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かねのねクラッシュ  作者: 佐倉アヤキ
共通編-シェイルディア
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act.25 語られない御伽噺

シェイルディア王城の堅牢な造りは城内にも及んでいて、ネル達は入り組んだ道筋をたどってようやく大広間にたどり着けた。石造りの柱が立ち並ぶ廊下を抜けたその先に、大きな両開きの扉がそびえたち、両脇に見張りの兵がいる。メルセナとはあまり馴染みのない騎士だった。

「えっと、王様に呼ばれて来たんですけど…」

おずおずと申し出ると、見張りはじろりと三人をねめ回した。なんだか値踏みするような嫌な視線だ。あとでこの不躾な視線はギルビスに報告しておこう、メルセナは固く誓った。


見張りが扉を開いた先には、広々とした空間に、やはり石造りの柱が等間隔に並んでいた。扉から玉座に向けて黒いじゅうたんが伸びている。上を見上げると、高い天井の周囲にぐるりと通路があった。おそらく有事の際にはあそこから狙撃することが明白な造りだった。

広間の奥には三脚の玉座が並べられており、当然、真ん中のひときわ大きく豪奢な椅子に座っているのが、シェイル王殿下・リズセムだった。彼はにやにやしながら片膝を上げて座っており、やってくる三人をのんびり観察している。


その左にいるのが銀髪に瑠璃色の瞳の、黒い神官服に身を包んだうつくしい少女だった。彼女と面識のあるルナセオは、すぐにそれがシェイルの妃殿下だと分かった。そして、王とその妃が少年少女にも見える若さなのに対して、残る玉座に座っていたのはふたりより年上に見える青年だった。王と同じ栗色の髪に黒い瞳の青年を見て、思わずメルセナが声を上げた。

「ラディ!無事だったのね!」

ラディと呼ばれたおかっぱの青年は薄ら微笑んだだけだったが、過敏に反応したのはその脇に立っていた細身の老人だった。

「娘!無礼な、ここをどこと心得るか!王殿下に頭を垂れるでもなく、あまつさえ王子殿下を呼び捨てなどと…!」

「うるさいよ、シバ。別に構わない」

「し、しかし王殿下!」

「シバ殿。私は気にしませんし、何より彼らは世界を統べ、世界を救う誉れ高き赤の巫子です。彼らが私たちに傅く必要はありませんよ」

ラディは温厚にそう言うと、メルセナに向けて笑いかけた。

「宰相が失礼いたしました。お久しぶりです、メルセナ。ご無事で何よりです。ラトメでは大変な時に別れてしまいましたから」

それから、ネルとルナセオのほうを向いて優雅に一礼する。

「そして初めまして。ラディと申します。この度は巫子殿にお会いできて光栄です」

「ね、ネルです」

「ルナセオです…」

浮世離れした雰囲気のラディにネルとルナセオが気おされながらもお辞儀を返すと、見かねたメルセナが解説した。

「ラディとはこのシェイルを出てからしばらく一緒に旅してたの。ラトメの暴動の時に別れたんだけど、それっきりになっちゃって」

「あ、あの暴動に、あなたも?」

忘れがたき記憶だ。あの恐ろしい事件に目の前の青年も巻き込まれていたことを知って、ネルは瞠目した。ラディは穏やかに頷いた。

「となると、あなた方もあれを見たのですね」

「嘆かわしいことです。誇り高きラトメの神護隊が、人を襲うなんて」

王を挟んで佇む女性の方が口を挟んだ。彼女はにこりと笑って三人を順番に見た。

「ルナセオ様とは一度お会いいたしましたね。私はナシャと申します。リズが…殿下がお三方を迎えに行くと聞いてから、お会いするのを今か今かとお待ちしておりました」

ラディもナシャも自らの身分を口に出しては言わなかったが明らかなことだった。つまり、目の前に座す三人が、このシェイルディアを治める三人の王族ということだ。


そして最後に、リズセムが頬杖をつきながらひらひら空いた片手を振る。王妃と王子が丁寧で優雅なのに対し、彼一人だけが不遜な態度だった。

「ま、僕は今更名乗るまでもないよね。今回は呼び出しに応じてくれて感謝しよう、赤の巫子。別に僕自ら出向いてもよかったんだけど、ここにいる宰相がこういう格式ばったことが好きでね」

リズセムは先程シバと呼んでいた老人を顎でしゃくった。対する宰相のほうはむっつりとくちびるを引き結んだまま黙すばかりだ。

リズセムは気にした風もなく続けた。

「それに、あの騎士団の連中に進んで聞かせたい話でもなくてね。とにかく、楽にしてくれ。別に楽しい話でもないけどね」

「王様は、どうして私たちを?」


リズセムは脚を組んで背もたれに体重をかけた。今はシルクハットは外していたが、黒いマントはそのままだ。相変わらず一国の王というよりは、吟遊詩人とでも言われた方がしっくりくる外見である。

「そう言うってことは、君たちも十分に察してくれているようだ。ここからの話は政治的なことになる。いや、政治というよりは、今はまだ伝説のような夢物語だが」

「じゃ、やっぱり私たちに何かさせようってこと?」

「話が早くて助かるよ」

リズセムはメルセナにぱちりとウインクした。

「さて、今の君たちの身柄は、あくまで我がシェイルディアで保護している状態だ。この世の至宝たる赤の巫子を預かるのは国として名誉なことだが、残念ながら、僕はそうお優しくない」

リズセムはそして身を乗り出した。

「僕は君たちを守る見返りを求めている。なに、そうお堅い話じゃないよ。君たちの目的の邪魔はしないと約束するし、むしろ君たちが僕の要求を呑んでくれるのなら、喜んで君たちの協力をしてあげよう」

「つまり、どういうこと?」

ルナセオが問うと、リズセムはにんまり笑った。あまりいい予感はしないたくらみ顔だ。


「君たちには、御伽噺をぶっ壊す手伝いをしてほしい」

リズセムは歌うように言う。ピンとこなくて首をかしげている子供たちに、やれやれと首を振りながら、リズセムはまずルナセオに視線を定めた。

「ネルとメルセナには話したが、君はあの場にいなかったね。今年が、聖女クレイリスの退位から200年目だという話をしたんだ」

「聖女?」

今あるこの世界を作った世界創設者のリーダーのことだ。ルナセオは意図がつかめず顔をしかめた。リズセムはひらひら両手を振りながら続けた。

「とはいえ、歴史書には、彼女はファナティライストから姿を消したとあり、その後の消息は不明。あくまで行方不明とされている。…ただ、実際は行方不明じゃない。封印されているんだ、ラトメディアの、今は閉じられた神宿塔にね」

「封印?」

目を丸くする三人に、リズセムはいたずらが成功した子供のように笑った。それから不意に真面目な表情に切り替えて続ける。

「この話をするには、君たちのする赤の巫子の御伽噺を改めて紐解く必要がある。…といっても、これから語るのはもっと血生臭い、現実の歴史だけどね」



むかしむかし、といっても今からたった200年前のことだ。

聖女クレイリスが、世界創設者たちとともに世界を統一し、それまで続けていた血で血を洗う世界大戦が終結して数年が経った頃。穏やかで平和だった日常が、突然終わりを告げた。

それが第九の巫子の出現である。

赤い印は誰かの命を贖って作られたと言われているが、彼の持っていた印のために誰が犠牲となったのか、彼はなぜ赤い印をもって世界を、平穏を壊そうとしたのか、誰も知らないし、おそらく今でもそれを理解できる者はいない。ひょっとすると、本人でさえもよくわかっていないのかもしれない。


とにかく彼は第九の赤い印を宿して、世界を壊そうとした。それが聖女クレイリスの逆鱗に触れたのは間違いない。

彼女は、世界を救うため…対外的にはそう言われているが、要は第九の巫子を滅するため…残りの世界創設者たち9人の命を代償に、九つの赤い印を作ろうとした。正確には、九つ、というのも正しくはない。彼女は世界創設者たちの命から作られた印を、すべて自分で宿そうとした。


世界創設者たちがそれを心から賛同して自ら生贄となったのかは定かではないが、当然のことながら、史実では、世界創設者たちは救世のために喜んで命を差し出したことになっている。

ただ、おそらく聖女にとって誤算だったのは、そのうちの一人が辛くも逃げおおせたことだろう。クレイリスを止めたかったのか、はたまた自分の命恋しさか、とにかく聖女の作った赤い印は不完全だった。


かくして、第九の巫子と聖女の争いは、第九の巫子側に軍配が上がった。彼は聖女を封印し、宿り手を失った赤い印は散り散りになった。その後第九の巫子もまた行方をくらますが、赤い印が持つ第九の巫子と聖女の意志は強く記憶されているのだろう。世界を破滅させたいと願う者にはまず第九の赤い印が宿り、第九の赤の巫子が現れれば、それを滅ぼすためにほかの印が適当な宿主を見つける。



「…こうして、君たちの知る赤の巫子の物語が繰り返されていくわけだ。つまりは赤の巫子は皆が思っている美しい救世主ではなく、第九の巫子を滅ぼすまでは死ぬことも許されない聖女の呪いを受けた哀れな生贄というわけだね、ご愁傷様」

これっぽっちも同情のかけらもない様子でリズセムが締めくくった。ルナセオが噛みしめるように繰り返す。

「第九の巫子を滅ぼすまでは死ねない、呪い…」

「君たちだって、巫子の不老不死が、まさか世界創設者の祝福だと思っていたわけじゃないだろう?」

「そりゃまあ」

言いかけて、ルナセオは頬を指先でぽりぽり掻きながら、気まずそうに苦笑した。

「いや、正直巫子の役目のことばっかり考えて、あまり意識したことは…そっか、そういえば俺たちって不老不死なんだよな」

ネルとメルセナもうなずく。第九の巫子を殺すという状況を前に、自分たちが老いも死も知らぬままの身体になったことはとてもささいな問題のように感じられた。リズセムの話を反芻しながら、不意にネルが首を傾げた。

「あれ?でも、第九の巫子は聖女様に勝ったんですよね?それじゃ、第九の巫子が世界を滅ぼさなかったのはなんで?」

「それもそうよね、第九の巫子は邪魔者がいなくなったわけだし」

すると、今まで黙って聞いていたナシャが、柔らかく微笑んだまま口を開いた。

「神子様方は、“世界の崩壊”とはなんだと思いますか?」

質問の意図が分からずに三人とも口をつぐんでいると、王妃殿下はそっと目を伏せながら答えを言った。

「例えば、この世に生きるすべての生命が途絶えるだとか、天変地異が起こるだとか。もちろんそれも滅びと言えるでしょう。でも、人によってイメージするものは異なるはず。例えば以前の第九の巫子は、その力を使って愛しい者を蘇らせようとしたとか」

実際は彼が力を使うまでもなく生き返っていたようだが、誰もそれを口にはしなかった。ナシャは玉座の脇の小机に置かれたグラスを手に取って、中に入った透明な水をいゆらゆら揺らしながら続けた。

「おそらく、第九の巫子の持つ“破滅”の力というのは、この世の理を捻じ曲げるような、そうした漠然としたものなのでしょう。ともすると、かつてこの世界は第九の巫子によって滅ぼされているのです。そして、私たちはそれを知覚できていない」

「今私たちが生きているこの世界が、一度滅んだあとの世界ってこと?」


にわかには信じがたい話だった。巫子になってからはその限りではないが、ネルもルナセオもメルセナも、それなりに不自由なく生きてきた幸せな子供に違いなかったし、滅びの片鱗などどこにも感じられない。もちろん、ルナセオが受けてきた歴史の授業でだって、誰もこの世界が一度滅んだなんて話はしていない。


次に言葉を継いだのはラディだった。

「あくまで推論にすぎません。おそらくかつての第九の巫子は、聖女を封印した。その後で世界を今の形に作り替えたと考えるのが妥当でしょう。すなわち、急き合おうが君臨し、五大都市ディアランドを自治区として治めるこの世の仕組みに。でなければおかしい。そもそも聖女と世界創設者が生み出した国のありかたは、唯一の王によって治められるものではなく、議会によって人々が国の在り方を決めていくものだったはずだ」

「事実、今も世界大会議で使う議場の机って円卓なんだよね。神都と五大都市の同盟関係を示すものだとか寒いことを言われているけど、奇妙だろう?」

つまり、本来そうあるべきだった歴史と、今の世界の姿に食い違いがあるということだ。壮大な話に子供たちはついていけなかったが、何となく背筋がぞっとするような空恐ろしさを感じていた。


「それで、俺たちはいったいなにをすればいいの?まさか、その歴史を正せってわけ?」

そんなことを言われても無理な話だと思っていたから、あきれた調子でルナセオは尋ねた。無礼極まりない態度に再びシバが貧乏ゆすりをはじめたが、リズセムはクツクツ笑うだけだ。

「まさか。僕はこの世界の在り方に文句はない。ただ、今回の巫子は聖女の退位から200年目だからね。絶対に何か起こると踏んでいる」

「それ、何度も言ってるけど」

メルセナが胡乱げな目で玉座のリズセムを見やりながら言った。

「200年だからなんだっていうの?たまたまキリのいい年に巫子が現れたってだけの話じゃなくて?」

「まあ、そう結論を急ぐなよ」


リズセムはチ、チ、チと気障ったらしく人差し指を振った。メルセナの機嫌が著しく下がったのを両隣のネルとルナセオは感じ取って、同時にメルセナの肩をつかんだ。

「実はね、100年前にも巫子ってのは現れてるんだよね。というか、聖女の退位から初めてこの世に巫子が現れたのが、今からちょうど100年前なんだ」

「100年?」

「そんな最近の話なの?」

「そうさ。ちなみにその時、今の世界王シェーロラスディ陛下と、“神の子”フェルマータがそれぞれ“赤い印”を宿して、ファナティライストとラトメは相争うようになった」

突然話が飛んだものだから、三人は話の筋が見えなくなった。疑問符を浮かべるネル達にラディが説明する。

「ファナティライストとラトメが敵対関係にあるのはご存知ですよね?」

「えっと、まあ…で、ラトメでは巫子を保護してて、ファナティライストは第九の巫子を欲してるんだっけ?」

「そう言われていますが、ではなぜ、ファナティライストが第九の巫子を守ろうとするのか、“巫子狩り”などという特別部隊を組織してまで、巫子の集結を阻もうとするのか、考えたことはありますか?」

「トレイズは、世界を救われると困るやつもいるって言ってたな」

ルナセオは記憶をたどりながら言った。それにネルが首をかしげる。

「でも、さっきの王様の話だと、巫子は第九の巫子を滅ぼすためにいる存在で…あれ?第九の巫子は世界を滅ぼしちゃうんだから、やっぱり世界を救うのかな?」

「そこで話は最初に戻るわけだ」

リズセムがくるりと手を回した。

「世界を滅ぼすだとか救うだとかいう七面倒くさい話はこの際置いておくとしよう。シンプルに考えると、巫子の物語というのは、聖女と第九の巫子の争いだ。世界王と“神の子”が見ているのが、巫子が集まった『その後』なのだとすれば、彼らの狙いが見えてくるだろう?」

「もしかして、王様はこう考えてる?」

メルセナが予測を立てた。

「巫子が全員集まれば、封印されていた聖女が蘇る。ラトメは聖女を復活させようとしていて、ファナティライストはそれを止めようとしている、ってこと?」

「ご明察」


ネルは一人、じっと考え込んで、皆の話を咀嚼していた。以前聞いた時にはまったく理解できなかった話が、今なら理解できるような気がした。


初めてラトメにやって来て、蹄連合のレフィルとエルミの話を聞いた。彼らは“神の子”に保護されている友達を救う手助けがほしいと言っていたのだ。

(レフィルとエルミさんの友達が聖女なんだとしたら、あの人たちの願いは、聖女を復活させること?)

何となく、だが、どうにも体の内側が凍るような嫌な感覚があった。

赤い花畑、そこにたたずむ一人の少女。白昼夢のようなその場所で、ネルは赤い印を手に入れたのだ。

(まさか、あの女の子が、聖女様?)


ネルは無意識に赤く染まった髪の毛に触れていた。

だとすれば、どうしても、あの少女が「世界を救う者」だとは思えなかった。だってあれは到底理解しがたいような、なんだか怖い存在に思えたのだ。

ふとネルが視線を上げると、リズセムの眼差しとかち合った。何を考えているのか分からない王様は、ネルの思考などお見通しとばかりににやりと微笑むので、ネルはぞっとした。


「それで、王様はどうしてほしいの?」

ネルはメルセナの言葉にはったお我に返った。彼女は不機嫌そうにつま先をこつこつやりながら腕組をした。

「巫子を集めて聖女を助けるの?それともファナティライストみたいに聖女の復活を止めるの?」

「どちらも正解で、どちらも誤りかな」

リズセムは頬杖をついて、ニヤニヤと底知れぬ笑みを浮かべた。

「正直、僕はそんな古い連中を中心に回る世界なんてのは前時代的だと思ってる。そこで第三の選択だ。

聖女も、巫子も、これからの世には不要だと思わないか?『この世から聖女と巫子をなくすこと』。これが僕の望みだ。僕の壮大な夢物語に協力してくれる気があるのなら、クレッセを救いたいという君たちの願い力を貸してあげよう」


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