48話 塵王の選択
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「いきなり何をするかと思えば……自暴自棄か、塵塚怪王?」
長江の水面の上に立つ渾沌。
「くっくっくっ。自暴自棄?否、あの場は我輩たちの決着には相応しくない。であるから場所を変えたのだ」
「塵塚怪王………キミ、それで決めたつもりか?」
体が水を吸って、段々と沈んでいく塵塚怪王。
「というか、ここが相応しいのか?どう見ても、キミに不利じゃないか。それともこの渾沌対して手心を加えるつもりか?」
「否。その問いにも否と答えよう。我輩は何事においても手は抜かぬ。たとえ遊びだろうと全力を尽くすのが我輩の信条である」
「……いや、それもどうかと思うけど……」
呆れる渾沌。だが、そのせいで渾沌は見落としていた。塵塚怪王の沈んでいた体が止まっていることに………。
「くっくっくっ。楽しいであるな」
「本当におかしな者だな、塵塚怪王。そんな状態で何が―――ッ!?」
そこで漸く気がつくことになる。自分の足下の、川底の黒い巨大な影に。
それは長江すら多い尽くすほどの影だった。
「まさかこれは………!?」
「うむ。間に合ったようだな」
「いきなり飛び込んで来ないでほしいの」
いつの間にか塵塚怪王の頭の上には抱き付くように高女が居た。
「くっくっくっ。それはすまなかったな」
「なんだか吹っ切れた感じなの」
「そうであるな。やっとこれで全ての準備は整ったのである。上がってくるが良い、蚣蝮……いや、赤ゑいの魚よ」
長江に潜む巨大な影の正体は巨大な魚、竜生九子の最後の一つ、蚣蝮―――赤ゑいの魚だった。
「それが何だと言うのだ。たかが竜の成り損ないが一人増えたぐらいでどうなるのだ?」
「渾沌よ、主は分かっておらぬようだな」
くっくっくっ、と笑う塵塚怪王。
「これは………」
「これは?」
「―――ただの演出である!」
『なんでやねんッ!!』
その場に居た妖者全員がつっこむ。
「いやいや、これで一発逆転の一手とかは?」
火車が塵塚怪王に訊く。
「無いである」
「じゃあ何でボクたちに残りの者を集めさせたのさ!?」
「うぬ?やはり最後は皆が集合していた方が格好がつくというものであろう?」
皆が忘れていたことだが、この塵塚怪王という者はイメージを大切にしている節があるのだ。
「じゃあ、もしかして船を壊したのは………」
「派手な演出であろう。今度、我輩の登場時に使おうかと思うのだが、どうだ?」
『…………』
全員が頭を押さえる。
「やっぱり、ふざけているだろ?」
渾沌は塵塚怪王を睨みつける。
「いや、我輩はいたって真面目である。真面目に不真面目である」
睨む視線も感じないかのように塵塚怪王は言う。
「うむ。だが、これは中々に良かったのであるな」
と足下の赤ゑいの魚を確かめる塵塚怪王。
「流石の我輩とて水の中に沈みながらでは些か話しにくいであるからな」
既に長江は河ではなく、赤ゑいの魚により陸地となっていた。
そして塵塚怪王の言葉に渾沌だけでなく、この場の全員が………。
(じゃあ、船を壊すなよ)
と思っていただろう。
「キミさ、本当に戦う気あるのか?」
渾沌は確認のつもりで言ったのだろう。だが、塵塚怪王の返答は想像の範囲外だった。
「―――いや、特には無いである」
―――ズコッ。
これには渾沌を含む全員がコケる。
「ちょ、ちょっと待つんだゾ、怪王!?キミ、さっき決着がどうとか言ってなかったかい!?」
まさか、と鬼一口は言う。それは認めたくない事実。だけど確実に可能性が高い真実。
そして誰もが望みを託して、塵塚怪王を見る。塵塚怪王の口から出た言葉は――――。
「あれはその場のノリである」
『……………』
「どうかしたのであるか?」
全員からジト目で見られて、首を傾げる塵塚怪王。
「じゃあ何しにここまで来たのさ?」
「うむ、そうであったな。つい楽しくて忘れていた」
と改めて塵塚怪王は渾沌に対峙する。
「渾沌よ……」
「……何だよ」
真っ直ぐに渾沌を見る塵塚怪王。
「――――我輩に力を貸してはくれぬか?」
「……は?何を言ってるんだ。この渾沌はキミの敵だぞ?それに力を貸せって………」
「うぬ?我輩は主と敵対しているつもりはないぞ?」
「――――は!?」
「我輩は最初から主に力を借りるためにこの場を用意したのだ」
「キミの主張は分かった、塵塚怪王。でも、何故この渾沌がキミに力を貸さなくてはいけないのだ。お断りだ」
「そう言うでないぞ、渾沌よ。我輩と共に妖者と人間が共に暮らせる世界を作ろうではないか」
「何故人間なんかと共に暮らさなければいけないのだ。そんなことに何の意味が…………」
「――――そうしなければ妖者が滅びるからだ」
塵塚怪王は平淡に言う。
「近い未来に妖者は人間から忘れ去られ、その存在意義を失う。そして再び妖者が現れた時には世界は妖者を異物として拒絶する。我輩はそれを阻止したいのだ」
「そんなことを信じろと?」
「信じずとも良い。だが、可能性はあるはずだろう、渾沌よ」
「…………」
「主の強大な力も人間の闇に対する恐れから来るものだ。主が他の妖者を作り、力を保管していたのは徐々にその恐れが少なくなっているからであろう?」
妖者の原点は人の想いから成るのだ。
例えば暗い闇の恐れる想いから生まれる渾沌。
例えば長年使い続けて物に対する想いから成る付喪神。
例えば戦場で死んだ者たちの想いから生まれる古戦場火。
その存在がどうあるかはそれぞれに違いはあるが、その生まれる根本には人の想いが不可欠であり、その存在を保ち続けるためにも人の想いが必要なのだ。
「だから、キミは他の妖者たちの存在を肩代わりしているのか?」
「そうである。だが、我輩の力は一時的な処置に過ぎない」
そして仮初めに過ぎない、と塵塚怪王は言う。
「だからこそ我輩には主のような人と原初から在る恐れで生まれた妖者の力が必要なのだ」
妖者と人間が共にあるために、と言葉を区切る。
「そんなこと、本当に出来ると思っているのか、塵塚怪王……」
「勿論である。我輩はそのために居るのであるからな」
「そのために?」
「渾沌よ、何故鬼一口や蛟が人を襲わずしてその存在を保っていると思う」
「?……それはキミが彼らの存在意義を肩代わりしているからだろ」
「そう見えるか……。いや、我輩は努めてそう見せていたのだがな……」
と塵塚怪王は自分の後ろに居る妖者たちを見る。
「――――あれは嘘である。いや、語弊があるな。正確にはその存在意義を“造り替えた”のだ」
「造り替える?そんなことをどうやって……」
塵塚怪王の力は捨てられたモノを統べるものだ。それは塵塚怪王が“捨てられた”と思えば全てが塵塚怪王の支配下になるものだ。
しかし、それは造り替えることまで出来るものではない。
「この力は我輩の友から貰ったものだ。創造を司っていた友からな……」
「創造って……。まさか、太歳星君の言っていた梵天というのはそういう意味か……」
梵天とは創造を司る神のことだ。同じ神格を得ている太歳星君はそこに感じるところがあったのかもしれない。
「うむ。この力を使えば妖者と人間が共に暮らせる世を築くことが出来る。それに――――――」
ニヤリと笑う塵塚怪王。
「主が我輩に従うように造り替えることもな」
「……脅すつもりか?」
「そうであるが、何か?別に我輩は聖人君子であるつもりはないぞ。我輩はこの世を築くために手段を選ぶつもりはない。だが、自主的に協力してもらえることに越したことはないのだがな」
「……ふっ。やっぱりキミは面白い。この渾沌に協力を求める者なんて今までにいないよ」
渾沌は笑う。
「もしかして、もう既に造り替えていたりするのかい?」
「いや、まだであるが……」
「そうかい。ならこの気持ちは本物か……」
「ということは……」
「まぁ、いいかな。力を貸そう、塵塚怪王」
「うむ。よろしく頼むのである」
「ただし、一時的にだ。もし、キミがその世界を築くことに失敗したら……分かっているね?」
「それでいいでのある」
塵塚怪王は手を差し出す。
「……ふ~ん」
それを一瞥して、その手を取る渾沌。そしてその手を引っ張り、塵塚怪王を引き寄せる。
「うぬ?何を――――――ッ!?」
塵塚怪王の唇に強引に自分のを押し付ける。
『なっ!!!!!』
「はい、これで契約成立だ。キャッキャッキャッ」
「な、ななな――――何してるんだ!?」
火車が渾沌に詰め寄る。
「何って?契約だけど?」
ふふ~ん、と鼻を鳴らす渾沌。
「な、何が契約なんだ!?この破廉恥な!!」
「怪王さんの唇が……」
顔を真っ赤にする火車にガクンと肩を落とす鵺。
「キャッキャッキャッ。でも残念なのは“初めて”でないことだね」
と渾沌は古戦場火を見る。それにつられて全員が古戦場火を見る。
「まさか…………」
「灯ちゃん……」
「…………(ポッ)」
こうして妖怪大戦争は終わりを告げたが、乙女たちの戦いは続くのだった。
「これで良かったのか?」
「うむ……」
色々と騒動はあったがそれも収まった頃、塵塚怪王の目の前には白容裔。
「これで良いのだ………」
「そうか。塵王、主が望むのなら私は何も言うまい」
白容裔は塵塚怪王を見る。その瞳は憐悲の色に染まっていた。
「全く、頑固な所はあの者そっくりじゃな」
「一目連殿………」
ふわりと空から一目連が降りてくる。
「手間をかけさせたのである」
「よいよい」
「それに供物のことも………」
「まぁ、それは少し惜しい気もするのじゃがな」
塵塚怪王は一目連に向かって、頭を下げる。
「お二人にはお世話になったのである………いや、お世話になりました」
いつもの言葉遣いを止めて、二人に再び頭を下げる塵塚怪王。
「それが主の選択なのじゃな、塵王」
「はい。改めて俺をここまで見守っていただき、ありがとうございました。天目一箇神、そして――――」
伊斯許理度賣命、と塵塚怪王は白容裔を見る。
「…………」
白容裔―――伊斯許理度賣命は無言で塵塚怪王を見る。
「………怪王さん」
とそこに古戦場火が現れる。
「あの、怪王さん。お話って……」
塵塚怪王は話があると古戦場火を呼び出していたのだった。
「うむ。丁度良いところに来てくれた、古戦場火よ」
といつもの言葉遣いに戻る塵塚怪王。
「挨拶は丁度終わったところである」
塵塚怪王は古戦場日に向き合う。
「古戦場火よ。主に頼みがあるのだ」
「……はい。私にできることならなんでも」
手を胸元でキュッと握る古戦場火。こうして頼まれることが嬉しいようだ。若干頬が上気している。
「うむ。主にしか頼めぬことなのだ―――」
と塵塚怪王は続けて、こう言った。
――――我輩を殺して欲しい。




