36話 力の使い方
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「ねぇ、君たちさぁ。それ、面白いの?」
「いきなり何を言ってるんですか、鬼一口さん……」
鬼一口は張三姉妹の踊りの練習を眺めながら、呟く。それに張梁がため息混じりに答えた。
「いや、君たちはいつも楽しそうに舞台に立ってるだろ?」
「そんなの楽しいに決まってるじゃない」
鬼一口の呟きをきっかけに三人は休憩を挟み、張宝が汗を拭きながら言う。
「ちぃたちが歌って踊る。それに皆が乗ってくれる。この『私が仕切ってる』感じが堪らないのよ」
そう胸を張って言う張宝だった。
「ふぅん……。そんなもんかな……」
鬼一口は椅子に座りながら三人を見る。
「あれ?なんだか鬼一口ちゃん、元気ないの?」
と張角が鬼一口を見ながら言う。
「確かに。いつもの他人をおちょくるような喋り方はどうしたのよ?」
張角に言われて二人も鬼一口の方を見る。
「うん?別に……ボクだって、たまにはそんな気分もあるさ」
と鬼一口は椅子の前足だけを浮かして、ギコギコとする。
「あの、もしかして私たちの追っかけの中に鬼一口さんの追っかけがいたこと気にしてる、とか………」
―――バタンッ。
張梁がそう言い出した途端に鬼一口は椅子からバランスを崩し、転げ落ちる。
「な、ななな、何のことだい?そんなの、全然、全く、微塵も、これぽっちも、気にしてないよ!!別に、特にボクの口調が好評だったとか知らないし!!」
『……………』
手をブンブン振って、必死に否定する鬼一口だったが、語るに落ちていた。
「えぇと、口調どころか性格まで変わってるわよ、鬼一口……」
「なッ!?………うぅ、だから嫌なんだよ。ボクらは他人からの影響を受けやすいんだよ。妖者饕餮や鬼一口として認識してくれれば、それで良かったのに……。それをボク個人として認識されたら………」
あぅあぅと動揺を隠せない鬼一口。
「はぁ……。今日は帰るよ。また、来るよ……」
と肩を落として帰っていく鬼一口。
その背中に声はかけずらく、そのまま見送るしかなかった三人。
「全く、なんたる様だよ。仮にも四凶と恐れられたボクが………」
妖者は他人の認識からその存在の確立させる。鬼一口の能力は暴食である。それは食べ物に限らず、全てを喰らい、貪ることだ。
そして、それを他人に認識させることで妖者は力を得るのだ。
その為の人を食らったような性格や口調なのだ。
しかし、それを違った意味で認識されてしまえば…………。
―――トスンッ。
「……おっと」
どうやら考えごとをしていたため、人にぶつかってしまった鬼一口。
「すまない。ぼーっとしていた………?」
と相手に謝る鬼一口だったが………。
「ハァハァハァ、鬼一口ちゃん………」
相手が自分の名を口にして、こちらを見ていることに気づく。
肥えた男だ。それになんだか脂ぎっていた。そしてなんだか、息が荒い。
「なんだい、君は?ボクに君のような知り合いは………ッ!?」
と怪訝そうな顔をする鬼一口は周りの状況に気がつく。
いつの間にか人の少ない路地に入っていたようだ。そして、周りにいるのは目の前の男だけではない。
数人の男たちが鬼一口を囲むように立っていたのだ。
「君たち……。ボクが誰だか分かっているのかい?」
凄む鬼一口だが、男たちは怯まない。むしろ、恍惚としているように見える。
「ほ、本物の鬼一口ちゃんなんだな」
「お、おで、興奮してきた」
(くっ。気色悪い……)
男たちの野太い声に顔をしかめる鬼一口。
「ボクは急いでいるんだゾ。邪魔をしないでくれるかい?」
鬼一口は早くこの場を去ろうと男たちの間を抜けようとするが、男たちは体を動かして遮る。
「ちょ、ちょっとだけ遊んでいくんだな」
「……ッ!?いい加減にしてくれないかい。あまり冗談が過ぎるとむさぼ―――ッ!?」
と脅しをかけようとした鬼一口は異変に気づく。
(力が安定しない?まさか、この人間どもの認識が邪魔をしているのか………)
他人からの認識で妖者の力の大きさは決まる。ましてや、強大な力を持つ鬼一口はその認識の影響はかなりの振れ幅となるのだ。
もし、多数の人間が鬼一口をただのひ弱な子供と認識してしまったら…………。
「さ、さぁおでたちと遊ぶんだな」
「や、やめろ……ぼ、ボクは………」
今、鬼一口に男たちに抗う術も力もない。後退るための空間も残されてはいなかった。
鬼一口に迫る魔の手を止めることは誰にも出来ない。
――――カンッ。
とそこで乾いた音が聞こえる。
男たちはその音がした方を見る。そこには拍子木を持った少女がいた。
「送り、拍子木………?」
少女は無言で男たちに近づく。そして一人の男の前に立ち…………。
―――ガンッ。
男の下の急所に手に持つ拍子木を打ち付けた。
「――――!!」
声にならない声を上げて、前屈みになる男。
―――ガツンッ。
そして、追い討ちをかけるように頭にも拍子木を打ち付けた。男は堪らず、地に伏せる。
「人を見下してんじゃねぇよ、この屑虫がッ」
そう言って踞る男に毒を吐く送り拍子木。
確かに体格的に小さい送り拍子木は見下される格好になるのだが………。
「………あ。な、何するんだな!?」
一瞬、呆けていた男たちが気を持ち直す。
「五月蝿ぇぞ、このウスノロ蛆虫がッ。喋んな、息すんな、空気汚染だ」
「なッ!?………ぐぬぬぬ」
顔を真っ赤にする男たちは鬼一口から送り拍子木に標的を変える。
「へ、へへ………お嬢ちゃんも一緒に遊びたいのかな?」
取り囲んだことで精神的に優位性を取り戻した男が下劣に笑う。
「あぁん?何ほざいてやがる、この腐れ糞虫。その粗末な陰茎、×××で××して×××が××すんぞ?」
「ヒィ!?」
一人が後退るが、集団心理か、他の男たちは目を血走らせながら送り拍子木を捕まえようとする。
「だ、駄目だ……。逃げるんだ、送り拍子木ッ!!」
鬼一口も送り拍子木にそう叫ぶ。彼女が大した力が無いことは分かっていたからだ。
不意討ちで一撃は加えられても、二度目はない。既に男たちに認識された送り拍子木に勝ち目などない、そう思っていた。
しかし、それは間違いだ。そして、見解の違いだった。
鬼一口は彼女の能力を勘違いしていた。彼女の能力は他の妖者の出現を予見することでも、呼び出すことでもない。
送り拍子木の能力、力、それは――――――分布だ。
――――ガツンッ。
送り拍子木を後ろから肩を掴もうとしていた男が“後ろ”から下の急所を拍子木で叩きつけられる。
そこにはもう一人、送り拍子木がいた。
「………え?」
鬼一口はすっとんきょうな声を出す。
男たちは送り拍子木を見下げていて、全く気づきはしていないが、少し離れた所にいる鬼一口からは、男たちの後ろに居る“送り拍子木たち”が見えていたからだ。
「次に人を見下してみろ………今度はもぐ、からな」
と最後にもう一度下の急所を蹴りあげる送り拍子木。
既に立っていられる男たちはいなかった。
その周りには男たちを見下す送り拍子木“たち”が居た。
送り拍子木の力『分布』とは、その数の多さのことだ。
送り拍子木は、送り提灯、送り犬、送り狼、送り火などと様々な派生をしている妖者だ。
そのため、一人としての力はそれほどではないが、同じ妖者が多く存在している。
これは付喪神のような妖者に見られる特性なのだ。
一個体には力はないが、数の暴力がその妖者の力となるのだ。
しかし、送り拍子木のそれは付喪神のそれとは少し違う。
付喪神は体の一部のようにたくさんの個体を操る。
だが、送り拍子木のは各個体がそれぞれの意思がある別個体なのだ。こうして同じ行動をすることもあれば別の意思で動くこともできるのだ。
「なんで、ボクを助けたんだい?」
鬼一口は送り拍子木に訊ねる。
「別に理由はない……」
送り拍子木は淡々と答える。送り拍子木は同じ妖者の前だと幾分か柔らかな口調となるのだ。
「そっか………。あはは、まさか自分より力が下の者に助けられる日が来るなんてね」
「………」
自嘲気味な鬼一口。自分でもらしくないと思っているだが、言葉は止められないのだ。
「違うな、それは………」
「え?」
「確かにお前は強大な力を持っている。しかし、それだけだ。力は持っているだけではいけない。強大な力を持つものはその扱い方を知らなくてはいけない。あの方のように………」
あの方とは塵塚怪王のことを指しているのだろう。
「使い方………」
「そうだ。力は使い方だ。使い方次第で力のない者でも強大な者に勝る。お前は今まで力の上に胡座をかいていたに過ぎない。あの方の周りに居て、気づかなかったのか?」
「…………」
鬼一口にも心当たりはあった。自分よりも力の弱い塵塚怪王に何故、多くの妖者が惹かれるのか、それが気になって塵塚怪王に力を貸すことにしたのだから……。
「あはは、ボクは未だに何も分かってなかったってことか………」
乾いた笑い声を出す鬼一口。
「いや、それも違うな。お前は今、分かったのだろ?なら、それでいいはずだ。違うか?」
「…………」
鬼一口はハッとして送り拍子木を見る。顔はいつもの通り淡々とした表情だった。
「…………あははははっ」
そして、今度は心のそこから笑えた。目の端から涙が出た。
それは笑い涙か、悔し涙か、それとも安堵の涙か…………。
「やぁ、送り拍子木。今日もいい天気だね」
「…………」
鬼一口は送り拍子木に挨拶をするが、送り拍子木は露骨に嫌そうな顔をする。
「お出かけかい?買い物?それとも散歩かい?」
それを無視して鬼一口は話す。
「そうそう。この前、美味しい飲茶の店を見つけたんだゾ。一緒に行かないかい?怪王からお金は貰ったからボクが奢るよ」
「…………」
まとわりつく鬼一口を避けていこうとするが、鬼一口はそれに食らいつく。
「うん?お団子の方がいいかい?送り拍子木も女の子だもんね。甘いものの方がいいのかい?」
「………あぁ!?鬱陶しい!何なんだ、テメェは毎回毎回、付きまとうんじゃねぇよ!」
あれからことある度に送り拍子木の前に現れる鬼一口。
「おっ、やっと喋ってくれたゾ。さぁ、お団子かい?それとも飲茶かい?」
反応したことに笑みを浮かべる鬼一口。
「だぁ!五月蝿い!まとわりつくな!うろちょろすんな!この駄阿呆がッ!!」
送り拍子木の罵倒も柳に風、暖簾に腕押しな鬼一口だった。
「これは珍しいであるな。あの鬼一口が他者を食事に誘うのか。それも自ら奢るとは……。成長であるな」
とそんな光景を塵塚怪王は眺めていた。




