32話 センタク
―――――――――――――――
「―――――馬鹿にしないでッ!!」
曹操は鬼一口の手を払いのける。
「この曹孟徳が一度交わした契約をそう簡単に破棄できるものですか!!」
「…………」
払われた手を驚いた顔で見る鬼一口。そして…………。
「…………あ、あはははっ」
笑ったのだった。
「うんうん。それでこそだゾ、曹操」
満足気に曹操を見る鬼一口だった。
「もし、この手を取っていたらひと呑みにしているところだゾ」
と鬼一口は笑う。
「それで貴方たちはそれを言うためだけにここに来たのかしら?」
「あはは。そんなわけないゾ。アレは不器用な者だからね、少しお手伝いさ」
と曹操に近づく、鬼一口と鵺。まるで曹操を守るかのように立つ。
「……何のつもりかしら?」
「見て分からないかい?」
「何故、このような所に子供が!?」
まるで時間が動き出したかのように曹操の周りが騒がしくなる。
「全く。君たち、人は物事を見た目で判断する。それは悪い癖だゾ?」
と関羽に向けて、ビシッと指を差す鬼一口。
「くっ。いくら子供と言えども邪魔をするなら容赦は出来ないぞ」
関羽は得物を構える。
「………愛紗」
「分かっている。私とて本気で子供を傷つけたいわけではない」
呂布が関羽に目を向ける。
「………違う。油断、駄目」
「?……恋、何を言って―――ッ!?」
呂布が首を振り、そう言ったことに関羽が首を傾げた時、突然呂布が関羽に体当たりをする。
「恋!?一体、何を、する……んだ、?」
と関羽が呂布の肩越しに見たものは、地面を喰らう巨大な口だった。
「ぐもぐも。………ありゃ?初撃でかわされたのは怪王以来だね。中々、獣じみた感覚を持ってるね、君」
と口を閉じた鬼一口は言う。
「何者だ、貴様!?」
「あははは。今更、聞くのかい?些か、遅い感じがするゾ、人の子」
ペロリと口を舐める鬼一口。
「ボクは鬼一口。大地を喰らう狼、妖者さ」
すると鬼一口の姿が狼の姿となる。
「な!?妖術使いか!?」
「だからさ、他人の話聞いてた?ボクは妖者だって……。これが本来の姿でさっきのは仮の姿だゾ」
ため息を吐きながら鬼一口は言う。
「さて、ボクは結構お腹が空いているゾ?久しぶりに―――人を食べてみたいゾ?」
真っ赤な口から真っ赤な舌が覗く。
それに関羽と呂布はそれぞれの得物を構えて、臨戦体勢となる。
「それは許可できぬぞ、鬼一口よ」
だが、それらが交わることはなかった。
いつの間にか曹操の後ろに塵塚怪王が立っていた。
「前にも言ったであろう。ヒトは我輩たちの良き隣人であるのだ。無闇に殺してはならぬ」
「全く、キミは優しすぎると思うゾ。時には厳しさも必要じゃないのかい?」
「うむ。確かにそれには一理ある。だが、それが今であるかは賛同は出来ぬな」
「………まぁ、別にいいけどね」
と鬼一口は狼の姿から子供へと変わる。
「人のご飯も美味しいからね、そっちで我慢するゾ」
「うむ。………華琳よ、戻るぞ」
「ちょっと待ちなさいよ、私はまだ戦―――ッ!?」
曹操が何か言う前に腰を掴み、肩に持ち上げる塵塚怪王。
「ちょっと!?下ろしなさいったら!?私は荷物じゃないのよ!?」
バタバタと抵抗するが意味をなしてはいなかった。
「それでは失礼する………」
と塵塚怪王はその場から歩いて立ち去る。
あまりの出来事に誰一人として止めることはできなかった。
「全く、何をするのよ貴方は!!」
城に帰ってきた塵塚怪王たち。
曹操は塵塚怪王の肩から下りるや否や、塵塚怪王に詰め寄る。
「なんだ、汝はあの場で死にたかったのか?」
「ッ!!……違うわよ!?……ただ、あの娘に背を向けるような真似、出来るわけないじゃない」
「ふむ。我輩には理解し難い感情であるな」
「これが私の信念よ」
「……それは汝の命よりも重いものであるのか?」
「………そ、そうよ」
「そうであるか………」
「なによ……」
曹操を見る塵塚怪王。
「汝の命はそのように軽いものであるのか?」
「―――ッ!?」
「我輩たちには命という概念は無い。だが、我輩たちにも生きるという概念はあるのだ。そしてそれは他者により簡単に崩壊するものだ。それが我輩たちの天命なのだが、人も同じであるのか?」
塵塚怪王は真っ直ぐに曹操を見る。
「人はその短き命だからこそ、強き想いが育つのだ。命がなければ強き想いは生まれはせぬのだ………と、我輩は考えていたのだがな。間違いであったか?」
「………………違わないわよ」
「うむ。それを聞いて安心したのである」
「どうやら、頭に血が上っていたようね………」
頭を振り、一度冷静になる曹操。
「ありがとう、怪王」
「うぬ?何故、礼を言われたのであるか?」
「分からないならいいわ。自分で考えなさい」
と曹操は笑みを浮かべて、兵の指揮へ向かった。
「ったく、疲れたゾ、全く……」
その時を見計らったかのように鬼一口と鵺が塵塚怪王の後ろに現れる。
「ボクらにも労いの言葉があってもいいんじゃないの?」
「うむ。世話をかけさせたな」
「全く、キミは難儀だよ。人の争いには手を出さない、そんな規約を作るから身動きが取れなくなるのさ」
塵塚怪王は人の争いに関われない。ただし、そこに妖者の介入があれば別である。
「だがな、鬼一口よ。我輩たちが無闇に人に介入してはならぬのだよ」
「あのね、キミは本当に真面目だね」
呆れたように肩を竦める鬼一口。
「今回は助かったのである。我輩も華琳を失うわけにはいかぬからな……」
「ふふん♪褒めるなら何かを奢るほうがボクは嬉しいゾ?」
「うむ、考えておく。それで何故、あの場に鵺を連れていったのだ?主一人でもかまわなかったのではないか?」
「あぁ、それはね………。キミの声真似ができるのが鵺しかいないからね」
「うぬ?何故、我輩の声が必要なのだ?」
「うん?そりゃ、そっちの方が面白いだろ?」
鬼一口はニヤリと笑う。
「それでキミはこれから参戦するのかい?」
「いや、我輩はこのまま待機しておく」
「なんだい、まだ拘ってるのかい?」
「否。もう我輩たちが介入しなくても華琳は大丈夫である」
「………へぇ、大した信頼関係だね。それじゃあボクは一足先に街に戻ってるゾ」
そういうと鬼一口は歩いていってしまう。
「さて、我輩たちも行くとしようか………」
塵塚怪王はどこかに歩いていく。
「華琳様、ご報告します」
門の上で指揮を執る曹操に荀イクがやって来る。
「抜け道の封鎖は完了しました。しかし相手も中々に鋭く、巻き込まれた兵数少ないかと……」
「そう。少しでも相手を道連れにできたのならばいいわ。桂花、次の策に移りなさい」
「御意」
「風は居るかしら?」
「はいー、ここにー」
「火矢への対応はどうなっているのかしら?確か、用水路が止められたと報告が入っているけど……」
「はいー、兵の皆さんには小火程度なら砂をかけて対処をお願いしてます」
「そう。なら、引き続き………」
と曹操が言葉を続けようとしたが……。
「それが先程また連絡がありまして一度は止まった用水路の水が再び流れてきたらしいのですよー」
「はい?誰か開門に向かわせたの?」
「いえー、どうやら自然と開いたみたいですねー」
「いや、勝手に水門が開くわけ…………まさか、怪王?」
そんなことが起きる少し前。
「………怪王さん、こう?」
「うむ。そうである」
塵塚怪王と古戦場火、そして鵺が用水路で洗濯していた。
「こう、腰を入れてだな………」
「怪王さん、水が……」
塵塚怪王が古戦場火にレクチャーしていると鵺が用水路の水上を指して言う。
「うぬ?なにやら水の量が減りはじめておるな」
段々と水位が低くなっていた。
「多分、誰かが水門を閉めたのかも……」
「うむ。誰であるか、このような時に………」
全く、と立ち上がる塵塚怪王。
「怪王さん?」
「少し待っているがよい」
とそれだけ言うと塵塚怪王は水上の方へ歩いていく。
一方、その頃蜀の本陣では………。
「おーい、朱里!」
「あれ、白蓮さん?どうかしたんですか?」
蜀の軍師、諸葛亮のところに公孫賛がやって来る。
「それが今、伝令兵が来て、閉めたはずの水門が開いてるらしいんだ」
「え?もしかして曹操さんの兵が開けに来たんですか?でも、そこまでして水路に水を満たす必要は………」
公孫賛の報告に何やら考え出す諸葛亮だったが、それは公孫賛により中断させられる。
「いや、違うみたいなんだ。私もおかしいと思ってもう一度水門を閉めて、見張りの兵を伏せていたんだが………」
と公孫賛は間を溜める。
「誰も来なかったんだよ」
「じゃあ、水門はもう閉まっているんですね」
諸葛亮はそう判断した。………だが、そうではなかった。
「いや、水門は開いてるんだ」
「―――え?」
「それがいつの間にか開いてたんだよ」
「全く、悪戯であるか……。赤舌よ、後は頼んだであるぞ」
「……ん」
赤い着物に身に纏った子ともがコクリと頷く。
「うむ。これで洗濯を進められるであるな」
塵塚怪王は水路の水位が増えていくのを確認すると、洗い場に戻っていく。
「あら、貴女たち何をしているのかしら?」
「………あ」
曹操が水路沿いに歩いていると古戦場火たちと出会う。
「……洗濯、です」
俯きがちに古戦場火は答える。
「そうなの?それは助かるわ。兵たちも戦いで疲れているだろうから、そういったことは明日にでもしようかと思っていたのだけれど……」
蜀の大軍は砦に篭った曹操たちに止められ、そして急いで帰ってきた夏侯惇たちの援軍により退けられた。
「あら、見かけない娘が居るわね」
と曹操の食指センサーが発動する。
その先には小豆色の着物を着た、真ん丸な団栗眼の少女がいた。
「うん?アタシですか?」
少女はクルリと振り返る。
「どうも、初めましてです。アタシは小豆洗いっていいます」
にこやかに笑い、少女――小豆洗いは言う。
「………これはこれでアリね」
『……?』
一人妖しく笑う曹操に三人は首を傾げる。
「そういえば、怪王は一緒じゃないのかしら?」
「……怪王さんは、用事で」
と古戦場火が言う。
「あら、そうなの……」
「くっ。あと一息だったのだが……」
蜀の兵たちは敗戦ムードの中、蜀に帰る途中。
「でも、皆無事で良かったよ」
劉備は皆を励ますように明るい声で言う。
「桃香様……」
「――――うむ。和んでいるとこ悪いのであるが、良いか?」
「……ッ!?」
そして、劉備たちの前に塵塚怪王が現れる。
「お前は、曹操の所の!?」
関羽の言葉に全員に緊張が走る。
「うむ、そう構えるでない。別に我輩は争いに来たわけではないのだ」
塵塚怪王はそう言って、手をかざしなだめる。
「主らに少し訊ねたいことがあるのだ……」
「我々に何を訊きたいというのだ?」
「うむ。主ら、曹操の城が手薄だと誰から聞いたのである?」
「何を言っているのだ、お主は……」
「答えてはもらえぬか?」
「間諜さんたちが持ってきてくれたものです」
と諸葛亮が言う。
「その真偽はどれほどのものである?」
「真偽?それはどういうことですか?」
「もし、その情報が第三者から故意的に与えられたものだとは考えられまいか?」
「そんなことに何の得が……?」
「それは主らには分からぬよ。……ふむ。すまないな、足を止めてしまい」
と塵塚怪王は劉備たちに道を譲る。
「……私たちを見逃すのか?」
「うぬ?何故、そうも不思議そうなのであるのだ?始めに言うたではないか、我輩は主らと争うつもりはないと……」
カクンと首を傾げる塵塚怪王。
「まぁ、良い。それではな……また会うことがあるやもしれぬな」
そして劉備たちの前から姿を消す塵塚怪王。
「あれが曹操さん所の……」
「朱里ちゃん、あの人のこと知っているの?」
諸葛亮が腕を組み、言う。
「はい。曹操さん所に放った間諜さんからの報告にあったんです。将とも文官ともつかない者が居ると……」
諸葛亮は難しい顔をして言う。
「そして自らのことを妖者と、妖者を統べる王だと言っています」
「それは本当のことなのか?」
「はい。なんせ――――ご本人から聞いたものですから」
『……は?』
「わが国の間諜があの方に捕まり、帰ってきましたから。始めは私も信じられませんでしたが……。どうやら本当のようです」
と先程、塵塚怪王が居た場所を見る諸葛亮。
「ふむ。どうやら、また動き出したようだな……」
塵塚怪王は遠くを見つめて言う。
「そして、我輩も決めねばならぬな……」
塵塚怪王の呟きは風に乗り、消えていく。




