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かねのねクラッシュ  作者: 佐倉アヤキ
ネル編-1
4/46

act.1 少年と少女

今作は三人の主人公の視点で物語が進んでいきます。全部読むのが面倒という方は、一人の主人公と共通編だけ読んでもストーリーは追えるようになっております。

そして早速残酷描写ありです。苦手な方はご注意ください。

 穏やかな風が頬の脇を駆け抜けていく。生ぬるい感覚だ。栗色の髪がふんわりと舞った。


 待ち人はまだ来ない。

 別に待ち合わせをしているわけではないのだから、彼がいつ来るのかは分からなかった。だが、その少女は何をするでもなく、のんびりと鼻歌交じりに森の無造作な切り株に腰掛けて、時間を潰していた。


 そこへ一人の少年が現れる。小麦色の髪と瞳の少年は、流れてくる柔らかな旋律を頼りに、少女のもとへとゆっくり歩いてきた。小脇に抱えた分厚い本。その背表紙でやさしく少女の頭をこつんと小突いて、彼はむっつりと言い放った。

「へたくそネル、探した」

「デクレ!」

少女・ネルの目が嬉しそうに輝いた。



 デクレはこのインテレディアの名も泣き村に住む少年で、ネルは彼の幼馴染だった。互いに物心ついた頃から片親で、そのせいか通ずるものがあったのかもしれない。他にも同世代の子供はいるが、いつもネルとデクレは一緒だった。

 そして、もう一人。

「おーいデクレ!ネルは見つかったかい?…あ」

「クレッセ!」

デクレの双子の兄であるクレッセが、木々の枝葉を掻き分けてやってきた。デクレとクレッセは見分けがつかないほどそっくりな顔立ちをしているが、村の皆はすぐに二人の区別がついていた。それもそのはず、二人は目の濃さが違った。クレッセの目は、小麦色ではなく琥珀なのだ。


 クレッセは腰に手を当てて盛大に溜息をついた。

「ソラおばさんが怒ってたよ?"またネルが仕事をさぼったー"って」

「だって店番ってキライ!お姉ちゃんがレクセの学校に行っちゃったから退屈なんだもん」

「ネルっておねえちゃん好きだよね」

デクレも呆れた様子でネルを見る。

 ネルの家は宿屋を経営していた。母のソラはなかなか厳しい人で、そして忙しいものだから、よくネルに店番を頼んだ。

 一年ほど前までは姉のエクレアがいたから、二人で楽しく騒いではソラに怒られていたものだが、当の姉がレクセにある寮に入って学校に通うようになってからは、すっかり店番というものが退屈になってしまった。


 クレッセがネルをなだめた。

「でも、おばさん一人じゃ大変だよ。ネル、僕たちも手伝うから、一緒に帰ろう?」

「えええ、僕も?」

「いいじゃない、デクレ。どうせ僕らだって、家にいたって父さんは仕事だし」


 デクレとクレッセの父は占いを生業にしていた。よく当たると評判で、彼の占いを求めて遠くからやってくる客もたくさんいる。以前は、ここから随分北にある、シェイルディアから来た、っていうお客さんがいたっけ。ネルの家の宿屋がこうして切り盛りできているのも、その占い屋のおかげなのだ。

 ネルは仕方なしに言った。

「…じゃあ、帰る」

「はやく行こう。いっぱい頑張ったら、お昼に好きなものを作ってもらえるかもしれないよ」

「!じゃあネル、ハンバーグたべたい!」

「馬鹿、昼にハンバーグ作る暇がソラさんにあるわけないだろ」


 楽しげな笑い声。並ぶ木々から、葉が一枚ぽろりと落ちる。

 この瞬間、確かにこの幼い少女は幸せだった。



 宿屋に戻ると、カウンタ越しに一人の女性がソラと話していた。

 二人の表情はどこか深刻で、ネル達が帰ってきたことにも気づかずに、低い声で話している。

「…もうここも限界だわ。貴宿塔から派遣兵が来てるっていうし」

「でも、インテレディアにもひとつ支部がないと、連絡が行き届かないわ。ここは旅人が集まるし、ユールに占いはいい客引きになってる。突然なくなったら不自然よ」

「ユールの占いはラトメの上層階級の手法だもの。ラトメが感づくわ。…とにかく、あなたたちは逃げたほうがいい。私のところでも、ラトメの本部でも、シェイルの」

「お母さん?」

 ネルが声を上げると、二人の女性がぎくりと肩を震わせた。カウンタにいるのはネルの母、ソラだ。ネルと同じ栗色の髪に若葉色の瞳をしている。そして彼女はエルフだった。…ネルの耳は人間のものだから、聞いたことがなくても、ネルはソラを見ていれば、自分の父親はきっと人間なのだろうと推測することができた。

 もう一人の女性にも見覚えがあった。小麦色の髪を背中に垂らした女性だ。デクレとクレッセの伯母・マユキである。

「マユキ伯母さん、なんでここに?」

「久しぶりね、あなたたち。ちょっと用事があって、ここには寄っただけなんだけど」


 その様子は、どことなく焦っているようにも見て取れた。ソラは取り繕うようにカウンタに置いていた包みをマユキに押し付けた。

「さあ、今月の分よ。みんなにもよろしく言っておいて頂戴ね」

「ええ。…近いうちにまた来るわ。その時までにユールと考えをまとめておいて」

マユキはそそくさと宿を出て行った。その背にどこか不審なものを感じる。

 デクレが問うた。

「ソラおばさん、マユキ伯母さんはなんの用だったの?」

「いつもとおなじよ。インテレディアで取れる野菜をおすそ分けしたの」

「でも、父さんがどうとか…」

「ねえお母さん、逃げるってなあに?」


 ぱん!

 急にソラが両手を大きく叩いたものだから、子どもたちはびっくりして矢継ぎ早に浴びせかけた質問を止めた。

「そんなことはあなたたちは知らなくてもいいの!さあ、ネルも戻ってきたし、私は買い物に行ってくるわ。留守番をお願いね」



 「やっぱりおかしいよ」

誰もいない宿の受付。デクレが読んでいた本をばたりと閉じて声を上げた。花瓶の水を替えていたクレッセが目を丸くした。

「なにが?」

「さっきの伯母さんたちの話!支部とか言ってたし、もしかして、父さんも一緒に、大人たちは何かやってるのかも…」

「そういえば、お母さん最近いっつも忙しそう。お店はそんなに大変じゃない時でも、よく出かけたりしてるし…」

デクレとネルが勝手な憶測を並べ立てるのを脇で聞きながら、クレッセが立ち上がった。

「わかった。じゃあ、僕が父さんから聞いてくるよ。ネルとデクレはここにいて」

「えぇっ!」

「私も行きたい!」

「ネルは留守番があるし、一人じゃ退屈なんだろ。大丈夫、僕がちゃんと父さんから聞き出してくるよ」


 そう言って飛び出していくクレッセ。ネルとデクレは困ったように顔を見合わせた。確かにそういうことに器用なクレッセのことだ。彼の父・ユールは優しい人だし、きっと教えてくれる。だが…

「うん、わかった」

「いってらっしゃい」

そうして笑顔で送り出しても、なにかが引っかかっていた。心の奥で、小枝が引っかかっていた。



 デクレと二人きりの昼食のあとから、ぱらぱらと小雨が降りだした。クレッセは戻ってこない。最初は小枝につつかれるようだったその痛みは、いつしか鉛のように、ネル達の心の中に重くのしかかっていた。

「…やっぱりおかしい」

クレッセが出てきて一刻半ほどが経って、音を上げたのはネルのほうだった。デクレも、まったく文字を追っていない本を閉じて顔を上げた。


 雨はやむどころか、雨脚を強めて、いよいよ本格的に降り出そうと、どんよりと厚い雲を広げていた。

「ねえ、やっぱり行ってみようよ。いくら長いお話してるっていったって、遅すぎるよ」

「…この店はどうするの」

「ちょっとだけ!窓からのぞきにいって、まだお話してたら、戻ってこよう?そうじゃなかったら、クレッセを引っ張ってこようよ。すぐ近くなんだから、大丈夫」


 雨よけのマントを羽織りながら言うと、デクレも折れた。読みかけの本を置き去りに、二人は宿屋を出てクレッセの元を目指した。


 クレッセたちの家は、ネルの家から数軒先にある。青い屋根の小さな家屋。そこには、雨だというのに大勢の人が押しかけていた。おそらくユールの客だろう。

 しかし、行列があるということは、ユールの店は営業中ということだ。優しいユールのことだから、クレッセが話しかければ、きっと彼はすぐに店をたたむだろう。クレッセたちの話は終わったのだろうか?

 ネルは駆け出したが、しかし、突然その腕をデクレが掴んだ。

「な、なに?」

「ネル、様子がおかしいよ」


 デクレの言うとおりだった。

 客だと思っていた男達は、皆同じ衣服に身を包んでいたのだ。麻のコート、白い詰襟に、黒いズボン…デクレが息を詰めた。

「あいつら、武器を持ってる…」

「え?」

 男達は皆腰に長剣を携えており、いつでも抜刀できるように柄に手をかけていた。…明らかに、普通の客人ではない。ネルはさあと自身の身体が冷たくなっていくのを感じた。


 その時、人だかりの中央から、ゆったりとした声。

「お引取り願いたい。残念ながら、私はあなた方と行くつもりはない」

デクレたちの父、ユールの声。物陰に飛び込むと、人びとの隙間から、円の中央の様子がよく見えた。


 クレッセはユールの陰で縮こまっていた。ユールは、今まで見たこともないような厳しい表情で、男達を見据えていた。彼らと向き合っているのは、どうやら集団のリーダー格らしい、金髪にみかん色の瞳の、三十代半ばほどの男。そしてその隣に、長い銀髪に瑠璃色の瞳の女性が、冷たい目でユール達を見ていた。


 男が言った。

「貴宿塔長、エッフェルリス公からのお申し出です。現在、一介の村人であるあなたに拒否権はない」

「どうしてもというのであれば…腕ずくでも連れてくるよう、とのお達しです」

女性が、腰の長剣をすらり、抜いた。クレッセが震え上がった。彼を腕で庇いながら、ユールは警戒して言った。

「…武力行使、か。ラトメも堕ちたものだ」

「ご安心を、ユール様。死ぬことはございません」


 そして、女性は、迷うことなくユールの右肩から左腰にかけてを、斬った。


 声を上げる間もなかった。

「父さん!!!!!!!!」

クレッセの絶叫。男は冷静に部下を横目で見た。

「連れて行け」

「はっ!」

「父さん!!父さん!!!いやっ、いやだあああっ!!!」


 血が、零れ落ちて。水溜りに赤色が、混じって。ネルとデクレは、声もなく立ち尽くすことしかできなくて。


 そうしている間に、ユールは男に連れ去られて、クレッセにも手が伸びた。

「クレッセ!!」

「デクレ!」

デクレが、ネルの制止も聞かずに飛び出していた。

「なんだ?」

「この子供とそっくりだ…双子か?」

男達が顔を見合わせて、デクレにも手を伸ばそうとする。しかし、

「捨て置きなさい。跡継ぎは二人も必要ありません」

「ですが、エルミさん!」

「まだ子供です。片方いれば十分でしょう」

エルミ、と呼ばれた女性は、そして金髪の男を見た。

「レイン、号令を」

「ああ。撤退するぞ!」

「やだ…やだっ、離せ、離せよ!!デクレ!」

「クレッセ!!」

「駄目よ!」


 そのとき、デクレを後ろから誰かがきつく抱きしめた。ソラだ!

「お母さん!」

「ネル、あなたもよ、危ないわ!」

「やだ、やだ離してよおばさん!!クレッセ!クレッセ!」

「デクレ、ネル、助けて!!やだ!!」

ソラはデクレとネルを押さえつけて動かない。一団の影はみるみるうちに小さくなっていく。斬られたユールと、クレッセを連れ去って。

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