6話 魏へ赴く塵芥の王
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「まさか、怪王が一緒に来るなんて思わへんかったわ」
「そうなの。怪王さんはあの村でずっと暮らしてくのかと思ってたの」
曹操の本拠地へ移動する中、李典と于禁がそう言う。
「本当に良かったんですか?家を留守にしてしまって………」
楽進は妖屋敷のことを言っているのだった。中身はどうであれ、見た目は子どものような妖者たちが多い妖屋敷。それを心配しているのだろう。
「構わぬよ。あそこには鼬と手負い蛇が居る。我輩が居なくともやっていけるであろう」
それに、と村のある方を見る塵塚怪王。
「我らはどこにでも存在し、どこにも存在していない。物理的な距離などは関係ないのだよ」
「絆とかそんな感じなの?」
「ふん。その理解で良いぞ」
ガシャガシャと音を鳴らして歩いていく塵塚怪王。
その少し後ろを小さな少女が付いてきているのだが、誰も気づいていなかった。
その少女の毛先はまるで炎のように揺らめいていた。
「お帰りなさいませ、華琳様」
曹操のことを出迎える猫耳フードを被った少女―――荀イク。
「ただいま、桂花。出迎えご苦労様ね」
「いえ、こんなことなんでも…………?」
曹操の言葉に頬を染める荀イクだったが、曹操の後ろにいる見知らぬ四人に眉をひそめる。
「あぁ、紹介するわ。新しく仲間になった楽進たちよ」
荀イクの視線を理解したのか曹操が楽進たちを紹介する。
「楽進と申します。よろしくお願いします!」
「于禁なの~。よろしくなの!」
「李典や。よろしゅうに!」
三人がそれぞれ挨拶をする。
「えぇ。私は荀イクよ、よろしく」
と荀イクは返す。そして三人の後ろに居る塵塚怪王を見る。
「えぇと、なにこれ?」
と塵塚怪王を真っ直ぐに指す。
「うむ。口の聞き方のなっておらぬ小娘だ」
「喋った!?なに、この“がらくた”」
「ちょ、アカンて、怪王にそないなこと言うたら………」
―――ガシャガシャ。
李典が慌てたように言う。
塵塚怪王は自分のことを屑などと呼ばれるのを嫌う。
「早う、謝りや」
「なんで私が謝らなきゃいけないのよ」
荀イクは塵塚怪王が近づくのを見ながらも断固として謝ろうとしなかった。
そして塵塚怪王の手が荀イクに伸びる。
「止めなさい、塵塚怪王!」
曹操の言葉にもそれを止めようとはしなかった。
そして…………。
―――ガシッ。
荀イクの手を握る塵塚怪王。
『―――は?』
全員がその予想外の行動に呆ける。
「うむ。汝は中々に見所のある人間のようだ。我楽多か………くくく。言い得て妙なり」
そう言って塵塚怪王はブンブンと握った腕を振る。
「………な、な、何すんのよ!?離しなさいよ!」
「うぬ?おぉ、これはすまないな」
パッと手を離し、塵塚怪王は荀イクを見下ろす。
「ったく。汚らわしい男が私に触るんじゃないわよ。妊娠したらどうしてくれるの!?」
「うん?我輩は男ではないぞ」
「え?」
「貴方、女なの!?」
と塵塚怪王の言葉に荀イクを始め、楽進たちまで驚く。
「いや、女でもないぞ。我輩は妖者だからな、性別はない」
『…………』
「うぬ?どうかしたのか?」
「はいはい。設定乙……」
「怪王、居るかしら?」
曹操が塵塚怪王の部屋やって来た。
「うむ。華琳であるか……。少々待つが良い」
と中から返事が返ってきた。
真名についは全ての将と交換し終えていた。
「何をしているの?」
と中から物音が聞こえ、気になり曹操は扉を開ける。そこには………。
「…………」
「返事を待たずに扉を開けるでない」
自分の首を“手に持つ”塵塚怪王がいた。
「………ごめんなさい。また出直すわね」
曹操はそれから目を逸らし、扉を再び閉める。
「ちょっと待て、何故そのような憐れみの目を我輩に向けるのだ!?おい、待たぬか!」
それを止めようとする塵塚怪王。
「いえ、ホントにごめんなさい」
依然、目を逸らす曹操。
「だから何故、そのような目を向けるのだ。まるで偽毛だと丸分かりの者の偽毛が落ちてしまったのを見てしまったかのような目を!」
「誰でも隠したいことはあるわよね。大丈夫よ、誰にも言いはしないわ」
そして曹操は優しげな目を向ける。
「だから何故―――」
とそこで塵塚怪王の目が光った。ピカッと………。
「…………」
「…………」
曹操はそれを見て黙り、塵塚怪王は曹操の顔に反射し自分の目が光ったことを確認し黙る。
「………誰にだって変な趣味くらい」
「違うぞ、これは!?く、真桜め、また他人の体を弄くりおって………」
そこまで言うと曹操を退けて、塵塚怪王は廊下に出る。
そこに偶然、楽進たち三人娘が通りかかる。
「あ、怪王さん丁度いいところに……って目が光ってるの!」
「ぬぉぉぉ!真桜ぅぅぅ、また貴様は他人の体をぉぉぉ!!」
「真桜、またか………っていないし」
既に李典は一目散に逃げていた。
「逃がすと思うのかッ!?」
それを塵塚怪王も追っていく。
村を出ても塵塚怪王と李典の追いかけっこは続く。
「それで何の用であるか?」
「えぇ、それは……ぷぷ」
改めて曹操に話を聞こうとするが、曹操は思いだし笑いをする。
「………華琳。用がないなら退室願おうか?」
「あら、ごめんなさい。でもね…………まだ光ってるわよ、目」
「…………気にするな」
「………ぷっ。ごめんなさい、少し、ふふ、待ってもらえ、ふふふ」
腹を押さえる曹操に塵塚怪王はこめかみを押さえる。
「………も、もういいわ。だいぶ慣れてきたわ」
それから少し経って、持ち直した曹操が話の続きをする。
「それで今日来たのは貴方の仕事についてなのよ」
「仕事?契約は汝に力を貸す、のはずだ。汝が我輩の力を必要とした時に呼べば良かろう?」
「暇してる者を出すのは良くないわ。街の警備隊なんてどうかしら?丁度、凪たちもそこに配属しようと思うのよ」
「我輩がか?冗談はよせ」
と頭を振る塵塚怪王。
「我輩のような妖しき者を警備に配置は出来んだろ」
「あら、自覚はあるのね」
「ふん。我輩にとってこの姿は普通であるが、人の子らにとっては奇異であることぐらいは承知しておるよ」
ギシッと椅子がなる。
「我輩のような不審な輩を警羅に出しては汝が不利益となるぞ」
「でも貴方はあの村では馴染んでいたみたいだけど?」
「ふん。それは“村”であるからだ。人の行き来の激しい街ではそうはいかんよ」
「まぁそうね。それについては対策を考えておくわ。それと貴方、兵の指揮は………」
「―――出来ぬぞ」
「それは経験がないから、かしら?」
「いや、もっと根元的にだ。そもそも我輩と汝らではものの考え方が違うのだ。例えばだ、華琳よ。弓兵に特化した部隊を弓を使えぬ者が指揮することは可能か?」
「可能かどうかと言われれば不可能ではないわ」
「ただ、効率が悪い」
「そうね」
曹操は驚く。まさか塵塚怪王がここまで頭が回るものだったとは………。
「言っておくが文官としても同じことだぞ」
「ッ!?……分かってるわよ」
塵塚怪王が曹操の思考を先回りする。
「故に我輩は力が必要な時に汝の求めに応じよう」
それが契約だ、と塵塚怪王は話を切り上げる。
「分かったわ。………そういえば貴方、部下とかはいないのかしら?」
「うぬ?」
「秋蘭が見てるのよ。貴方が賊と対峙した時に………」
「うむ。あれは眷属である」
「眷属?」
「うむ。汝らに分かる言葉だと………家族か。まぁ、厳密ではないのだがな」
そう言って塵塚怪王は窓から外を見る。
(寂しいのかしら?それとも心配なのかしらね。案外、人間味もあるじゃない………)
と曹操が同じように窓の外を見ると…………。
――――ふわふわ。
なんか火の玉が浮いていた。
曹操は自分の目を擦り、再び外を見る。自分の見間違いであると………。
――――ふわふわ。
しかし、変わらず火の玉は浮いていた。
「………うむ。あやつらはちゃんとしているのであろうか?」
「ちょっと!違うでしょ!?今は哀愁を漂わせてる場合じゃないわよ!!」
「うぬ?どうかしたのか、華琳?」
火の玉が見えているはずなのに何の反応も見せない塵塚怪王に曹操が己のキャラも忘れてツッコミを入れる。
(まさか、私だけにしか見えてないの!?)
「何をぶつぶつ言っているのだ?まるで窓の外に火の玉を見たが我輩には見えていないのではないかと心配するような顔であるぞ?」
「分かってるんじゃないッ!!」
「くくくっ。すまぬな、先程の仕返しだ。入ってきても良いぞ、古戦場火よ」
と塵塚怪王が声をかけるとふわふわしていた火の玉は止まり、下に降りていき見えなくなる。そしてその後、下から少女が顔を出すのであった。
「ついてきたのか、古戦場火よ?」
塵塚怪王は窓を開け、古戦場火を抱き上げると部屋の中へ入れる。
「………うん」
コクンと頷く古戦場火。
「そうか………。これもまた因果かもしれぬな」
そういうと塵塚怪王は椅子に座る。古戦場火は座った塵塚怪王の膝によじよじと登り、そこに座った。
まるで父娘のようである。
「華琳よ、改めて紹介しよう。この者は古戦場火だ」
「………。(ペコリ)」
「(な、何なの!?この可愛い子は!?)……曹孟徳よ」
心の中では古戦場火の可愛さに胸キュンしながらも表には出さない曹操。覇王スキルの無駄遣いである。
「さっき言っていた我輩の眷属であるぞ」
「………」
塵塚怪王の言葉に何の事か分からずに塵塚怪王の顔を見ながら首を傾げる古戦場火。
「………ねぇ、塵塚怪王」
いきなり真剣な口調になる曹操。
「何である?」
「――――その子、一晩だけ貸してくれない?」
そこには百合の顔をした曹操がいた。