40話 先人たちの知恵、それは湯煙モザイク!!
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「か、怪王さん!?も、もっと丁寧に走ることはできないんですか!?」
典韋は牛車の中でどうにか出っ張った所に掴まりながら言う。
「………あの、怪王さん?聞いてま―――」
反応のない塵塚怪王に目を向ける典韋。
そこには―――――バラバラになった塵塚怪王がいた。
「―――キャアァァァァ!!」
「いや、驚かせてすまぬ。ああも振動が激しいとたまに取れてしまうのである」
「いや、それって駄目なんじゃ………」
体を取り付けながら言う塵塚怪王。
「そうは言うがな、流琉よ。こうも接続が悪いのは偏に華琳たちが我輩の頭に対しての扱いが酷いからである」
「それって頭以外は関係ないじゃないですか……」
「うむ?確かにそうであるな………。これは一本取られたのである」
ハハハ、と笑う塵塚怪王。
「………いや、誤魔化されませんよ」
「さて、食材はこれで最後であるか?」
「はい」
なんだかんだあって無事に食材を手に入れた典韋。
「うむ、では帰るとするか………うん?」
と塵塚怪王は帰ろうとすると典韋がとある店ののぼりを凝視していた。
「なんであるか………温泉?」
そこにはでかでかと温泉の二文字が書かれていた。
「興味があるのであるか?」
「え?あ、いえ………噂で聞いてたんですけど……」
塵塚怪王の問い掛けにハッとした顔をする典韋。
「うむ………。少し入っていくであるか?」
「え?でも………」
この時代、お風呂は貴重なものだ。なにせ、水と火を大量に使うのだから。
それ故にお風呂は贅沢であるとの認識が一般的なのだ。
典韋もそれを気にしているのだ。
「なに、気にすることはないである。温泉とは大地より沸く湯である。水や火は使っておらぬ故、そう大して高くはないのである」
と塵塚怪王は典韋を引っ張り温泉の旗のかかる店へ入っていく。
「うわぁ、ホントにお風呂だ!」
産まれたままの姿で典韋は言う。
「温か~い………って当たり前だよね。でも、本当に火とか使ってないのかな?それで温かいのは何でだろう?」
と少し考える素振りをしたがすぐに止めてお風呂に浸かることにした。いつまでも裸で外に立っていては寒いのだ。
都合の良いことに利用者は典韋しか居らず、貸し切り状態だった。
「ふぅ~気持ちいいぃ~」
「――――うむ、気持ち良さそうであるな」
「――――ッ!?」
塵塚怪王の声に驚き、縮こまる典韋。
「うむ。確かに気持ちの良いものであるな」
湯船の湯が揺れる。塵塚怪王が入ってきたことを示している。
この時代、男女別という概念はなかった。
(あ、でも怪王さんってあの格好で入ってるのかな?)
典韋は塵塚怪王がいつもの格好で風呂に入るのかが気になっていた。
(確かに裸を見られるのは恥ずかしいけど、怪王さんのあの格好なら少しは恥ずかしくないかも………)
興味が羞恥より勝ったのか、典韋は塵塚怪王の方を向くことにした。
「あ、あの怪王さ――――ッ!?」
「うん?何であるか?」
と典韋の視線の先には男性がいた。
茶色い髪に鳶色の瞳、整った顔立ち、背丈は高い。
「だ、誰ですか、貴方ッ!?」
と典韋は体を手で隠しながら、距離を取る。
「うむ?……あぁ、我輩のこの姿は初めて見せるのであったな」
と塵塚怪王は爽やかに笑う。
「えぇと………怪王さん?」
「うむ。我輩は塵塚怪王。捨てられしモノを統べる者である」
とザバァと立ち上がり、名乗る塵塚怪王。
風呂で立ち上がる。つまり、裸で立ち上がる。背の高い塵塚怪王が立ち上がれば、脛ぐらいまでは湯に浸かるが、それから上は…………。
「――――キャアァァァァ!!前、前を隠して下さい、怪王さん!?」
「うぬ?何を騒いでおるのであるか?」
「いや、だから!座って、座って下さい!!」
顔を手で隠しながら言う典韋。
「うむ。そうであるな、冷えてしまってはいかんからな」
典韋の思いは間違って伝わったが、結果的には塵塚怪王は湯船に浸からせることはできた。
「うむ。この容姿であると人の感覚というものがよく分かるであるな」
頭にタオルを乗せて、湯船に肩まで浸かる塵塚怪王。
「感覚だけじゃなくて、感性も分かって下さい………」
隣で呟く典韋。あまりの塵塚怪王の突飛な行動に、いつの間にか羞恥心は飛んでいってしまった。
「うぬ?なにやら顔が赤いようだが、逆上せておるのか?」
「だ、大丈夫ですから!」
顔を覗き込もうとした塵塚怪王に向けて、手を振る典韋。そして口まで湯船に浸かってしまう。
「そうであるか………」
と塵塚怪王はそれだけ言うと元の位置へと戻る。
「あの、怪王さん、一つ聞いていいですか?」
「何であるか?」
「どうしていつもあんな格好をしているのですか?今の格好の方が似合ってますよ」
典韋としては世間話のつもりで切り出したことなのだが、塵塚怪王の反応は典韋の予想と違っていた。
「―――分かってはいるのだがな。我輩が不相応であることは………」
塵塚怪王の鳶色の瞳は遠くを見つめる。
籠っていない声は澄んでいてまるで水に馴染むように深々と響く。
「―――だが、我輩は約束したのだ」
遠くを見つめた眼に確固たる意志が見え隠れしていた。
―――人間が嫌いかい?
そう問いかけた者はいつも笑みを浮かべていた。
―――そうかい。………でもね、それは妖者が嫌いってことなんだよ?
その者は困ったような顔で言う。
―――ボクかい?ボクは大好きさ。人間も妖者も大好きさ。
そう言ってまた笑うのだった。
「―――我輩は友に誓ったのだ。妖者と人間が共に暮らす世を創ると………。その為には我輩は妖者らしく振る舞わねばならぬのだ」
ぐっと拳を握る塵塚怪王。
「怪王さん…………」
その横顔を凝視してしまう典韋。
「うむ。少し話し込んでしまったな。では、我輩は先に上がるとする。流琉も逆上せぬうちに上がるが良いぞ」
湯船から上がると塵塚怪王の体に湯煙が取り巻く、そしてそれが晴れた頃にはいつもの格好に戻っている塵塚怪王だった。
「あの、怪王さん。そのことは華琳様には………」
「いや、言っておらぬよ。これは我輩のことである。華琳を巻き込むつもりはないのである」
「でも、それって怪王さんたち、妖者と私たち、人のことなんじゃ………」
「―――否。これは“我輩の”ことなのである」
そして……………。
「だから、もうちよっと丁寧には走れないんですかぁぁぁ!?」
帰りも片輪車の暴走運転で顔を真っ青にする典韋であった。




