47話 妖怪大戦争……の一歩手前
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「のう、塵王。お主は妾に何を捧げるのじゃ?言っておくが前みたく饅頭では無理じゃぞ。釣り合わぬからの」
「では何を望むというのだ?」
「そうじゃの、ならば――――――その“力”を捧げてもらおうかの」
「!?」
「お主も分かっておるのじゃろ?その力はお主には過ぎたるものじゃ。勿論、渾沌にも、の……」
じゃから、妾が貰う、と天目一箇神は言う。
「元々その力は妾ら、神の力じゃ。それを返すと思えば安いものじゃろ?」
さぁ、とでも言うように手を前に差し出す天目一箇神。
「所詮はキミ達も力なのかい?」
とそこに鬼一口が現れる。
「貪口か……。何の用じゃ?妾は今忙しいのじゃ」
「あはははっ。忙しいね、そうやって強請るのがキミ達の役割なのかい?」
「ッ!?……貪口風情が吠えるな」
両者が睨み合う。
「うん?吼えるのは…………」
「私の役割よ」
と次はうわんが現れる。
「力のあるやつはどいつもこいつも……」
それに続けて送り拍子木も現れる。
「ふん。主らのような妖者が神たる妾に意見か。片腹痛いの」
「あはは。キミが例え強大な力を持っていてもそんなの意味をなさないゾ」
「…………よく吠えるの。竜の成り損ないの癖に龍神たる妾に勝てるとでも?」
天目一箇神の後ろで稲光が鳴る。
「力に差があっても、ここで生まれたボクたちには地の利があることを忘れてないかい?」
鬼一口から殺気が漏れ出す。それに呼応するようにうわんと送り拍子木も臨戦態勢に入る。
「身の程を弁えぬ輩は好かぬの。――――お灸を据えてやるかの?」
バシンッと扇を閉じる天目一箇神。
「―――――止めよ」
しかし、それは塵塚怪王の言葉で止められる。
「今は我輩らで争っている時ではないのだ」
そう言って鬼一口たちを下がらせる。
「天目一箇神殿」
「……何じゃ?」
「我輩の力を捧げることはできぬ。これは我輩には過ぎたるものだが、我輩には必要なものなのだ」
塵塚怪王の鳶色の真摯な瞳が天目一箇神を射抜く。
「だが、もし全てが終わったのならばこの力はお主らに返そう。元より我輩は――――」
「あぁー、嘘じゃ嘘」
「……うぬ?」
ひらひらと扇を振る天目一箇神。
「塵王よ、お主はちと真面目すぎるの。別に妾とてそのような力は要らぬわ。その力は妾にも過ぎたるものだからの」
それを使いこなせるのはあの者ぐらいじゃ、と天目一箇神はため息を吐いた。
「……まぁ、今はあの怪火を消すのじゃったな。良いぞ、その望みは叶えてやろう」
「対価は?」
「そうじゃな……またあの娘の饅頭を頼むぞ。今度はきっちりと妾への供え物として作らせるのじゃ」
「うむ。そう伝えよう」
「本当じゃな!?約束じゃぞ!?」
「う、うむ……」
目をキラキラさせる天目一箇神……いや、一目連。余程気に入っているのだろう。
「随分と見事な悪女っぷりだったな」
「ふふん。妾は悪女も似合うのじゃ」
雨の中、二人の女性が立っていた。一目連と白容裔だった。
「どうも塵王の周りはあやつに甘すぎるからの。妾が苦言を申してやったまでじゃ」
そう言ってパタパタと扇ぐ。
「貴女もあの力は欲しいのであるか?」
「あのような事は冗談に決まっとる。第一、妾にはあの力を制御することなぞできぬのじゃ」
白容裔の問いにうっすらと笑みを浮かべる一目連。
「あの力を制御できるのはあの者とそれを受け継いだ塵王ぐらいのものじゃ」
と一目連は今、正に渾沌と対峙している塵塚怪王に目を向ける。
「さて、あの者が託した未来がどう出るかの………」
「随分と頑張るでしゅね、異国の妖者」
「ふん。我輩には立ち止まっている暇などないからな」
「自ら消滅の未来を選ぶでしゅか……」
渾沌と塵塚怪王が船の上で対峙する。
「ここで終わりにしようか、ぬらりひょん。いや、渾沌よ」
「いいでしゅよ。そろそろ飽きてきたでしゅ、異国の妖者。いや、塵塚怪王」
仁王立ちの塵塚怪王にニヤリと笑う渾沌。
「でも、キミは相手を見誤っているでしゅよ?」
と渾沌の後ろに羅刹女と太歳星君、窮奇などが現れる。
「確かにキミとは力の差はほぼ無いでしゅ。しかし、この状況ならどうでしゅ?」
「それこそ意味無いゾ、渾沌」
塵塚怪王の後ろにも鬼一口や火車たちが現れた。
両者は睨み合う。ここに妖者たちの最終決戦が始まろうとしていた。
「キャッキャッキャ。意味無い?違うでしゅね。それは勘違いでしゅ」
嘲笑う渾沌。
「キミたちは渾沌を勘違いしてるでしゅね。いや、その塵塚怪王と同じように見ている、が正しいでしゅか」
塵塚怪王と渾沌。その性格や容姿は違えど根本的なことは同じだった。共に多くの眷属を従える。
「でも、この渾沌は塵塚怪王のように甘くはないのでしゅよ」
と渾沌は“羅刹女”を掴む。
「……?何をなさるのですか―――」
「戻れ」
羅刹女の言葉を無視して、渾沌は羅刹女を“取り込む”
そして次は太歳星君、次は禍斗と、渾沌の周りに居た妖者は次々に渾沌の“闇”に取り込まれていく。
全ての取り巻く妖者を“呑み込んだ”時には渾沌の姿は少女から成人の女性へと変わり、身体を取り巻く禍々しい雰囲気はその濃度を増していた。
「ふぅ。久しぶりに力を戻したけど、意外と懐かしさは感じない、かな……」
舌足らずだった言葉も流暢になっていた。
「どうかな、塵塚怪王?キミ好みに胸は控え目にしておいたよ」
と自らの胸を指し示す渾沌。
「うむ?我輩は別段控え目な胸が好きなわけではないぞ?」
「あれ?そうなのかい?」
おかしそうにに笑う渾沌。
それは塵塚怪王の後ろにも控えた数人の妖者の反応を見ていたからだろうか………。
「仲間を喰らうなんて中々の趣味だゾ」
「仲間?そこが勘違いだな、饕餮」
「鬼一口だゾ。間違えないでほしいゾ」
「どちらにしても同じことさ。名などその者を示す記号だよ」
渾沌はニヤリと笑う。
「まぁ、塵塚怪王はそれにこだわりがあるみたいだけどね。おっと、話が逸れてたね。それで、仲間だっけ?違うよ。アレらはただの予備だ。キミ的に言えば非常食かな?」
鬼一口を見る渾沌。
「この渾沌が生み出したんだ。非常時に力を取り戻せるようにね」
渾沌が手をかざすとそこから火が生まれる。それは禍斗の火だ。
「それはキミたちも同じだ。この大陸で生まれた者は全てがこの渾沌の力の予備だ」
口を歪めて、笑う渾沌。
「つまりはキミたちの親、ということになるわけだ、この渾沌は」
「それがどうしたと言うのだ」
火車が食いつく。
「知らないのかい?親に子は勝てない。神代から親殺しは大罪だからね。そして不出来な子を間引くのは親の義務だ」
場が渾沌に支配される。誰一人として動くことは出来なかった。
…………いや、ただ一人を除いては――――――。
「くっくっくっ――――」
渾沌に呑まれたその場でただ一人笑う者。それは――――塵塚怪王。
「……何がおかしいのかな、塵塚怪王?」
「いや、ただ我輩の目に狂いはなかった、と思ったまでだ」
「強がりかい?キミの頼れる仲間は全てがこの渾沌の力となるのだよ?」
「―――それが何だと言うのだ?」
塵塚怪王は渾沌から一歩も引かない。
「解らぬな。それがどれほど重大なことだと言うのだ?そのような状況なぞ――――」
日常である、と塵塚怪王は腕を高々と振り上げる。そして…………自分たちが立っている船へと、甲板へと降り下ろす。
『―――えぇぇぇぇ!?』
甲板はいとも容易く砕かれ、船上にいた者たちは例外なく、長江へと投げ出される。
「ふははははっ」
投げ出されながらも塵塚怪王は笑っていた。それは純粋な喜悦の笑いだった。




