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最初

「俺には何も期待しないでくれ。話は以上だ」

 数年間にわたる調整と訓練の末、配属された部隊の顔合わせ。私の目の前に立つ、この部隊の隊長であるはずの、整った、しかし苦虫を噛みしめたような顔をした男は、唐突にそんなふぬけたことを抜かした。

 『組織』の本部、その地下にある小広間。普段は作戦行動前のブリーフィング、訓練の際には座学にも使用されるそこからは、机や椅子の類が綺麗に撤去されていた。しかし、そのせいで室内が広くなるかと言えばそうでもなく、代わりに詰め込まれ、そんな中でも整列した第十一分隊の隊員たちによって、むしろ窮屈と言えるほどに息苦しく感じられるまでの密集地帯となっている。

 私、製造番号L0051はそんな密集地帯の最前列で、その発言に呆気にとられ、目の前に立つ苦々しげな顔をした男を眺めていた。

 本当にそれだけ言い残して部屋から立ち去る男に、私と同じく最前列に並び、取り残された新隊員たちは横一列のままそれぞれに顔を見合わせる。

「……どういうこと?」

「……さあ」

 一応は顔合わせであり、公的なものであるからあからさまな私語は出来ない。極限まで押し殺した声で、視線は前に向けたまま同じ境遇にある隣人に声をかけたが、やはり向こうも困惑したような声を返すのみだった。

 ここに集合させられて、部隊長補佐官だという上官に顔合わせをやることを伝えられたのがついさっき。始めの挨拶として補佐官から押されるようにして男が前に出てきたので、てっきり訓示か何かを垂れるものだとばかり思っていたのだが。

 そんな風にざわめく新入り達を横目に、先ほどまで男の横に立っていた隊長補佐官の女は、その冷めた美貌に呆れの色を濃く滲ませて私たちに告げた。

「えー、というわけで部隊長からのお話は以上です。次は私たちの部隊が主に任務として行うことを……」

 そのまま何事もなかったかのように話を続けようとするので、皆ひとまず口を噤む。だが、それで胸の内の疑問が消えるはずもない。

 男の真意が理解できない。新隊員を試す訓練か、もしくは試験のようなものなのかとも思ったが、そんな色もなく、淡々と話は進んでいく。

 よくよく観察してみれば、後ろに控える部隊の先輩方も補佐官と同じく動揺の色もなく、少しばかり疲れたような影を浮かべて起立しているだけであった。

「……そこっ! よそ見をするな!」

 鋭く刺さるような補佐官の咎める声。弛んでいた空気が一気に引き締まる。後ろを盗み見ていたことがばれたようで、私はびくりと体を震わせると反射的に直立して向き直り謝罪した。

「申し訳ありません!」

 補佐官は数秒間じっと私を睨みつける。入隊早々上官からの心証を悪くしたくはないし、そもそも後ろを向いていた自分が悪いのだから、微動だにせずにまっすぐその視線を受け留める。補佐官はしばらくそのままだったが、やがて仕方ないとでも言いたげな様子で浅くため息を吐いた。

「……次はありませんよ?」

「はっ!」

「では、次は隊内の規則についてです……」

 そして、うんざりとしていることを取り繕おうとしたような、奇妙なしかめっ面で話を再開する。

 一回注意を食らっている以上、もう不真面目なところを晒すことはできない。私は全力で話に耳を傾けつつ、意識はどうしてもあの男にことを考えてしまっていた。

 別に、私だって任務にそこまでの熱意があるわけではない。

 所詮は『組織』に作られた身の上。喜んで任務に就いているような者もいれば、逆らうことができないから嫌々従っている者もいる。

 それぞれに事情があることは知っていた。あの男を見かけたことすら初めてだし、私があの男について知っている情報なんて、あの男が『組織』のNo11であることと私の所属する部隊の隊長、つまりは上官であることくらい。

 私にはわからないだけで、部隊の先輩方の反応を見ればそうではないだろうと思うのだが、何か深い思惑や事情があるのかもしれない。

 けれど、私たちは世界を危機から救うために在るのだから。

 世界なんてほんの欠片しか見たことはないけれど、あの態度はあまりに不誠実ではないのか。

 個々人にそれぞれ事情があることは重々承知しているが、何よりも、男はこの基地でも有数の実力者であるのだから、それは尚更だろう。

 少なくとも、ああいう態度が、私は嫌いだ。

 そう考えると、なぜだか無性に苛々してきたので、私は一瞬目を閉じて息をつき、すぐに目を見開いて気持ちを切り替える。

 あの男について何かを考えても意味がない。あの男が一体どういう人間なのか、なんて、その結果がどうであろうと私には行動の起こしようがないのだから、何の関係もないのだ。

 それに、何か複雑な事情があるのかもしれないではないか。

 ……まあ、それで私のあの男に対する評価が変わるとは思えないけど。

 私は男が消えた出入り口に冷たい目を一度注いでから、すぐに補佐官に向き直る。


 これが、私と、No11の男との出会いだった。

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