#5 暴れ牛
セリカは全速力でカジノに向かっていた。
今ならまだ間に合う…今なら…っ!!
なんとしても、ショウが全額使い切る前にカジノに着き、張っ倒してでもやめさせなければならない。
魔王討伐のための旅に出るには、例えその勇者がどれほど強かろうとも、先立つ物が無ければ野垂れ死ぬだけだ。
せめて金貨15枚でもあれば、馬車を買って従者を雇い、十分な食料を買い込み、比較的安全に旅することが出来るのだ。
世界平和の為にも…、奴を止めなければならないわ…っ!!
魔王の進撃を止める為に、勇者の遊興を止めなくてはいけないなんて、とんだお笑い種である。
――――――
ショウは野次馬達に大いにもてはやされながら、カジノからプレゼントされた大き目の袋に銀貨をザックザックと掻き入れていた。
「おい兄ちゃんやったじゃねえか!!その激運を、俺達にも少しわけてくれや!!」
わっはっは、と豪快に笑いながら、野次馬の一人がバンバンとショウの背中を叩く。
ショウは少し照れたように頭を掻きながら、
「ふふ…やはり日頃の行いがよい者には幸運が舞い込むってのは本当みたいだよ。君たちもせいぜい僕みたいに善行を積みたまえ!!うふふふふふふ…」
もはや照れ笑いから、鼻の下を伸ばしたようなだらしない顔になっていた。
ショウの慇懃無礼な発言にも、野次馬たちは怒ることも無く、ちげぇねえ!と、笑いながら囃し立てた。
「よぉし、今日は気分が良かばってん!このはした金で、散々飲み明かしてやろうじゃあないか!さあ、着いてきたまえ、モブども!!ブレンダの酒場へ直行だ!!あははははは!!」
ショウは銀貨が大量に詰まった袋をサンタクロースのように肩に提げ、十数人の野次馬を引き連れて、仰々しいカジノの門をくぐっていった。
――――――
セリカは、彼女の持ちうる脚力を最大限発揮しながら、カジノに向かっていた。
頼む…間に合って…!!
心臓が悲鳴を上げ、コヒュゥ、コヒュゥと乾いた息を漏らしながらも、彼女は懸命に駆け続けた。
そしてついにカジノの門が見えた時、セリカは急ブレーキをかけ、土煙をモウモウと立ち上げながら、眼前に飛び込んできた信じられない光景に目を丸くした。
ショウがでかい袋を抱えながら、何人もの知らない人と和気藹々と話しながらカジノから出てきたのである。
セリカが呆然と立ち尽くしていると、ショウはセリカに気づいたようで、顔をパッと輝かせながら手のひらを上に向けて彼女を指し、野次馬達に高らかに言い放った。
「諸君!紹介しよう!!彼女こそ、僕の幸運の女神であり、最高のパートナーである、セリカ=ナージェスだ!!ラッキーゴッデスだ!!」
野次馬達の視線がバッとセリカに集まり、彼らからお決まりの『ヒューヒュー!』が湧き上がった。
今だ呆けているセリカに対してショウは、
「セリカ!何、鳩がファイアーボール喰らった顔してるのかね!?さあ君もこっちに加わりたまえ!!」
と、逆手をクイクイと動かし、この騒ぎの輪に加わるよう促した。
セリカはパニックになったまま、ショウに恐る恐る近づくと、
「え、と…これは一体…?」
と、どっさりと銀貨が詰まった袋と、群がる野次馬の両方を示すように指を向けながら、言った。
ショウは満面の笑みを浮かべ袋をジャラジャラ言わせながら、
「スリーセブンで500枚だ!スリーセブンで500枚だ!スリーセブンでごっひゃくっまい♪スリーセブンでごっひゃくっまい♪さあ!皆さんご一緒にっ!!」
ごっひゃっくっまい!!ごっひゃくっまい!!
野次馬達のコールの中、セリカの手をガシッと握り締めながらショウは、
「セリカ…君には随分苦労をかけてしまったね…。しかし、もう案ずることはない。これから僕と君は、この金で国内最高の馬車を買う。国内最強の冒険者を雇う。そして…僕の愛する国を…!無辜の民を…!!脅かす、クサレ魔王を倒しに行くのだよ!」
と、まっすぐと、力強く、セリカの瞳を見つめながら、言った。
セリカは、その瞳にウルウルと涙を浮かべながら、まだ砂埃を上げている地面にへたり込んだ。
「やっと…やっと討伐の旅に出てくれるのね…。父さんの仇を討ちにいけるのね…」
泣き崩れたセリカの肩を抱きながら、ショウはニッコリ微笑んだ。
「そうさ。僕達のマジパネぇパぅワーを、彼奴ら魔族に見せ付けてやろうじゃあないか。さあ、今日は前祝いのパーティとしゃれ込もう。着いてきたまえ!」
終始柔らかな笑顔のショウに支えられながら立ち上がり、セリカは、涙を拭いながら、えへへ…ありがと、ショウ…と微笑んだ。
野次馬たちはその様子を、涙ながらに見守っていた。その中から、先ほどショウの背中をバンバンと叩いていた男が、何を思ったか、ズンズンと前に出てきて、
「旦那!!ブレンダんとこよりも、もっと上等な酒を出す店を知ってるぜ!!」
と、でかい声を上げて言った。
ショウはそれに対して、ウム、と頷き、
「今日はどんな高い酒でも僕が奢ってやる!!モブオ!!そこに案内したまえ!!」
モブオ呼ばわりされた男は、わざとらしく、ははーとかしずきながら、先頭に立って案内を始めた。
――――――
一行が男に先導されて歩くこと半時間、街の中心の活気溢れるにぎやかさとはかけ離れた、静かでのどかな…まあつまり田舎臭い雰囲気の場所に出た。
こんなとこに酒場なんてあんのかよー
牛ばっかりじゃねえか…乳でも飲もうってのか?
などと、口々に疑念を漏らす野次馬をよそに、男はズイズイと迷い無く進んでいく。
主役のショウはというと、セリカと楽しそうに話しながら、特に気にした様子も無く男について行くだけだった。
先導していた男は、牛を5、6頭放している小さな牧場の柵の前で急に立ち止まった。
牧場内の牛は、遠目で見ていた限りでは、のどかに草を食んでいただけだったが、一行が近づいてくるにしたがって、次第に目を血走らせ、荒い鼻息を立て始めた。
ショウは、男の不審な様子に、むむむっと片方の眉をあげて男を見た瞬間、男は荒々しく柵をぶち壊し始めたのだった。
一行は、男の意味不明な行動に、ギョッとしたが、そんな男に声をかける間もなく、ひどく興奮した様子の牛が一行目掛けて踊り出てきたのだった。
さっきまでの乱恥気騒ぎとは打って変わって、野次馬達は絶叫しながら、蜘蛛の子を散らしたように逃げ始めた。ショウとセリカも一瞬顔を見合わせた後、悲鳴を上げて別方向に逃げたのだが、暴れ牛達は何故か全頭、ショウに向かって、一心不乱に突撃していた。
やがてショウは、うねる牛の荒波に飲み込まれ、アッー!!と、か細い悲鳴を残して見えなくなった。
セリカは慌てながらも、魔法で牛たちを一頭ずつ眠らせていき、最後の一頭を静かにさせたときには、ショウはボロ雑巾みたいにズタボロで、目をクルクルと回して気絶していた。
セリカはショウに、回復魔法のヒールをかけながら、気付けの魔法、アウェイクを唱えた。
赤く淡い光に包まれたショウはパチッと目を覚まし、辺りをキョロキョロと見回し、何もない地面をパッパッと、探し物をするかのように、執拗に叩いた。やがて、顔を青ざめさせ、眉をハの字にして、言った。
「無い…無いんだよ…。ぼ、ぼ、ぼくの…、500枚が…、どぉっっっこにも無いんだよぉぉぉぉぉっ!!!!!!」
あまりにも、長く、激しく、狂おしい、慟哭だった。その、地を揺らし、天を裂くかの様な叫びは、はるか遠く遠く、魔大陸の居城で、暢気に水晶テレビを見ながら煎餅をかじっていた魔王ですら、ビクッ!と後ろを振り返るほどだったとかそうでなかったとか。