#2 ダンジョン探索
ダンジョンとは、魔王の配下の特殊な魔族が生み出す迷宮である。
通称クリエイターと呼ばれるその魔族は、地下に存在する魔力の溜まった魔核と呼ばれる石を探し出し、その魔核を中心に地下迷宮を作り出すことが出来る。
クリエイターの持つ魔力と、魔核が溜め込んだ魔力の高さによってそのダンジョンの攻略難易度が決定される。
魔核は地下深くに埋まっているものほど、魔力を多く溜め込む傾向にあるため、難しいダンジョンほど深く、出てくる魔物も魔力が高い、強い魔物が出てくる傾向がある。
クリエイターは自分の魔力や魔核の魔力を使ってアイテムを作り出すことが出来るため、魔力が高いダンジョン…つまり難しいダンジョンほど魔力の込められた強いアイテムを手に入れる機会が増えるのだ。
クリエイターが作るアイテムは強力なものが多いため、それを手に入れることが出来れば一財産築くこともできるが、それを使用してくる相手を倒さなければ手に入らないため、なかなか強力なアイテムを手に入れるのは難しい。
そもそも、クリエイターの中にはアイテムを作らない者も結構いるため、冒険者がダンジョンに潜って生計を立てるのはなかなか難しい。
そのため、冒険者たちは主に、ダンジョンから漏れ出してきたモンスターの討伐依頼をこなすことで生計を立てている。もちろん、国民から寄せられた雑務的な依頼をこなす場合もある。
そして勇者は、そのモンスターが湧き出る根本となるダンジョンを攻略することが主な使命なのだが、このダンジョンの攻略ってやつは一筋縄ではいかない。
一番簡単とされるD級ダンジョンでさえ、D級の勇者が仲間と6,7人で潜ってやっと攻略出来るか出来ないかのレベルである。普通に人間が即死するようなトラップが幾重にも張り巡らされている上、最後に待ち受けるは、人間よりも数段強い魔族なのだ。
幾人もの駆け出しの勇者が、功を焦って命を落としているのだ。
ショウとセリカは、最近国の辺境に作られたダンジョンに潜っていた。
国からの情報によると、推定難易度はC。何組かC級の勇者パーティが攻略に向かったそうだが、すべて戻ってくること無く消息が途絶えてしまったらしい。
セリカが唱えた『ライト』の魔法で照らしながら、二人は石造りのダンジョンを進んでいく。
ショウが先に立って進み、セリカがそれについていく形だ。
「それにしてもさー…」
ショウが口を開いた瞬間、壁のスピアトラップが発動し、無数の槍がショウに向かって飛び掛る。
しかし、それらはショウに刺さることなく空中で停止し、バラバラと地面に落ちていった。
「クリエイターが作るダンジョンって中々に意匠が凝らされていると思わないかい?この石造りの壁や床なんてどこか趣を感じる造りだし、つい無意識に拾ってしまいそうなこの宝石なんかも…」
ショウが床に無造作に落ちている、でかい宝石を拾おうとした瞬間、天井からギロチンが落ちてきた。
が、それもショウの首を落とす寸前で止まり、グググ…ッと見えない力で明後日の方向に引っ張られ、バチンッと鎖が切れて落ちた。
「まるで人間の深層心理を理解して作られているみたいだよね。つまり、魔族たちは日々宿敵である人間のことを勉強して、それを生かしてダンジョンを作ってるわけだ。もしかしたら、クリエイターにダンジョン作成の手ほどきをする魔族の学校みたいなのもあるのかもしれないね!」
などと言っている間に、ショウが立っている床から物凄い勢いで炎が噴出してきたが、いつの間にかショウは少し前方の空間に瞬間移動したかのようにたたずんでおり、炎が止んでセリカが通れるようになるまでの間、『必勝!!スロット攻略法!!!』と言う題名の書物を、石の壁に背を預けながら読んでいた。
セリカは、ショウのお供をし始めたころはその様子にいちいち驚いていたが、今では特に驚くこともなくなっていた。
彼には大体の罠は通じないし、大体のモンスターは彼に触れることすら出来ない。
そのことがわかった今となっては、彼にお供なんているのか?なんて自分の存在意義を疑ってしまいそうにもなる。
セリカは、少し呆れながら彼の後ろについていく。
こんな調子で罠を潜り抜け、わらわら出てくるなんかグロいモンスターたちを身動きひとつ取れないようにしたりしながら、ダンジョンを地下へ地下へ進むうちに、少し開けた空間にたどり着いた。
そこには、この先にボスがいますよーと教えてくれるように、悪魔の顔を模したおどろおどろしい扉がデンッと構えていた。
「ショウ、まあ、一目瞭然だけど、ここがクリエイターの間みたいよ。私も戦闘準備にはいるわね」
そういいながら、セリカは腰に下げた2本のロングソードを抜き放ち、両手に構える。
しかし、ショウはそんな彼女を見ながら、ふっ…と息を漏らすと、
「大丈夫だよ、セリカ…この先どんな苦難が待ち受けていようと…愛する君には傷ひとぶげらぁぁっ!!!」
言い終わる前にセリカはロングソードの柄尻でショウの後頭部を強打した。
ショウはその勢いそのままに石壁に激突し、ズルズルと地面に崩れ落ちていった。
「…ヒ、ヒールください」
「…ポーションでも飲んでろ」
ショウの体力を回復させた後、扉を開けてボスの間に足を踏み込んだ。
ボスの間は厳かなゴシック調の造りで、扉と一番奥の壁との間には、美しい網目模様を凝らした2本の柱がある。壁には等間隔に竜の顔を模したたいまつが灯っている。
扉の対面には、紅の玉座があり、そこには赤い髪に青い肌、蝙蝠のような羽をマントのようにたたんだクリエイターが、頬杖をつきながら口元を歪めて二人を見ていた。
クリエイターはおもむろに立ち上がり、両手と羽をバッと広げながら、言った。
「はーっはっはっは!!!よく来たな!!下賎なる人間どもよ!!ここまでたどり着いた人間は貴様らが初めてだよ!!どうだった、私の高貴なるダンジョンは?貴様らにこのダンジョンのすばらしさは理解できたかねぇ!?」
えー…なんだろうこのえらくナルシーなクリエイターは…。
今までショウと組んで2回ほどダンジョンを攻略したセリカだったが、ここまで癖のありそうなクリエイターはこいつが初めてだった。
セリカがげんなりしていると、ショウはズイッと一歩踏み出し、このナルシーなクリエイターと同じように両手を広げたポーズをとって、
「いや、全くすばらしいダンジョンだったよ!!随所に散りばめられた作り手のセンスを窺わせるオブジェクト!人間の心理の裏側を突いたトラップの数々!!おどろおどろしくもどこか気品のあるモンスターたち!!君はさぞ魔族の間でも高貴な者なんだろうねぇ!!」
と、声たからかに言い放った。
うわぁ…この人の感性疑うわぁ…。
セリカはなおもげっそりしたが、当のナルシークリエイターはというと、何故かふるふると震えだし、その緑の瞳から突然大粒の涙をこぼし始めた。
「下賎な人間の中にも…優れた感性の持ち主がいたということは、喜ばしきことか、嘆くべきことか…。私は貴様のような者に出会えてうれしく思う…。だが、貴様をズタズタに引き裂いて始末しなければならぬことに変わりはないのだ…。ならばせめて、貴様の頭だけ綺麗に残し、わが迷宮のオブジェとして永久に飾ってやろう!!それが下賎ながらも優れた貴様に対する最大限の麗ぐわぁあああああああああああああああああ」
クリエイターが言い終わる前に、ショウの両手から伸びた2本の『魔力の糸』が、2本のゴシック調の柱を支点として、クリエイターの両腕を凄い張力で引っ張りあげていた。
クリエイターは2本の柱の間に、まるで磔けられたかのように両手を広げて吊られている。
ショウはその様子をあっけらかんとした様子で見ながら、
「でも僕はやっぱり和の国の侘び寂びが好きだなー。竜のたいまつとか悪魔の扉とかー…ホント、感性疑っちゃうよねー」
さっきと言ってることを180度変えながら、ショウは『魔力の糸』をなおもギリギリと引き続ける。
クリエイターの体の中央に亀裂が入り始め、今にも彼の身体は千切れ飛びそうだ。
「き、貴様ああぁうわああああああああああ」
なんか情けない断末魔をあげながら、クリエイターは弾けとんだ。
魔族は死ぬと魔力に還るので、全然スプラッターにはならないから、小さい子が見ても安心だ。
クリエイターは紫の粒子となり、彼がつけていた指輪を落として消えていった。
ショウはその指輪を拾い上げて軽く品定めをした。
どうやら中々に価値のあるものらしく、満足したようにうなずくと、セリカに向かって言った。
「さあ!早く、みんなのところに帰ろうよ!!セリカ!!」
みんなって誰だよ…と思いながら、セリカは『エスケープ』の呪文を唱えた。