20話 闇の帳の中へと
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連合はシ水関を抜け、虎牢関へ進攻を開始していた。
ただ次の虎牢関が難関であった。
虎牢関にはシ水関から下がった、神速と謳われる張遼に天下の飛将軍、呂布。そしてその軍師たる陳宮に神算鬼謀の賈駆が詰めている。簡単には抜くことは出来ないだろう。
そしてその中で塵塚怪王は……………。
「………先に洛陽へ行きたい?」
「うむ。すまないがここからは個人行動をさせてもらいたい」
曹操に先に洛陽へ行く許可をもらおうとしていた。
「それは軍議での震々と関係あるのかしら?」
「うむ。だが、これは我輩たち、妖者の問題である。汝らを巻き込むわけにはいかぬのだ。汝らが来る頃には始末を終えておこうと思っている」
真っ直ぐに曹操を見る塵塚怪王。
「………はぁ。いいわよ、許可するわ」
「すまないな、華琳」
「謝るくらいなら早くその用事とやらを済ましてきなさい」
「うむ。では………」
塵塚怪王はガシャガシャと音を鳴らして陣を出ていく。
「はぁぁぁ!!」
「でりゃぁぁ!!」
ガキンッと金属と金属のぶつりかり合う音が聞こえる。
「ふっ。流石は張遼、やるな……」
「惇ちゃんこそ、久々に血がたぎってきたで、ウチ」
そこでは張遼と夏侯惇が一騎打ちの真っ最中だった。
張遼は虎牢関を死守せんが為、夏侯惇は己の主の命の為、両者一歩も引きはしなかった。
「次こそ決めさせてもらうぞ」
「へへ。それ何回目なん?」
「ぬかせッ!!」
再び二人の得物が交わろうとしたその時、異変は起こった。
『―――なッ!?』
二人の得物が空中で止まったのだ。
いや、正確に言うなら二人には僅かながらも手応えがあった。だが、目の前には何もない。
二人が驚愕に目を見開いていると…………。
「うぬ?………あぁ、すまない。邪魔をしたのである」
どこからともなく声が聞こえた。いや、声はまるで目の前から聞こえているかのように近かった。
「この声は………怪王か?どこに居るのだ!?」
夏侯惇が声に聞き覚えがあり、声の主を探すが周りにはあの目立つ巨体はなかった。
「どこと問われてもな………。目の前である」
「は?目の前、だと………?」
するとうっすらと目の前に巨大な輪郭が現れてくる。
そしてそれがハッキリしてくると得物が空中で止まっていた理由が分かった。
二人の得物は塵塚怪王の体に刺さり、止められていたのだった。
「な、なんや、自分!?どこから現れとんねん!?」
と張遼は目の前に現れた塵塚怪王に驚く。
「なんだ?汝ら、自分の目で見たものを信じぬのか?汝らの目の前から現れたであろう」
塵塚怪王は呆れたように言うが、二人はそれに納得できずにいた。
それもそうだ。人がいきなり現れることを許容できる者など早々はいない。
「うん?ところで何故、ここにお前が居るのだ、怪王?」
と夏侯惇は考えることを止めたようだ。
「まさか、私の手柄を横取りしようと………」
「否。我輩は先に洛陽へ向かう事にしたのだ」
「なんやてッ!?」
塵塚怪王の言葉に反応したのは張遼だった。
「行かせる思ってるんか?」
と得物を構える張遼。
「何故、汝の許可がいるのだ?汝ら、人の子は人の子同士で存分にやり合うが良い。我輩のことなぞ構う必要はない」
そう言うと塵塚怪王はガシャガシャと歩き始める。
「ま、待ち――――ッ!?」
張遼は呼び止めようとしたが、既に塵塚怪王の姿はそこにはなかった。
「………ふむ。やはりであるか……」
塵塚怪王は洛陽の門の前で立ち止まり、塀を見上げていた。
そっと門を撫でる塵塚怪王。
「正規の結界の上から違うものを書き換えた形跡があるな………」
門の中を見据える塵塚怪王。
「………あそこか」
塵塚怪王の見る先には皇帝が鎮座する城があった。
「では参るとしよう………」
そして塵塚怪王は結界を破り、洛陽へと入っていく。
「―――失礼する」
塵塚怪王は玉座の間に入る。
本来皇帝が座るべき玉座には小さな少女が座っていた。
豪勢な衣装を纏う少女の目には全くと言っていいほどに光がなく、澱んでいた。
「汝が董卓であるか?」
「………」
塵塚怪王の問いに答えず、虚空を見つめる少女。まるで人形のようであった。
「ここは皇帝の鎮座する場ですよ」
少女の後ろから声が聞こえる。
「誰だか知りませんが、勝手に入れば打ち首ですよ」
と少女の後ろ―――闇から不可思議なモノが現れる。
着ている服は文官のものだが全てが暗黒色。そして頭には顔を全て覆うように布袋が被されており、文字で目や耳などの部分が書かれていた。
「………」
その者を睨む塵塚怪王。
「あぁ、私ですか?私は董卓さんを補佐する鴻均道人と申します。以後お見知りおきを………」
と恭しくお辞儀をする。
「ふん。我輩らに腹の探り合いなど不要であろう、渾沌よ」
「ククク」
塵塚怪王の言葉に鴻均道人―――渾沌が笑う。
「そう言うな。これは通過儀礼のようなものだろ、異国の妖者よ」
クツクツと笑う渾沌。
「何故、このようなことをする、渾沌よ?」
「何故とは異なことを聞くな、異国の妖者よ。これが我が存在意味であるからに決まっている」
「確かにな。混沌を司る汝がこうして現れておるというのは分かる。だが、汝自ら混沌を生むのはどうであるか?」
「ククク」
渾沌は笑う。人に嫌悪感を誘う笑いだ。
「それの何が悪い?我はこうして現れた。それは人が世を乱したからだ。これは自業自得なのだよ」
「―――否。我輩ら妖者は自らの力で世に影響を与えてはならぬ。我輩たちはただ畏れられ、崇められていればいいのだ」
「ククク。それは貴様の国の在り方だろ。この国ではそうではないのだよ、異国の妖者」
「否である。我輩たちに国も何もないであろう」
「それも貴様の国の考えだ」
両者の間には剣呑な空気が漂う。
「理解し合うのは無理なのであるな」
「それは当たり前だ。我らは異なる存在なのだ。人とは違い、我らはそれぞれが違うのだからな。話し合いなぞ無理に決まっている」
「うむ。致し方あるまい………火車、蛟、蜃気楼、鬼一口」
塵塚怪王がそう言うと後ろにそれぞれが現れる。
「ふん。竜の子か………」
それに対して渾沌は鼻を鳴らすだけだった。
「その名もそうだろ、異国の妖者よ」
四人に目もくれず、塵塚怪王を見る渾沌。
「それも貴様の国の名だ。貴様はその名でその者らを縛っておるのだろ?」
「否だ。これは我輩の眷属――家族である証だ」
「ククク。家族、か………。これはまたおかしな事を言う。他の国へ来て、人の真似事か」
『違う。この方は本当に私たちを家族として扱って下さるのだ』
火車と蛟が同時に言う。
「ふん。竜の成り損ないが知った口を言うではないか」
「………それは聞き捨てならないゾ、渾沌」
と渾沌の言葉に鬼一口が食いつく。
「饕餮か………」
「今は鬼一口だよ。間違えないでほしいゾ」
「ふん。曲がりなりにも我と同じ四凶がこうまで牙を抜かれるとはな………」
「あはは。別にキミとボクが仲良しであるわけでもないんだから、とやかく言われる筋合いはないゾ」
鬼一口は笑っているが、眼だけが敵意を向けていた。
「そもそも、ボクはキミと話し合うつもりは毛頭ないよ。その闇ごと貪ってあげるよ」
ペロリと舌を出す鬼一口。それに合わせるように三人が臨戦体勢に入る。
「ククク。我も貴様らと話し合うつもりはないぞ。だが、戦うつもりもないがな………」
「なに?逃げるのかい?」
「逃げる?ククク。貴様らは何処に足を踏み入れたか分かってないようだな」
とクツクツと笑う渾沌。
「――――貴様らは既に我が手中ぞ」
連合はなんとか虎牢関を抜けた。
「………全く。麗羽の愚策のせいで余計な時間を割いてしまったわ」
と曹操は行軍の中で愚痴る。
「華琳様、そろそろ洛陽が見えてくる頃です」
「分かったわ。準備をお願いね、桂花」
「はい」
そして連合が洛陽へ後一歩で到達する頃合いに…………。
―――ポッポッポッ。
目の前に数個の怪火が現れた。
「何かしら、あれは………?どこかで見たことがあるような………」
それは近づくにつれて、怪火だけでないことが分かった。
その怪火の下には一人の少女が立っていた。
「―――古戦場火。何故、貴女がここに?」
曹操はその少女―――古戦場火に訊く。
「…………あ」
古戦場火は俯き、今にも消えそうな声で囁く。
「どうしたの?怖がらなくていいのよ。ゆっくり話してごらんなさい」
曹操は古戦場火に優しく問いかける。
「……あ、あ。…………あの人を助けて下さい!」
手に握られた白い布を握り締めて古戦場火は懇願した。
洛陽の門前に異様な者が立っていた。
その巨大な体には布切れや木っ端を纏い、頭には箱のようなものを被っている。
「なんですの、あれは?」
袁紹はそれを見て、首を傾げる。
「まぁいいですわ。邪魔をするなら退かせばいいのですわ。さぁ、名門袁家の兵の皆さん、華麗に雄々しく勇ましく、やぁ~っておしまいなさい」
『あらほらさっさー』
袁紹の号令で門へと向かう袁家の兵たち。
「………火車、蛟」
門前に立つ異様な者がそう呟くと左右に女性が現れる。
「―――蹴散らせ」
すると女性の姿だった者は巨大な獅子と大蛇に変わり、兵たちに向かっていく。
完全に油断していた兵たちは浮き足立ってしまった。
「きぃ!!なにをしていますの!?弓兵、弓の準備を!………放ちなさい!」
続いて弓を射る。だが…………。
――――バクンッ。
それは巨大な口の中へ吸い込まれてしまった。
「ぐもぐも。………うん、不味いね」
巨大な口が閉じるとそこには少年がいた。
「でもいいのかい?これはキミの望むこととは離れていると思うゾ?」
少年は異様な者に話しかけるが、答えが返って来ることはなかった。
「…………まぁ、別にいいけどね」
そう言うと少年もまた兵の方へ向かう。
「えぇい、何故怪王は我々を攻撃するのだ!?」
門前にて全軍が混乱していた。その中、夏侯惇は目の前の“モノ”を蹴散らしていた。
それは異形のものだ。人の形をしているものも居れば、動物の形をしているもの。または無形のものまで種類は様々であった。
共通点があるとするならば、それは…………。
――――人成らざるものであること。
「……………」
仁王立ちをしたまま不動であったその者は徐に城壁を触る。
すると城壁は崩れ落ち、塵と化す。そしてそれは再び集まり、その者の腕となる。
それは巨大な腕と成る。
それこそ天を覆い尽くすかのように…………。いや、現に連合の頭上に伸ばされた腕はすっぽりと連合を覆い、影を落としていた。
「―――人の子らよ、聞くがよい」
そして連合全てに響き渡るほどの声が聞こえる。
「我輩は塵芥の王なり。既に蒼天は没した」
その言葉に添うように、連合に落とされた影は徐々にその広さを増していた。
腕が大きくなったわけではない。もっと根本的なものだ。
「なによ、これ…………」
連合の者たちが空を見上げると太陽が無くなっていくのだ。それは日蝕だった。
「これからは我らが妖者の時代。暗黒の闇が支配する時代。人の子らよ、新しき時代の産声を聞くがよい」
こうして洛陽から、いや、大陸から光が消え、妖者の王が洛陽に君臨した。




