っちゃダメよ。
健は簡単に酷い言葉を口走るから心配なのよ、大丈夫かしら?」
「言ったらどうなるんだよ」
「わからない・・・ただ・・・んーなんでもない やめといた方がいいんじゃない?」
「ただ なんだよ でも、いわなきゃいいんだろ 『死にたい』なんてどんな冗談で言うんだよ、大丈夫だって。」
結局、姉貴は俺が教えるまで帰さないと判断したのか、また ため息をついた。
「あの子はね、虎次郎なのよ」
「は・・・」
姉貴の真顔の告白に
「ブハハハハ、そんなことよく真顔で言えるなぁ、酔ってんの?」
お腹がはち切れそう、口が裂けそう、息ができないくらい笑いがこみあげてきた。俺に冗談でもいうなって念を押して、そのジョークなんなんだよ。うける。こんなに笑えたのいつぶりだろうか。
一通りおさまるのを待っていた姉貴はまたため息をついた。
「で、ほんとは何者?」
まだ少し笑えてくるのをこらえて聞いた。
「話しても駄目ね。あの子私の家にいるから、来る?」
姉貴はのそっと立って、ゴミ箱にゴミを捨てに行くと一人暮らしをはじめた家にむかって歩き始めた。
「あぁ」
同棲してるのか。彼氏なのか・・・俺に似た、いやあれは俺そのものだった。
まさかあいつがほんとに虎次郎・・・なんてね。
俺は姉貴の少し後ろをついて、あれこれ考えながら歩いた。家で待つ 虎次郎 に会うために。