44話 鬼が笑う時
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――――――タッタッタッ。
二人の走る音が洞窟に響く。
「全く………面倒事だゾ。恨むよ、塵塚怪王……」
走りながら呟く鬼一口。
「それに高女も余計なことを―――ッ!?」
走りながら後ろを向く。
「どうかしたのかよ?」
必然的に送り拍子木の顔が見えるが、今の鬼一口には見えていない。その奥、闇を見つめて、キュッと唇を締める。
「ったく、どんだけ本気なんだよ」
そう呟くと、急に送り拍子木の手を引っ張り、洞窟内に突起する岩間に強引に捩じ込む。
「痛ッ!?何すんだよ、鬼一口!?」
「ごめんね、でも少しそこに縮こまっていてほしいゾ」
送り拍子木の文句を流しながら、送り拍子木に覆い被さる鬼一口。
「なッ!?な、何してんだよ、お前!?こんな時に――――」
とそこで空気が揺れる“音”がした。
「なんだよ、今の音………」
「…………」
送り拍子木の疑問に何も答えず、鬼一口は覆い被さった位置から退く。
そして、自分達が走ってきた方を見る。
「おい、無視するなよ!?」
何か分からない不安を感じた送り拍子木は鬼一口の袖を掴む。
「………え?あ、あぁ、喋ってたのかい。ごめんね、気づかなかったゾ」
といつもの調子の鬼一口がそこにいた。
「何が喋ってた、だよ。こんな近くで聞こえないわけ――――」
少しほっとした送り拍子木は文句を言おうとしたが、それは鬼一口によって遮られる。
「とは言え、今のボクには何も聞こえはしないのだけどね」
「………は?」
「うぅん……表情を見ようにも暗いからよく見えないし………仕方ない。送り拍子木、聞いてほしいゾ。さっき多分、空気が揺れるのを感じたはずだゾ。あれは蒲牢が吼えたんだ」
鬼一口は一方的に喋る。
「アレの力は声なのさ。つまりは音だゾ。全く、こんな閉鎖的な空間で大声出して………耳がイカれたゾ」
鬼一口は蒲牢の声に気づき、送り拍子木を岩の隙間に入れ、自分の体で蓋をして防いだのだ。
それにより鬼一口の耳は使い物にならなくなった。
「取りあえず、送り拍子木はここに隠れているといい。蒲牢はボクが引き付けて――――」
音が聞こえず、そして洞窟の中は視界が悪い。だから…………。
「―――み~つけたぁ」
後ろから近づく蒲牢に気づくのが遅れたのだった。
「鬼一口ッ!?」
送り拍子木は鬼一口の手を引っ張り、逃げる。
「………また、邪魔をするのね。でも、もう逃がさないわよ」
蒲牢は逃げる二人を見て、笑う。それは歪に壊れた笑みだった。そして息を大きく吸い込むと、一点に向けて放出する。
先程のように広範囲でなく一点集中だ。
それが鬼一口たちの頭上に向けて放たれる。
「ッ!?」
「うん?地震?」
音を伴い崩れる天井にいち早く反応したのは送り拍子木。しかし、音が聞こえない鬼一口は揺れには気がついても、それが何なのかに気づくのが遅れたのだった。
「鬼一口ッ!?」
送り拍子木が鬼一口の襟を引っ張り、難を逃れる。
「あちゃ~。案外耳が聞こえないのは痛いものだね」
崩れた天井を見ながら、鬼一口はひきつった笑みを浮かべた。
「もう逃がさないわよ。饕餮ちゃん、そんな女なんて捨てて、私のところに戻ってきてちょうだい。お姉ちゃん怒ってないわよ。だって、饕餮ちゃんは悪くないもの。悪いのは全て――――ソノオンナ」
「送り拍子木……ボクが引き付けるから、その隙に逃げるんだゾ」
鬼一口は送り拍子木に聞こえる小さな声で言う。
耳が聞こえなくても蒲牢が何を言っているか分かる鬼一口。
「………るな」
しかし、送り拍子木は…………。
「ふざけるなッ!!」
送り拍子木は鬼一口の襟を掴み、後ろへ投げる。そして、蒲牢と対峙するように立つ。
「痛ッ!?な、何するんだい、送り拍子木!?」
「煩い!どうせ、聞こえてないだろうけどな!そんな体で引き付けられると思ってんのか、この馬鹿がッ!!」
ビシリッと鬼一口を拍子木で指す。
「お前は黙ってそこで休んでろ!」
そして再び蒲牢と対峙する送り拍子木。
「フフフ、いい度胸ね。いいわよ、私と饕餮ちゃんの仲を邪魔する泥棒猫は私が排除してあげるわ」
「ったく、弟離れもできねぇのかよ……」
「だって、そんなも必要ないもの!!」
大きく息を吸い込む蒲牢。そして一点集中で送り拍子木に放つ。
――――カンッ!!
「なッ!?」
乾いた音がなり、ピンピンとした姿の送り拍子木を見て、驚きを隠せない蒲牢。
「舐めるなよ。正体が音ってんならこっちだってやりようがあんだよ」
つまり、拍子木の音で蒲牢の声を相殺させたのだ。
「アンタが音を使うならこっちもそれを使えばいいんだよ。相性は最悪だろ?」
「くっ。泥棒猫の分際で………。音を防げるからって、何?それで私の力を封じたことにはならないのよ?それに貴女だって私に攻撃できないのよ?」
「ったく、姉弟揃って力だのなんだの………。使い方が分かってないな、この×××」
すると送り拍子木の周りに火が灯しだす。
「……貴女、怪火なの?」
「違ぇよ。怪火でもあるんだよ」
送り拍子木の力“分布”は数の力だけではない、もう一つ“多様性”があるのだ。
それは音の妖、送り拍子木でもあり、怪火の妖、送り火でもあるということだ。
「力ってのはな、使い方なんだよ」
すると送り拍子木の姿が変わる。それは巨大な口を持つ狼の姿。
「ッ!?なんで貴女が饕餮ちゃんの姿を!?」
「ケッ。これも一つの姿だ」
それは送り狼だった。
「テメェはなんだかムカつく。ベタベタと……なんだよ、そんなに胸が大きいのが良いのかよ。………背が高いから良いのかよ。あぁ、もう!!どうせ、チビでぺたんこだよ!!」
何故、自分かこうも苛つくかは分からないが、兎に角…………。
「テメェは貪ってやるよ………」
「―――で、なんでこうなってんだよ………」
「送り拍子木ちゃ~ん♪」
ベタベタと送り拍子木に引っ付く蒲牢。
「だって、饕餮ちゃん……じゃなくて今は鬼一口ちゃんだったわね。その大切なひとなら私の妹も同然よ。いえ、義妹かしら?」
「うぜぇ!離れろ、このクソ×××!!」
「あら、義姉ちゃん悲しいわ」
しくしく、とわざとらしく目元を隠す蒲牢。
「いや、まさか本当に蒲牢を手懐けるなんて、ボクも驚きだゾ」
その後ろで鬼一口はニヤニヤと笑っていた。
「それにしても今までボクにご執心なのは迷惑だったけど、変わられると変わられるでなんだか寂しいなぁ」
「言葉に気持ちがこもってねぇぞ、テメェ………」
「いやいや、そんなことは………あるかもね」
「ってか、テメェ、耳聞こえて……」
洞窟から出ると鬼一口の耳は完全に治っていた。
「うん?あぁ、あれは一時的なものさ」
「そうよ。私が大切な鬼一口ちゃんを傷つけるわけないわ」
と笑い合う鬼一口と蒲牢。
「兄弟姉妹喧嘩ではよくあることさ」
「はぁ!?………なんなんだよ、それ」
「いやぁ、それにしてもまさか送り拍子木がボクの為にあそこまで戦ってくれるとは思わなかったゾ」
「なッ!?ち、違ぇよ、そんなんじゃ……」
「お姉ちゃんもまさかあそこまでされるとは思わなかったわ。あれだけされたんだもの。ここは譲るしかないわよね。送り拍子木ちゃん、これからも鬼一口を頼むわね」
「だから、違ッ…………」
「あはははっ。恥ずかしがって、可愛いゾ、送り拍子木」
「だぁ!?うぜぇよ、この腐れ×××どもがッ!!」
「………何してんだよ?」
「おや、送り拍子木かい。珍しい所で会うね」
蒲牢を連れて帰ってきてから数日後。
屋根の上で寝ころぶ鬼一口の隣に送り拍子木がやって来て座る。
「何してんだって聞いてんだ」
「うん?まぁ……反省会、かな……」
と寝たままの姿勢で手足を伸ばす鬼一口。
「なんだかんだと、またキミに助けられたなぁと思ってね」
空を見上げて、鬼一口は呟く。
「あれから色々と考えたんだけどね……。何も変わってないや。まだボクは弱いままだ……」
「……………」
「う~ん、普通守るのは男の役目だと思うんだけどね」
これじゃあ、逆だゾと鬼一口は自嘲する。
「……それがなんだよ。妖者に性別なんて関係ねぇよ」
「あはっ。確かにそうかもね。それでも妖者は形から入るもんだろ?」
鬼一口の行動然り、送り拍子木の拍子木然り、塵塚怪王の姿然り、それは妖者にとって重要な役割があるのだ。
「そうだが……。でもよ、形から入っても型に囚われたら駄目なんだ」
送り拍子木は呟く。
「男が女を守る。そんなもんは人間の常識だろが。女が男を守って何が悪いんだ」
「………は、はは。まぁ、ボクたちの周りには女性の方が頼り甲斐のある人間が多いけどね」
「ならいいじゃねぇかよ。クヨクヨしてんじゃねぇよ。見ててイライラすんだよ」
「うん、そうだね。悩むのこそ、ボクらしくないんだゾ」
パンッと膝を叩いて起き上がる鬼一口。
「ふん。それでいいんだよ………」
「…………」
「何、見てんだよ」
立ち上がった鬼一口は送り拍子木の顔を見る。
「いや、ちょっと思ったんだけどさ、送り拍子木」
と送り拍子木の顔を覗き込む鬼一口。
「な、なんだよ……?」
少したじろぎながらも言う送り拍子木。
「―――接吻していい?」
「なッ!?何言って……冗談は―――」
「冗談なんかじゃ、ないゾ!」
「………ッ!?」
『……………』
そして二人は沈黙する。互いの顔がだんだんと近づく、それは亀の歩みよりゆっくりだったが、それでも着実に近づく。
「送り拍子木……」
「お、鬼一口……」
そして、後一呼吸で二人が触れ合う。
「――――うわんッ!!」
だが、それは突如現れた蒲牢によって阻止された。
「なッ!?蒲牢ッ!?な、なな、なんで………」
「ズルいわよ、送り拍子木ちゃん。私も混ぜて欲しいわ。それと蒲牢じゃないわよ、私はうわん。新しい名前をもらったのよ」
と嬉しそうに言う蒲牢―――うわん。
「改めてよろしくね」
ウィンクをしながら言ううわん。
「それにしてもズルいわよ、もぅ!二人だけで楽しそうなことして~!お姉ちゃんも混ぜなさい!」
と二人にまとめて抱きつくうわん。
「や、やめッ!暑苦しいんだよ、このど阿呆がッ!!」
「もう、送り拍子木ちゃんは相変わらず照れ屋さんね。でも、そこが可愛いわ」
「うぜぇ!離れやがれッ!鬼一口、テメェも見てないでなんとかしやがれッ!」
助けを求めるように鬼一口を見る送り拍子木。
「―――ふふ」
『…………』
微かに笑った鬼一口がそこにいたのだった。いつもの無邪気を装う笑みでも、楽しさに満ちた笑みでもない。
それはとても晴れやかで、爽やかな笑み。達観した笑みでも、楽観した笑みでも、諦観した笑みでもない。
それは心のそこからの笑みだった。
「鬼一口……」
「鬼一口ちゃん……」
「――――なんてね」
一瞬気の緩んだ隙を狙い、うわんの拘束から逃げ出す鬼一口。
そして、未だうわんの拘束の中にいる送り拍子木に近づき、そして――――。
――――チュッ。
軽い口への口付けだった。
「あはははっ。やっぱり、こっちの方がボクらしいゾ。悩むのも受け身もボクじゃないよね」
と笑いながら去っていった。
「あぁ!!鬼一口ちゃんだけズルいんだ!お姉ちゃんもチュぅ~」
「うるせぇ、この色呆け!」
うわんを屋根から叩き落とす送り拍子木。
「………くそっ。いきなりなんだよ、いつも………」
そして残った送り拍子木は一人立ち尽くし、自分の唇を指でなぞる。少し湿っている気がしなくもない。




