7話 塵塚怪王の在り方
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「………何故、我輩はこんなことになっておるのだ?」
大通りの真ん中で子供たちが塵塚怪王の周りを回っているのを見ながら呟く。
少し時間は遡る。
「とりあえず試験的で構わないから、警羅に出てちょうだい」
と朝、曹操にそう言われたのがことの始まりだった。
「ぬぬぬ………」
塵塚怪王としてはあまり警羅には出たくないのだが、契約者たる曹操の命に逆らうことは出来ない。
曹操たちがどう考えているかは分からないが、塵塚怪王の言うところの契約はかなりの拘束性がある。
それこそ曹操がやれと命じれば警羅には絶対に行く。嫌々ながらも………。
「………うむ。了承しよう」
「大丈夫よ。ちょっとした策があるのよ」
と絶対に嫌な予感がする笑顔を見せる曹操。
それに一抹の不安を感じながらも塵塚怪王は警羅隊の詰所へ向かうのだった。
「あれ?怪王さん、どうかしたの~?」
詰所には于禁が詰めていて、塵塚怪王が中を覗くと、こちらに寄ってくる。
中に詰めていた兵たちが塵塚怪王に奇異の視線を向ける。
「外に行く?」
それを感じてか、于禁が気づいてそう言う。
「いや、構わぬよ。曹操から聞いておらぬか?今日一日、我輩も警羅隊に加わるのだ」
「…………あぁ!!確か真桜ちゃんがそんなこと言ってたの!」
「うむ?真桜がであるか?」
こういったことは楽進がいつもやるのだが、どうやら今回は李典が任されているようだった。
「………嫌な予感しかしないのである」
「何か言ったの?」
「いや、なんでもない。では中で待たせてもらうとしよう」
塵塚怪王は高さのやや低い入口を潜り、詰所へ入る。
「間に合った~~~、ってもう居るやないか!?」
暫くすると李典が詰所に駆け込んできた。
「遅いの~、真桜ちゃん」
「すまんすまん。ちょっと準備に手間取ってん」
と李典は手に抱えた荷物を示す。
「それは何なの~?」
「フフフ、よくぞ聞いてくれたで、沙和」
これみよがしに見せながら李典は胸を張る。
「これはな、怪王が街に馴染めるようにって華琳様に頼まれて作ったもんなんや」
「我輩が、か?」
と塵塚怪王はその荷物を見る。
「そうや。昨日徹夜で頑張ったんやで?誉めてもええんやで?」
どや顔な李典に塵塚怪王は素直に感嘆する。
いつもは自分の趣味でしか熱意を見せない李典が徹夜をしてまで考えていたのだ。少なからず嬉しく思ってしまう。
…………と、初めは思っていた。
「でな、怪王はあれやねん。見た目が威圧的過ぎんねんて。せやから、これつけたら馬鹿ウ………親しみやすくなるんとちゃう?」
と取り出したのは内職で作る紙の花だった。
「これを頭にとか着けたら、ウケ………ええと思うねん」
「うわぁ~、怪王さん、可愛いの~!」
「でな、桂花様を見て思いついたんが、これや!」
と次は猫耳を取り出す。そしてそれを塵塚怪王の頭に取り付ける。
「ぷっ。………い、いいで、くふふ……うん、可愛い可愛い」
「あははっ。怪王さん、それいいの~!凪ちゃんにも見せてあげたいの~」
ちなみに楽進は今日は非番である。
後ろで兵たちが笑うのを我慢していた。
「でお次はこのフリフリの………」
「おい、真桜………」
「なんや、怪お―――」
李典が何か言う前にガシッと李典の頭を鷲掴みにする塵塚怪王。
「汝は徹夜でこれを考えたのか?」
「そ、そうやで…………」
タラリと汗を流す李典。
「そうか。…………他に何か言い残すことはあるか?」
「イタタタッ!ちょ、アカンて!割れる、ウチの頭割れてまうて、怪王!?」
「うむ。一度、その湧いた頭は割っておいた方が良さそうだと思ってな。我輩は親切であろう?」
「ちょ、嘘や嘘!冗談やて!」
バタバタと抵抗する李典。
「ほほう。では、キチンとした対策は考えておるのだろうな、真桜?」
「……………………あるよ。って、イダダダッ!」
「ちょい加減が強すぎやて。ホンマに割れるかと思うたで………」
「我輩はいたって真剣であったがな」
頭を擦りながら言う李典に塵塚怪王は腕を組み、答える。
「それで対策はなんなのだ?」
「ないよ?」
「ほほう………」
しれっと言う李典に再び、塵塚怪王の魔の手(物理的意味合い)が伸びる。
「ちょ、それはもう勘弁や!」
どうやら相当痛いらしく、李典は慌てて頭をガードする。
「ちゅぅか、怪王にはそないなもん要らんねんて」
「うぬ?それはどういうことである?」
「まぁ、それは行ってみれば分かるんとちゃう?」
「うぬぬ………」
「もしかして、怖いん?」
「なッ!?………いいだろう。我輩はどうなっても知らぬからな」
「大丈夫やて!ささ、行くで~」
と塵塚怪王の背中を押して、詰所から出ていく李典。
「あ、待ってなの~!」
それを于禁が追っていく。
塵塚怪王を連れて歩く二人はやはり街の人なら奇異の目を向けられた。
「ふん………」
塵塚怪王は鼻を鳴らす。自分へ向かってくる視線は気にはしないが自分のせいで他者に向けられる視線を気にしないほど塵塚怪王は傲岸不遜ではない。
「……もう良かろう?我輩は戻るぞ」
塵塚怪王踵を返そうとすると………。
「ちょい待ちや、怪王。まぁ、この辺でええやろ」
と李典に止められる。そして李典は周りを見渡し、少しだけ頷く。そして…………。
「さぁ、坊っちゃん、嬢ちゃん。この塵塚怪王が遊んでくれんでぇ!」
そう周りに聞こえるように言う。
「なッ!?何を言っておるのだ、真桜!?」
すると周りからぞろぞろと子供たちが寄ってくる。
恐る恐るではあったが…………。
「ほら、怪王。子供たちが待っとるで」
と再び背中を押す李典。
「うぬぬ………」
傍目には黙って立っていて、威圧的なのだが………。
子供たちの前に出されたはいいが、何をすればいいのか、もっと言えば何故こうなってしまったのかを考えている塵塚怪王。
大人たちは李典たちが居るため、必要に心配はしはしてないが、それでも成り行きを見ていた。
「おじちゃん、遊んでくれるの?」
と一人の子供が塵塚怪王に訊く。
「う………」
「おじちゃん、おっきいね。なに食べたらそんなにおっきくなるの?」
と矢継ぎ早に質問が飛んでくる。
「おじちゃん、飴持ってない?」
と小さな男の子が塵塚怪王の手を引いた。
「あ、飴であるか?………うむ」
と塵塚怪王の口がパカリっと開く。そしてそこからポロリと一粒の飴玉が出てきた。
「手持ちはこれくらいだ」
とそれを子供に差し出すと………。
子供はそれを口に含んだ。
「美味しぃ~」
子供が花の咲いたような笑顔を塵塚怪王に向ける。
すると………。
「僕も!僕も!」
と次々に子供たちに詰め寄られる。
「ま、待つのである!?順番であるぞ!?」
あたふたとする塵塚怪王に更に子供たちが群がる。
「あはは~。怪王さん、たじたじなの~」
「見た目はああやけど、なんやかんやで子供には甘いからな、怪王は」
とそれを少し離れた場所で見る二人。
「それにしてもやるの、真桜ちゃん。子供たちにたじたじな怪王さんを見て、大人の人たちも怪王さんを見る目が変わっているの」
「まぁ、ウチらも最初は怪王が怖かったやん?でも怪王はウチらに優しくしてくれたやん。それを分かってもらうにはこれが一番やと思ったんよ」
「まぁ、でも一番効果があるのは…………」
と于禁が子供たちに群がられる塵塚怪王の背中を見る。
「あの紙なの~」
塵塚怪王の背中に一枚の紙が張り付けてあった。そこには…………。
『李典特製お遊び絡繰人形』
と書かれていた。
それに塵塚怪王が気づいて、李典を追いかけ回し、それを追うように子供たちが駆けていくのだが、それはまた別の話。
その件以来、街の人が必要以上に塵塚怪王に奇異の視線を向けることはなくなった。
これで改めて、塵塚怪王は―――――子供たちの玩具として認識されたのだった。