#1 スロッカス勇者
勇者とは、国から任命される、いわば公務員のようなものである。
最終目標は魔王の討伐ではあるが、実際にはダンジョンの攻略や盗賊の討伐など、騎士団の手が回らない範囲を遊撃的に治安維持するために設けられた制度で、主に功績のあるものから選抜されるが、中には例外的に任命される場合もあるらしい。
勇者には、功績に応じてS級からD級までの5段階のランクがあり、国からランクに基づいて給料が支給される。
D級ならば国民の平均月収金貨1枚よりも少し多い程度の給与だが、S級ともなれば王族並みの暮らしをおくれるほどの大金が支給されるのだ。
現在S級に任命されている勇者は2人しかおらず、その2人の勇者は魔王を討伐する為、すでに魔王の居城目前まで攻め込んでいるため、国内にはいない。
もっとも、魔王討伐の旅に出る勇者は勇者全体の1割にも満たない。大体の勇者が国内の治安に当たっている。
――――――
セリカ=ナージェスの雇用主の勇者もその口で、まったく国外に出ようとしない。いや、出れないといったほうが正しいのだが…。
彼女の雇用主はA級で、200人以上いる勇者の中でも5本の指に入るほどの実力者なのだが、なんというか、人格が少し…いや、かなり破綻しているのだった。
セリカは冒険者ギルドの多目的スペースにある木製のテーブルに突っ伏してため息をついた。何回目のため息だろう…。
ショウに「ダンジョンいくから15時に冒険者ギルド集合な」と言われたので準備をして来て見たものの、時刻はもう17時をまわっている。もういいや…帰ろう…。
セリカがそう思い席を立った時、いつもざわざわと賑わっているしているギルド内の人ごみを掻き分けて、一人の男がセリカの前の席にスッと腰掛けた。
この国の人には珍しい黒髪、黒瞳。漆黒のマントを羽織り、服もズボンもブーツも全て黒。腰にはボロボロのショートソードを下げた、セリカの雇用主の勇者、ショウ=トワイスだった。
セリカはため息を再度つきながら席に座りなおし、顔をしかめて睨みながら言った。
「いくらなんでも遅刻しすぎじゃあないですか…?」
セリカの穴が開くほどの視線を軽くスルーしながら、ショウは、それはもう、さわやかに笑った。
「ふふっ…なんというか…、やはり、ギャンブルってのは男のロマンだね!」
バンッと両手でテーブルを叩くセリカ。何事かと、他の冒険者が彼らを見やるが、ショウとセリカだとわかるやいなや、いつものことか、と視線を外していった。
「バカかあんたは!!もうあんたなんか勇者やめてスロッカスに転職しろ!!!」
激昂するセリカを、ショウはまあまあ、と宥めながら、懐から体力回復ポーションを取り出して、セリカの前にトンッと置いた。
「ほら、君が好きなベリー味のポーションだ。これで機嫌をなおしたまえ」
セリカはそれをやけっぽく一気に飲み干し、空になったビンをテーブルに置くと、
「で、いくら負けたんですか!!?」
と、ハナから負けたことがわかっているように問いただす。
ショウはその発言に対して、目を細めながら明後日の方向を見ていた。その顔はまるで、大地の神フレイヤのような、全てを包みこむような暖かい顔だった。そして、穏やかに言った。
「人は1日にパンが3切れ、床が1畳あれば生きられます…」
「スッちゃったんだ!?全財産スッちゃったんだ!!!このクサレ脳みそがぁぁぁっ!!!」
…今日も彼らは魔王討伐に出られないのであった。