プロローグ
彼は、とにかく運が悪かった。
幸運の女神に、つばを吐きかけられるくらい憎まれているのではないか、と思うくらい運が悪い。
友達とババ抜きで遊べば、常に彼の手札にはババが回ってくるし、魔法学校の進級試験では毎回謎の腹痛を起こして満足な結果を出せず、挙句の果てには国職員(現代で言う公務員)の面接試験に向かう最中に、なぜか暴れ牛に跳ね飛ばされ、怪我こそなかったものの試験には間に合わなくなってしまった。
そんなこんながありつつも、彼はそんな不運にめげることもなく、小さな武器屋で親方に可愛がられながらアルバイトをして両親と暮らしていた。決して裕福ではないが、精神的に恵まれた、心地よい人生だった。
だが、ここに来て彼は、彼にとっての人生最大の不運に見舞われることとなるのだった。
彼が武器屋の仕事を終えて家に帰ると、国王軍の鎧を着込んだ兵士10数人と、白いローブを纏い、銀縁のメガネをかけた初老の男性が直立不動の姿勢で彼の家の前にいた。どうやら彼らは、自分の帰りを待っていたようだが、いったい何事か。国に迷惑をかけるような生き方はしていないはずだった。というかこんな辺境の町にフレイア国の軍隊がくるなど、1年に1度あるかないかの事だった。
たじろぐ彼の顔を、初老の男性はすっと一瞥すると、彼の前に進み出て何枚かの束になった書類をゴソゴソと差し出しながら、言った。
「ショウ・トワイスさん…。本日は、あなたが王国軍所属特務部隊に任命されたことをお伝えにあがりました。この書類には業務内容が書かれてございますので、しっかりと目を通しておいてください」
あっけにとられている彼を尻目に、初老の男性は兵士を引き連れてさっさといってしまった。
王国軍所属特務部隊…通称《勇者》に任命されてしまったことこそ、彼の人生史上最大の不運をいえるだろう。
彼は書類を手にしたまま空を見上げて息をついた。三日月が、すごく下卑た顔で自分をあざ笑っているように見えた。
そのまま立ち尽くしていると、玄関から妹が出てきて、彼を見つけては驚いた顔で声を上げた。
「お兄ちゃん!!!いったいどうしたのよ呆然としちゃって…!」
彼はゆっくり首だけぎこちなく回して妹を見ると、
「リン…。兄さん、《勇者》になってしまったみたいだよ…」
妹は両手で口を押さえて目を見開く。後ずさりしたのち、すぐに家に舞い戻って、両親に大声でそのことを知らせた。
「やったー!!!お父さん!!お母さん!!!お兄ちゃんが《勇者》に選ばれたんだって!!!」
「なにっ!!?ショウが《勇者》に!!?よぉしパパ、今日は特上の出前とっちゃうぞー!!」
「ううぅ…。本当に運が悪い子だとは思ってたけど、やっとショウちゃんに幸運が舞い込んで来てくれたのね…」
父と妹ははしゃぎ、母は嬉し泣きをしている。
だが、彼にとっては、《勇者》になることなど不運以外の何者でもないのだ。
ほそぼそと人生を謳歌し、運に頼らず実力で道を切り開いていく。それが彼の信条であり、生き方だった。しかし、幸運の女神さまはとことん彼を毛嫌いしているらしい。
彼が望み、満足していた平穏な生活はあっけなく終焉を迎えたのだった。