2話 燻る怪火は考える
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―――カチッカチッカチッ。
石を打つような音が響く。
ここは村の外れにある、塵塚怪王の住まい。村の者からは妖屋敷と呼ばれている。その仰々しい名前とは裏腹に質素な住まいだ。
その入口で赤髪の少女が石を打ち付けていた。
―――カチッカチッ。
少女の名は古戦場火。つい先日、塵塚怪王が保護してきた少女だ。
その少女が家の入口で石同士を打ち付けていた。いや、正確に言うなら少女が打ち付けているのはただの石ではなく火打ち石である。
それを一心不乱に打ち付けているのだった。
「うん?何してんだ、古戦場火?」
と家の中から飛脚のような格好をした少年が出てくる。
「………鼬さん」
古戦場火は少しだけ振り返り、少年――鼬を見る。
「火を起こすのか、古戦場火?ならオイラが………痛ッ」
「アンタ馬鹿じゃないの?」
鼬が古戦場火から火打ち石を取ろうとするとまたまた家の中から一人出てきて鼬の頭を叩く。
「何すんだ、清!?」
「アンタね、古戦場火ちゃんは“自分で”火を起こそうとしてるのよ」
中から出てきた少女―――上着を何枚も重ねた十二単の様なものを着ている―――はそう言って鼬を叱りつけた。
「………手負い蛇さん」
古戦場火は少女―――手負い蛇を見る。
「ごめんね、邪魔して。この馬鹿には後できつく言っておくわ」
「………ううん、大丈夫」
この妖屋敷には塵塚怪王が保護してきた眷族の中でも一人で生きていけないものたちが住んでいる。
鼬や手負い蛇もその一人である。
「なんだそう言うことかよ。ならオイラが教えてやるよ」
「だから、アンタはお呼びじゃないのよ、韋駄」
「なんだとぉ!?お清、それは一体どういうことだ!?」
「アンタはお節介なのよ。大体、アンタは怪火じゃないでしょ」
「うぐっ。それはそうだがよ………だが火は扱えんだよ」
「うっさいわね。鼬ごときが生意気言ってんじゃないわよ」
「なによぉ!?」
となにやら喧嘩を始める二人。その姿にオロオロとする古戦場火。
「気にしなくていいよ。いつものことなのさ」
すると古戦場火の後ろから声がした。
「あれはいつものことなのさ。古戦場火が気にすることはないよ」
「………簑火さん」
そこには髪がまるで笠のよう広がった少年がいた。
「火の練習かい、古戦場火。別にそう焦る必要はないよ。塵塚の旦那も言っていただろ?」
「うん。でも早く役に立ちたい……」
「そうかい………」
簑火は思案するように顎に手をやる。
「それならちょっと塵塚の旦那を呼んできてくれないかい?」
と簑火は古戦場火に言う。
頼んだよ、とポスンと古戦場火の頭に手をやり、撫でる。
「………うん、分かった」
と火打ち石を仕舞い、村の方へ駆けていく古戦場火。
「……ふぅ。何もしないと不安、か……」
古戦場火の背中を見送りながら簑火は呟く。
「さてと。鼬、手負い蛇、家の前で騒ぐのは勝手だけどさ、あまり“飛び火”させないでくれよ」
「……ん?簑火、起きてたのか?」
「珍しいわね、アンタが天気の日に起きてくるなんて」
「君らが騒いでるからだよ。さて僕はもう一眠りさせてもらうよ。……あぁ、塵塚の旦那が帰ってきたら、これ渡しておいてね」
と小さな麻袋を二人に渡し、家の中へ戻っていく簑火。
「それじゃあ、おやすみぃ~」
――――パタパタ。
町の中を古戦場火は駆けていた。
簑火に言われた通り、塵塚怪王を探しているのである。
妖屋敷の中で何もしていないのが自分だけであることが嫌だった古戦場火は勇んで簑火のお願いを達成しようとしていた。
塵塚怪王も他の者も別に何もしないことを咎めたりはしないのだが、古戦場火は思うのだ。
自分は何が出来るのか?自分の存在意義とは何か?
それは人成らざるものが本能的に感じるものであった。
人成らざるものは認識されて初めてそこに存在する。
だからこそ人成らざるものには必ずそこに在る意味がある。その意味を見出だすことこそが彼らの存在意義であり、存在そのものである。
だから彼女は先ず火を起こそうとしていたのだった。それは彼女の“名”である、『古戦場火』から発想したものである。
人成らざるものはその形と名を得ることでこの世界に存在する。それが認識しされると言うことでもある。
『古戦場火』とは古き戦場に漂う怪火であると塵塚怪王が言っていたのを覚えていたのだった。
でもいくら火打ち石を打ち合わせても火は着かなかった。
「………でも諦めない」
と古戦場火は決意を固めて、再び塵塚怪王を探すのであった。
そして彼女は気づいてはいないが、彼女の毛先の橙の部分がゆらゆらと揺れている。それはまるで炎の様に………。
「怪王さん、怪王さん…………」
古戦場火はキョロキョロと町中を見渡す。だが探し人?の姿は見つからない。
あんな目立つ姿だから居れば直ぐに分かるのだ。
「………居ない」
肩を落として、落胆する古戦場火は次の場所に行こうとしたその時……。
―――ドンッ。
「キャッ」
「わっ」
人にぶつかり、転んでしまう。
「なんや?ってアンタは………」
とそこには見覚えのある三人娘が居た。
「真桜ちゃん、何してるの~?」
「いや、ぶつかってしまってな」
「だからあまりはしゃぐなと言っていたんだ」
「うぅ。凪ぃ、せやかてあんま見かけん絡繰の部品やったから、つい……」
李典がよろけたのを見て、于禁と楽進が近寄ってくる。
「それより相手の人は大丈夫だったのか?」
「凪、ウチの心配はしてくれへんの?」
「あれ?あの子、確か怪王さんが連れてきた子なの」
「いや、それウチが言おうと………」
「こんな所でどうしたんだ?」
「ちょ、二人ともウチを無視しぃなや~」
于禁と楽進が古戦場火の心配する中、李典がいじけていた。
「………あ、あ」
三人に見られて、古戦場火はあたふたとしてしまう。
認識さ(生ま)れたばかりの彼女にとって人の視線はまだ慣れてはいないものだった。
「確か………こ、こ、ここ………」
「何仙姑ちゃんなの!」
「いや、違うだろ。確か頭が“こ”で最後が“び”だったはずだ……」
「じゃあ、枯仙火ちゃんなの~」
「じゃあって………あからさまに違うやんか」
「……あ、あ………」
三人娘があれやこれやと言っている前で古戦場火があたふたとしているのだが、心なしか毛先の橙の部分が少なくなり、今にも消えそうな雰囲気であった。
「ちょい待ち、今思い出すからな………って何を思い出すんやった?」
「―――ッ!?」
形と名を以て、その存在を成す。
名を失えば、それは……………。
「うん?古戦場火ではないか……。何故、汝がここにおるのである?」
そこにいつの間にか居た塵塚怪王が古戦場火の後ろに現れる。
「―――ッ!!。か、怪王さん………」
「うぬ?どうかしたのか?」
塵塚怪王の姿を見ると古戦場火はギュッと塵塚怪王の袖を掴む。
「そうや!古戦場火ちゃんや!」
と今更、思い出す李典。
「うぬ?汝も何をいきなり叫んでおるのだ、真桜よ」
「へ?……って怪王!?いつの間に来たんや!?」
まるで今気づいたかのように三人娘が塵塚怪王に驚く。
「ふん。初めから居ったわ。汝らが気づかぬだけでな」
ふんぞり返るように塵塚怪王はそう言うと、次に古戦場火を見る。
「………あ、あ」
「ふむ」
古戦場火が言い淀んでいると、塵塚怪王はクシャリと古戦場火の頭を撫でる。
「慌てずとも良い。ゆっくりと話すが良いぞ」
「………。………簑火が、呼んでた、の」
途切れ途切れではあるが用件を伝える古戦場火。
「ふむ。そうであるか………。分かった、帰るとしよう」
そう言うと塵塚怪王は古戦場火にその太い腕を出す。
「乗るが良いぞ、古戦場火よ」
「………え?」
「褒美である。よく頑張ったであるな」
と段ボールの顔が笑ったような感じがした。
古戦場火はその小さな体を動かして塵塚怪王によじ登り、肩に乗る。
「………うわぁ」
塵塚怪王は普通の人より頭2つ分程背が高い。その肩に乗ればかなりの高さとなる。
「それでは行こうぞ。ではな、真桜たちよ」
三人娘にそう言うと歩き出す塵塚怪王。
「まるで親子みたいなの」
「確かにな……」
于禁の言葉に李典が頷く。
「お母さんは真桜ちゃんなの!」
「な、なんでそうなるねんな!?」
「まぁ、それはまた別として………。確かに怪王さんは村の父役ではあるな」