9話 貪口(むさぼるくち)
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「何かあったのであるか?」
塵塚怪王は玉座の間に呼ばれていた。
塵塚怪王の他にも魏の主要陣が揃っていた。
「えぇ。今、変わった賊がこの辺りを荒らしているのよ」
「変わった賊?確かに最近は賊討伐が多かったですけど、どこか変わってましたか?」
と夏侯惇が曹操に訊く。
「春蘭、賊の特徴覚えてるかしら?」
「いえ、全く!」
元気に答える夏侯惇。それを見て大半の人間がため息を吐いた。
「あ、確か皆、黄色い布を付けてたかも」
と許緒がぽんっと手を鳴らす。
「そうよ。季衣は偉いわね」
「あ、ありがとうございます、華琳様」
「むぅ~」
曹操が褒めると許緒は照れたように笑い、夏侯惇は羨ましそうにしていた。
「今はただの烏合の衆かもしれないわ。でもね………」
と曹操は一つの紙を取り出す。
「これは先日、楽進が近くの森を巡回していた時に見つけた賊が持っていたものよ。中には集合場所が書いてあったわ」
「賊も頭を使うようになってきたとそう言いたいのであるな、華琳」
「えぇ、その通りよ。そして朝廷もやっと本腰を入れるみたいよ。討伐命令が各諸侯に送られたわ。それで、皆、私たちがすべきは何かしら?」
「賊どもを根絶やしにすることです、華琳様!!」
曹操の言葉に夏侯惇が威勢よく答える。
「えぇ、そうね。偉いわよ、春蘭」
「華琳様ぁ~」
曹操に褒められ許緒とは少しずれた意味合いで照れる夏侯惇。
「では皆の者、どこよりも早くこの曹魏が武功をあげるわよ」
『はっ』
曹操の言葉に全員が力強く頷く。
「それで我輩を呼んだのは何故だ、華琳よ?」
皆が自分の役割を果たしに玉座の間を出ていくとそこに残ったのは曹操と塵塚怪王だけだった。
「貴方には少し頼みたいことがあるのよ」
曹操はそう切り出した。
「今、巷で騒いでいる黄色い布を付けた賊、黄巾賊とでもしておこうかしら。それの首魁が張角と言うらしいのだけど、その居所が知れないのよ」
「捕まえた賊は口を割らぬのか?」
「えぇ。まぁ、どうやら黄巾の騒ぎに便乗した輩も多いけど、知っていそうな者は誰一人口を閉ざしているわ」
「………ほう。それで我輩は何をして欲しいのだ?」
「張角の居場所を調べてほしいのよ」
「うむ。良かろう」
月のない夜。辺りに明かりはなく、真の闇が辺りに広がっていた。
そこにぽぅと灯りが灯る。
――――ガシャガシャ。
灯りに照らされ、闇に姿が浮き上がる塵塚怪王。
「うむ。済まぬな、不々落々(ぶらぶら)よ」
提灯を持った翁に塵塚怪王は礼を言う。
そして闇の中を見据える。
「少し出てきて貰えぬか、二人よ」
と闇の中に声をかける塵塚怪王。
すると闇の中から2つの顔が現れる。いや、正確には2つの仮面だ。
1つ鷲を模した仮面。もう1つは虎を模した仮面。
「うむ。汝らに頼みたいことがあるのだ」
「何デスカ?」
鷲の仮面がそう答える。
「人を探して欲しい」
「ヒト?」
今度は虎の仮面が答える。
「張角という。黄色い布を纏った人の集団にいるはずなのだが、何処に居るかを知りたい」
『………』
2つの仮面がゆらゆら揺れる。
「……分カッタ」
と暫くするとそう答えが返ってきた。
「うむ、助かるのである。では頼んだのであるぞ、夜雀、鵺」
すると仮面は再び消える。そこには先の見えない闇があるだけだった。
「……火車、蛟」
暫く闇を見つめた塵塚怪王は呟く。
『お呼びでしょうか?』
全くズレを見せず、同時に現れ、同時に喋る火車と蛟。
「何やら嫌な予感がするのでな、少し調べて欲しい………」
『何をでしょうか?』
「―――饕餮のことである」
『…………了解しました』
火車と蛟はそれだけ言うとまた同時に消える。
「我輩の思い過ごしならば良いのであるが………」
塵塚怪王の呟きは闇に溶けていくのであった。
ここは黄巾党の拠点地。
その中央には舞台が備え付けてあり、その裏が張角たち、張三姉妹の部屋だった。
黄巾党の事実は、歌い手たる彼女たちの追っかけが暴徒と化したのだった。
またはそれに便乗した賊だった。
「どうしよう~、段々諸侯さんたちのが厳しくなってるよぉ~」
ほんわかした雰囲気の少女―――張角がそう呟いて机に突っ伏す。
「天和姉さん、そんなこと言ってもどうにもならないわよ」
眼鏡をかけた少女―――張梁がため息を吐きながらそう言った。
「もぉ!なんで何もないのに軍に加わろうとするのよ!?」
そう言ったのは勝ち気そうなサイドポニーの少女―――張宝だった。
諸侯の張った捜索網に加えて、黄巾党の膨大な人数が仇となり、身動きが取れない状態なのだ。
「もう、こうなったらちぃたちだけでまた遠くに行きましょうよ。これさえあれば何度だってやり直せるわよ」
と手には古書が握られていた。
「この太平要術さえあれば何度だってやり直せるわよ」
「駄目よ、ちぃ姉さん。私たち三人で逃げても誰かしら付いてきてまた集まるわよ」
「じゃあ…………官軍をヤっちゃえばいいのね」
と張宝が黒い笑みを浮かべる。
二人は自分の姉妹に背筋を凍らせた。
張宝は三人の中で妖術に長けていた。だからこそ、太平要術の“影響”が最も強かった。
「―――否」
しかし、それは三人以外の声で否定された。
三人以外に誰もいない私室だ。取り巻きでも入ることは許されていない。
「だ、誰!?」
三人は部屋の中を見渡すが“それら”を見つけることは出来なかった。
彼女たちの目の前には段ボールを被った大男―――塵塚怪王と虎の仮面を被った少女―――鵺が居た。だが彼女たちにはそれが見えていないかのように、見当外れの場所を探す。
「我輩の名など今は関係在らず」
塵塚怪王の声は部屋に反響して聞こえる。
「一つ、汝らに忠告しに来たのだ。否、これは警告である」
三人が一ヶ所に固まる中、塵塚怪王はそう言う。
「その書は汝らには過ぎたる物ぞ。これ以上それを所持すれば身を滅ぼすぞ」
「な、何なのよ、アンタは!?姿を見せなさいよ!」
張宝が部屋中に向かって叫ぶ。
「その書は…………ぬ?く、これ以上は無理であるか………」
「姉さんたち、前!」
張梁が“正確に”塵塚怪王たちを指差す。
彼女らにうっすらと輪郭が見え始めたのだ。
「ここは退こう。だが、忘れるなよ、人の子よ。その書は、力は汝らに禍しか招かぬぞ………」
そして塵塚怪王と鵺はその場から消える。
「何なのよ、一体………」
三人は暫くその場から動けずに居た。三人で固まり、支え合う。それは歌い手として売れていなかった頃によくしていたことだった。
「やはり、か………」
「済ミマセン、力ガタリズ」
「構わぬ………」
少女の頭を撫でる塵塚怪王。
「これは少し厄介なことであるな………」
そう言って塵塚怪王は夜の空を見上げる。
「うぅん?誰かな、ボクの食事を邪魔するのは?全く、他人の娯楽を邪魔するなんて、不粋だなぁ。そんな空気の読めない奴は貪っちゃうゾ」
アハハハッと笑い声が虚空に響く。
声の主の姿は見えないが、ただ口だけが闇夜に浮かぶ。




