21話白き衣
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「ククク。脆いな、異国の妖者よ。所詮は余所者。この地で我に敵うわけがない」
洛陽の玉座で渾沌が笑う。
「こうなってしまえばこの娘ももう用済みだな」
と渾沌は玉座に座る董卓を見る。
「ククク。まぁ、最後までぼろ雑巾のように使い、解放してやるか」
――――クククク。
門前の戦いは一方的なものとなっていた。
それもその筈、人の理から外れている妖者に対抗する策を連合が打てるわけもなく、妖者たちの前に連合は敗退してしまった。
そして各諸侯たちは……………。
『……………』
玉座の前に縄を打たれた諸侯の代表者たちが並べられていた。
そして玉座に鎮座するのは……………。
「さて、人の子らよ。抵抗が無駄であることはその身をもって分かったであるな?」
塵塚怪王が座っていた。
「………怪王。これは何の真似なの?」
縛られた諸侯の中には曹操の姿もあった。
「ふん。何の真似とは何のことだ、“曹操”よ?」
塵塚怪王は淡々と言う。
「人が乱した世を我輩が正す、ただそれだけである」
「貴方の用とはこれの下準備だったわけ?」
「だとしたらどうなのである?今の汝に何ができるのだ?」
「………」
「汝はこの連合が好機だと言っていたがそれは我輩にとっても好機であったよ。なにせ、この大陸の大半の人が一ヶ所に集まってくれるのだからの」
塵塚怪王はそう言って縛られた諸侯たちを見る。
「華琳さん、この狼藉者をなんとかしてくださいます?わたくし、お尻が痛くて仕方ありませんの」
「姫ぇ、状況を考えて下さいよぉ」
袁紹のマイペースな発言に顔良がため息を吐く。
「さて、賢き人の子らよ。選択するがよい。我輩に従順するのならば、よし。それとも…………」
諸侯たちをもう一度見る塵塚怪王。
「よく考えるがよい。その為の“部屋”も用意してあるからのだからな」
と塵塚怪王が目配せをすると火車と蛟が諸侯たちを連れていく。
玉座の裏にある隠し部屋の中。
「月!?………返事をしてよ、月!?」
鎖に繋がれた少女が二人居た。
董卓と賈駆である。
二人の足に繋がれた鎖のせいでお互いに触れられないでいた。
そして相変わらず董卓の目には光がない。
「ククク。感動の場面だな」
そんな中に水を差す者がいた。
「アンタ!戦いが終わったら月を解放する約束じゃない!」
闇から現れた渾沌に食らい付くようにように言う賈駆。
「ククク。何を勘違いしているのだ、賈駆よ?我は解放したではないか?今こうして繋がれているのは我ではなくあの者せいだろう」
「そんな屁理屈を………」
「ククク、何とでも言えばいい。どうせ貴様には何も出来まいよ」
そう言って渾沌は再び闇の中に消える。
「……うぅ。ごめんね、月。ボクが、ボクがしっかりしてなかったから………」
「ご飯だよ」
暗い牢の中。鬼一口が各諸侯に食事を配っていた。
と一つの牢で止まる。
「食べないのかい?」
それは曹操の入れられた牢だった。
「………要らないわ」
「勿体ないゾ」
と食事を下げる鬼一口。
「全く食べ物を粗末にするのは良くないことだゾ」
そしてそれを食器ごと食べていく鬼一口。
「貴方は確か………鬼一口よね?」
「うん?その通りだね。よく覚えているね、曹操。素直に驚くゾ」
「何故、怪王はあんなことを?」
「………ぐもぐも」
バリバリと咀嚼していく鬼一口。
「……おかしなことなのかい、それは?」
口の中のものを飲み込むと鬼一口はそう言った。
「元々、キミらとあの者は違うモノだろ?理解し合うことなど不可能だったんじゃないかな」
「貴方はあの怪王に納得してるのかしら?」
「あはは。ボクは元々四凶の一つに数えられてるくらいだからね。人に害なすことは何とも思わないゾ。あ、他の妖者を取り込もうとは思わないことだゾ。アレらはあの者に絶対の服従だからね」
「…………それでも何もしないのは性格上無理なのよ」
と未だ目には確固たる意志の光を宿す曹操。
「ふぅん………」
鬼一口は曹操を眺める。
「人となりを見て判断した、か………」
「………なんのことかしら?」
「いや、独り言さ」
と鬼一口は壁に向かって歩いていく。手を振り上げて、壁を殴りつけた。
ドゴンッと低い音が響き、僅かに地面が揺れる。
―――――ざわざわ。
と壁を何かが這っていく。
「貴方、何を………」
「さて、これで暫くは監視の“目たち”はいないゾ」
とにこりと笑う鬼一口。
「今のあの者は渾沌に取り込まれているんだゾ」
「取り込まれて?」
「そうだよ。ボクらは渾沌の罠に嵌まったのさ。それであの者はああなったのさ」
「それを他の妖者たちは………」
「知っているよ。さっきも言っただろ?他の妖者たちはあの者に絶対の服従なのさ。」
「貴方はどうなの?」
「ボクかい?ボクは名で縛られてるからね」
塵塚怪王はああは言うが実際に縛っていることは事実だった。
「これもさっき言っただろ?ボクは人に害なすことには別に否定的ではないんだゾ」
だから、と鬼一口は曹操を指差す。
「あの者を救えるのはキミだけなんだゾ、曹操」
「私が………?」
「キミは受け取っているはずだよね?小さな種火から鍵を、ね」
と笑う鬼一口だった。
曹操は自分の袖口に触れる。そこには古戦場火から受け取ったあるものが入っていた。
「まぁ、その為にも栄養をつけておかなくちゃ駄目だゾ」
と食事を再び出す鬼一口。
「………そうね。いただくわ」
それを素直に受けとる曹操。
「ちょっと給侍さん、お食事はまだですの?」
「いやはや、肝の据わった人もいるもんだね」
牢に響く袁紹の声に鬼一口は肩を竦める。
「ただの考えなしよ、あれは」
「あはは」
そして鬼一口は笑い。再び食事の配膳を開始した。
「あはは、ボクも中々お人好しだよね。………まぁ、キミらがどこまでやれるのか楽しみにしているよ」
再び諸侯たちは玉座の間に座らされていた。
多くの者が塵塚怪王へ従うことを肯定するなか数名が異を唱えた。
一人は袁紹。まぁ、この者については何の考えもなしにただ気分で反対している節がある。
次に馬騰。自分は漢の臣であると塵塚怪王に従順することを拒んだ。
続いて劉備。彼女が目指すのは皆が笑って暮らせる世。それはこんな日の当たらない世界ではないと震えながらも拒否した。
そして曹操だった。
「ふむ。汝らは我輩には従わぬのだな?」
塵塚怪王はその四人を前にして言う。
「そうであるか。まぁ致し方あるまいが間引くこととしよう」
そして塵塚怪王は四人の前に歩いていく。
「せめて己が得物でその命終わらせてやろう」
と塵塚怪王はそれぞれの得物を取り出す。
「では誰から先に逝く?」
四人を見渡す塵塚怪王。
「………汝から逝くか、曹操よ」
「………」
鎌を持ち、曹操の前に出る塵塚怪王。
「………んよ」
曹操が小さく呟く。
「なんである?命乞いであるか?」
「違うわよ。私の真名は華琳よ。そう教えたでしょ?」
「………だから、なんなのである?」
「なんでさっきから真名で呼ばないのかしら?私は許可したはずよ、怪王」
「……………」
真っ直ぐに塵塚怪王を見つめる曹操。
(まだ少しでも怪王の意思があるなら………)
「――――知らぬな。我輩が汝らをどう呼ぼうと我輩の勝手であろう。他に言い残すことがないなら…………逝くがよい」
そして無情にも鎌を降り下ろす塵塚怪王。
(くっ………ダメなの…………)
曹操は目を瞑り、覚悟を決める。
「全く、見ていられないな………」
しかし、鎌を曹操に届くことなく止められていた。勿論、曹操が何かをしたわけでもなく、塵塚怪王が止めたわけでもない。文字通り“止められた”のだ。
「なッ!?…………小袖の手、だと!?」
塵塚怪王の一撃を止めたのは曹操の袖口から出てきた青白い手だった。
「何故、曹操に小袖の手が憑いているのである!?」
塵塚怪王は驚愕として、袖から伸びた腕を見る。
「全く、何を考えているのだ、塵王よ」
そしてこの場の誰でもない声がする。
「契約者に手を上げるなど、愚かしいにもほどがあるぞ。それでも私の半身であるか?」
するりと曹操の袖口から白い布切れが出てくる。
それは古戦場火が曹操に託したものだ。
それが何なのか曹操には分からなかったが、一応懐に仕舞っていたのだった。
「理を外せば存在が消えるぞ、塵王よ」
先程からの声はこの布切れから聞こえていた。
「何者であるか!?」
「はぁ……。それすら忘れてしまうとは………全く」
と白い布切れはうねり、人一人分の塊となる。それがほどけると中から豊満な体を白い包帯で覆った女性が現れる。
「全く、やっとのことここまでの力を取り戻したと言うのに何をしているのだ、塵王よ」
女性はため息を吐く。その容姿と合わさり、やけに扇情的であった。
そしてそれ以上に美しくもあった。まるで羽衣を纏う天女のように………。




