セイイチ Part2
「あの、これ……お茶です」
俺はお茶の入ったガラスコップを彼女に渡した。
「ありがとう」と不思議なもの見るような目をしながらコップを受け取る彼女。
「……」
会話が続かない。
どうも俺は親しくない……というか妹以外の女の子が苦手で、こう目の前にいられると緊張して言葉が出てこない。今朝もギンジと山崎さんとの会話に加わることが出来なかったな。
やばいやばい。なにか話をしないと。
「えーと……そのあの」
「はい?」
「えーと」
「?」
「あの……お、俺、新沼セイイチって言います……」
考えが纏まらないうちに口を開くものじゃないな。俺は何を話していいのか分からなくなってしまい、何故か自分の名前を名乗っていた。
まぁまだお互いに自己紹介も済んでないので、ある意味ベターな選択だったかもと、前向きにとらえておこう。
「にーぬま……せーいち」
日本人離れした容姿に、腰まで伸びたこれまた日本人離れした銀髪を持つ少女は、鈴が鳴るような綺麗な声をしていた。
「新しい沼で新沼、聖人の聖に数字の一でセイイチでしゅ」
噛んだ。緊張しているのがばれてしまう。
「セイイチ……。綺麗な名ですね」
そう言うと彼女は、少し照れた顔をしながら笑った。
……あー。
ちょっと可愛いなと思った自分がいる。いや別に悪いことじゃないんだけど、自分の下心みたいなものを認識してしまって、軽い自己嫌悪。
「あ、ありがとう。自分の名前をそんな風に言われたのは初めてだ……です」
「そうですか? こちらの言葉には明るくないもので……。名の由来は分かりませんが、とても綺麗な響きをしていると思います」
「実は俺も名前の由来は知らないんだよなぁ……あっし、知らないです」
「ふふふ。普段通りに話してくださっても大丈夫ですよ?」
彼女は笑顔のまま、先ほどから見つめるばかりでまったく口をつけていなかったコップを口元に運んだ。
意外と彼女の方も緊張していたのかもしれない。
「これは……不思議な味をしていますね。今まで味わったことのない香りです」
コップを手に持ったまま、本当に不思議そうな顔をする少女。
「飲んだことない? これ麦茶っていうんだけど」
「麦……? 麦とはあの麦ですか? この茶は麦からできているのですか!?」
近い近い! そんなに身を乗り出して顔を近づけないでくれ! 顔が赤くなっているのが鏡を見なくてわかっちゃう。
「あぁ……確か麦を焙煎して……これはパックなんだけど」
目が泳ぐ。
「なるほど。この渋味、苦みと香ばしさは麦に火を入れることで作られているのですね。勉強になりました」
「まぁ俺も詳しくは知らないんだけどね……」
彼女が納得した様子で乗り出していた身を引いてくれたので安心する俺。
空気が緩んだのを感じた俺は、とりあえず彼女にある質問をしてみることにしたのだが。
「ところで……あの……あなたは……」
名前がわからないんじゃ。
なんと呼んでいいのかわからず口ごもる俺を見て彼女は、少しだけ姿勢を正して――。
「“シィカ・ラコーン・ソニア”。私の名前です」
名前を言い終わった瞬間、彼女の腰まである銀の髪が光り輝いた――。
「気軽にシィカちゃんと呼んでくださいね☆」
あっ、やっぱ気のせいだ。
今の今まで驚く場面もあったが、常に不思議な気品のようなものを持っていた彼女――シィカが、まるで一枚数千円の握手権(CDのオマケ付)を善良なファンに売りつける某アイドルグループが、ダンスの振付に使うような安っぽいポーズを取っているのだ。
「えーと、シィカさん? そのポーズは……」
「これですか? これは先程までお世話になっていた地の方々のお部屋に備え付けてあったてれびなるもので流れていたもので、確かえーけー……あっ!」
話の途中、突然何かを思い出した様子のシィカ。
「どうかした?」
「地の方々で思い出しました!」
「……はぁ」
地の方々ってなんだ。
それに普通に会話してるけど、この人はあの大穴から現れたんだ。
この人はいったい何者なんだ。
……この話を聞き終わったら聞いてみないとな。
「私は何故セイイチの家の中にいるのです!?」
「え。そこから?」