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22話 神なる依り代











―――――――――――――――







玉座の場は騒然していた。


それはいきなり現れた女性のせいだ。


豊満な体に纏っているのは白い包帯。それで全身をぐるぐるに巻いていた。


「全く………」


ため息を吐き、頬に手を当てる姿はいやに扇情的だった。


「世話が焼けるのであるな………」


と女性は一拍、手を打つ。


すると怪王と曹操以外の者がパタリと倒れる。


「何ッ!?」


「心配は無用。ただ眠らせただけである」


と女性は曹操に向けて言う。


「ふむ………」


女性は自分の体を確かめるかのように見るのだった。


「やはりこんなものか………全く」


と優雅にため息を吐く女性。


もし衣服を変えて、豪勢な着物を着せれば、どこぞの高貴な生まれの娘に見えなくもない。


それほどまでに女性から発せられる雰囲気は、おごそかで神秘的なものだった。


「全く。貪口がいなければどうなっておったか………」


「貴女は一体…………」


曹操は目の前の女性を見上げる。


「うぬ?………あぁ、曹操よ。お主には感謝するぞ。私の存在を意識してくれたお陰でここまでの権限を得たのだからな」


と女性は笑う。それはそれは美しい笑みだった。


「どういうこと?」


「ふん。主は知らなくていい。これは私たちの理だ」


女性はそう言うと塵塚怪王の方へ向く。


「そうか汝は我輩と同じ妖者か………」


「………全く。その程度の認識、か。取り込まれて忘れたのか。だがその方が都合は良い」


と女性はしゅるりと腕の包帯を解く。


「先ずはさっきから鬱陶うっとうしい結界を取り払うか。………蛇帯じゃたい


腕の包帯が四方に伸びていく。


するとパンッと乾いた音が聞こえる。


それは渾沌が仕掛けた罠が壊れるだ。


洛陽の門に組み込まれた結界とは別にこの玉座の間にも結界が組み込まれていた。それは門の結界のせいで気づけないほどの弱いものだが、長くこの場にいれば渾沌に取り込まれるものだった。


「………火車、蛟」


塵塚怪王の隣に二人が現れる。


「蹴散らせ」


塵塚怪王が命じる。―――だが……。


『…………』


二人は動かない。


「何をしているのだ?」


動かない二人に塵塚怪王が首を傾げる。


「ふん。それは無理であるな」


と女性は言う。


「塵王よ。その者らは名で縛っておるのだろ?お主に絶対服従ということは私にも絶対服従であるということなのだからな」


「何を言っておるのだ?」


「ふん。今のお主には分からぬだろうな。…………それよりもうそろそろ出てこぬか?」


と女性は塵塚怪王の奥を―――闇を見る。


「………そうか。いやに容易いと思えば、本体が別にいたのか」


闇から現れた渾沌が女性と対峙する。


「本体は隠れ、力を溜めていたのか、異国の妖者よ」


「全く。覗き見していたわりには話を聞いてなかったのだな。私が本体なわけではない。言っただろ、塵王は私の半身だと」


女性は渾沌に鋭い視線を向ける。


「それにそれを言うのならば主もそうではないか………」


「ククク。流石にそれは見破られたか。貴様はその者とは違うようだな」


と渾沌は塵塚怪王を見る。


「―――それは否だ」


それを否定する女性。


「塵王は知っていたよ、主が単なる端末の一つに過ぎぬことを」


「ふん。何を言うのかと思えば………。強がりを」


「強がり?全く、何故、私が見栄を張らねばならないのだ?」


鼻を鳴らす渾沌に女性はため息を吐く。


「私の半身はな、元は人から捨てられしもので出来ているのだよ。それ故なのかは分からぬが、半身は捨てることをしないのだ」


と塵塚怪王を見る女性。その目は愛しげで、慈愛に満ちていた。


「全く。敵対する者の命すら“切り捨てる”ことが出来ぬのだからな。そのせいで自らが乗っ取られておるのだから、全く世話の焼けるものだよ」


さて、と女性は再び渾沌に目を向ける。


その瞬間、空気が重くなるのを感じた。


「―――ッ!?」


「私は塵王のように甘くはないぞ。私の邪魔をするものは排除しよう。それが何であろうとも………」


「………そうか。ただの妖者ではないとは思っていたが………。ククク、貴様は別国津神ことくにつかみか」


「さてな……。今はただの妖者よ。さて、どうする、渾沌よ。……いや、“ぬっぺらぼう”よ」


「ククク。我を名で縛ろうとしても無駄だ。我には既に『鴻均道人』という名で縛っているからな。二重に縛ることは今の貴様では出来まい」


黒き闇と白き布が対峙する。


「………だが、分が悪いのも確かだ。ここは大人しく我が退くとしよう」


そう言うと渾沌が闇に溶けていく。


「また機会があれば会おう。……いや、我と貴様が再び会うは必然だな。それまで精々力を溜めておくがいい」


「全く………」


女性はそれを聞き、ため息を吐く。


「…………」


塵塚怪王はまるで置物のように固まっていた。


「………全く」


と女性はパンッと一拍打つ。


すると、塵塚怪王が崩れ落ちる。それは動作的な意味でなく、そのまま物理的に崩れ落ちる。


まるで糸が切れた操り人形の如く………。


「怪王!?」


「安心するが良い。ただ再構成するだけである」


声を上げた曹操に女性は言う。


「すまないな、曹操よ。私たちの問題にお主らを巻き込んでしまって」


「……別に構わないわよ。それよりも貴女は?」


「私か?私は………白容裔しろうねり。今はそう名乗っている」


「白容裔………」


女性―――白容裔を見上げる。


「……華琳よ」


と曹操が言う。


「良いのか?」


「えぇ」


「ふむ。では私のことはしいと呼ぶとよい」


「あら、貴女は真名があるのね」


「本来は私たちの真名を人に教えるべきではないのだがな………」


「なら何故私に?」


「お主は塵王の契約者であるからな」


と白容裔は曹操を見る。


「これからも塵王を頼むのである」


「えぇ。当たり前よ」


「ふむ。では私は後始末をつけるとするよ」


白容裔は塵塚怪王の近くへ寄る。


「貴女、何を………する、の………?」


曹操は白容裔に訊ねようとするがひどい眠気に襲われる。


「お主も寝ておれば良いよ。全ては白昼の夢の如く………」


そこで曹操の意識は断たれた。










そして、塵塚怪王による洛陽占拠は幕を引いた。


それと同時にそのことは人の記憶から消えていた。


それはまるで全ての人が白昼夢を見ていたように。


それはまるで全ての人が狐に摘ままれたかのように。










「全く………」


洛陽の城の屋根の上に首に白い布をマフラーのように巻いた子供がいた。


「後は人の子らの記憶をすり替えておかなくてはな………」


子供はため息を吐く。


「あはは。大変そうだね」


と後ろから声がかかる。


「私は忙しいのだが?」


「あはは。そう邪険にしないでほしいゾ」


と少年―――鬼一口は言う。


「ふん。まぁ、良い。主には世話になったからな」


と子供―――白容裔は言う。


「それにしても良かったのかい?力を全ての使っちゃって?また一からやり直しじゃないか」


「ふん、問題はあるまい。それにあのままでは私の望みも叶うまい」


「あはは。叶える側が何を望むというんだい?」


「私はもう叶える側ではない。既に私は忘れられておる。今はただの妖者だ」


白容裔は屋根から下を見る。そこには多くの人が暮らす町が見える。


「さて、私はもう行くとする。ではな、鬼一口よ」


「うん。またね、白容裔」


と白容裔は屋根から飛び降りる。











―――パリッ。


闇の中に浮かぶ無数の水晶の一つが割れる。


「うん?あの水晶は………鴻均道人のでしゅね」


そして闇の中で舌足らずな声がする。


「どうやら洛陽に仕掛けた端末が壊れたみたいでしゅね」


割れた水晶は次第に下がっていき、闇に飲み込まれていった。


「まぁいいでしゅ。まだまだ大陸には種がありましゅから」


キャッキャッキャと高い笑い声が聞こえる。


「……ふわぁ~。もうおねむでしゅ。後は起きてからにするのでしゅ………」


そして再び闇には静寂が訪れる。


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