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かねのねクラッシュ  作者: 佐倉アヤキ
メルセナ編-1
30/46

act.9 門前での聞き耳

 「レナに息子!?」

メルセナは面食らった。妙に年齢の読めない顔立ちだとは思っていたが、さすがに子持ちには見えなかった。驚くメルセナに対して、マユキは渋面を崩さない。

「ただ、あなたの言うレナ・シエルテミナと同一人物かどうかは分からないわ」

「どういうことですか?」

エルディの疑問に対して、マユキは言いあぐねているようだった。

「なんなの?」

「…私は人づてに聞いただけだから、あまり細かなことは知らないの。ただ分かるのは、今、私の知るレナ・シエルテミナは、本物のレナではないってことだけ」

彼女は難しい顔をしていた。

「さっき、第九の巫子の話をしたでしょう?以前の第九の巫子は、死んだ幼馴染を生き返らせることが目的だった。レナ・シエルテミナっていう、女の子を」

「えっ?」

「でもね、その目論見はうまくいかなかった。結局あの人は、レナを生き返らせる必要がなくなったのよ。レナの双子の姉が…彼女がレナの振りをして、身代わりになったから」

「なにそれ?」


 なんだか想像ができない。そんなエンディング、聞いたこともない。先ほどのマユキの微妙な表情の理由に合点がいった。大団円などでは、きっとなかったのだ。

 エルディが口を挟んだ。

「では、私とセーナが会ったのは、レナ・シエルテミナの双子の姉のほうで、本物のレナは既に死んでいるということですか?」

「そうとしか考えられないわ。だけど、ルナ…その双子の姉がファナティライスト高等祭司になるなんて、どうも釈然としないし、何より、私なんかより彼女たちについて詳しいラファが、レナの名前を聞いたくらいで動揺する理由がわからない」

「レナ・シエルテミナが、実は生きていたとお考えなのですか?」

エルミが静かに尋ねた。「身代わりではなく、本物のレナ・シエルテミナが?」

「…だとしたら、皮肉なものよね」

マユキは何かをあざ笑うかのごとく、くっと息を詰まらせた。

「チルタが…あの時の第九の巫子が、印を継承して、私達が巻き込まれたことが、実は無駄なことだったとしたら。あの旅には一体なんの意味があったっていうのかしら。たくさんの人が第九の巫子のせいで傷ついたのよ。それが本当は必要のない話だったとしたら?そんなむなしいことってあるのかしら」


 メルセナは鈍器で頭を殴られた気分だった。

 本の世界では、勇者が正義感に溢れる英雄なのは絶対なのだ。どんな困難も乗り越えて、確実に目的を達成するのだ。赤の巫子だって同じだと思っていた。第九の巫子は絶対悪で、「それ」を倒せば全てがうまくいくのだと。

 それがどうだ。先人たるマユキを見てメルセナは思った。彼女たちは、ちっとも勇者らしくない。正義とかこの世のためとか、そういうことなんて考えちゃいない。それどころか、巫子になってから二十五年も経った今でさえ、迷いに満ち満ちている。

 きっと巫子だって人間なのだ。ただの人間だ。…おそらく、第九の巫子も。メルセナがやらなければいけないのは、ただの人殺しなのだ。


 メルセナは自分の考えにぞっとして、急に足場が消えたような気がした。巫子になることなんてきちんと考えたことなどなかった。そりゃそうだ。こんなもの、"赤い印"なんて、御伽噺だけの存在だと思っていたのだから、そんな苦しいこと、想像だにできなかった。


 メルセナの顔色が変わったのを見て取って、マユキが取り繕うように言った。

「ごめんなさい。戸惑わせるようなことを言って」

「いえ」

メルセナは顔を上げた。「私も会いたいです、そのレナの息子って人に。ラファが言ってたの。その、トレイズ…さん?が、巫子を一人つれてるって」

「え?」マユキがさっと表情を強張らせた。

「ああ、そういえば。ラファ様が愚痴をこぼしていた」

「セオ君が、巫子、ですって?」

マユキには初耳だったようだ。きっとエルミを睨みつけた。しかし、銀髪の女性はわずか瑠璃の瞳を細めただけだった。

「言っておきますが、私は何も知りませんよ。シエルテミナの末裔にも、私は面識がありませんし」

「シエルテミナ、シエルテミナっていうけど、なにか特別な血筋かなにかなの?家名があるってことは貴族よね」

「ええ。シエルテミナは古代から続く旧家のひとつです。シェイルディアの"枯れ森"に本家があると言われています。ファナティライストの神官を数多く輩出している名門一族ですね」

「ファナティライストって、そんな一族の人が巫子になるの?」

「赤い印とは、誰でも継承できるものではないんですよ。それこそシエルテミナ家のように、ある特定の血筋でなければ継承できない印もありますから」

そしてエルミは、ちらりとエルディと視線を交わした。メルセナはその意味ありげな様子が気になって尋ねようとしたが、その前にマユキが口を開いた。

「"神の子"や"世界王"も印を代々受け継いでるって話ね」

「少なからず赤い印は、宿す人間を選ぶ。第九の巫子と直接、または間接的に関わりがある場合が多い」

エルディの解釈を理解するのにやや時間がかかった。

「…じゃあ、私が、第九の巫子の知り合いである可能性があるってこと?」


 ぞわりと背筋が粟立った。自分の知人など高が知れているが、シェイルのお嬢さんたちや、シェイル騎士団のみんな、ギルビスなどが第九の巫子だったらどうしよう?しかし、非情にもマユキは首を縦に振った。

「そういう覚悟も必要ってことよ。ただ、私は第九の巫子とは巫子になってから出会ったけどね。お互い、さして仲良くもなかったし」

マユキは肩をすくめてみせたが、なんの慰めにもならなかった。

「第九の巫子のことは深く考えてはいけない」

エルディはきっぱりと言い放った。

「セーナに、第九の巫子を打ち倒す気があるのなら。…さあ、ついた」


 エルディが足を止めた。見上げると、先ほどの塔と同じデザインの、しかし少しくたびれた塔がそびえ立っていた。どうやらここが「神宿塔」らしい。

「門の鍵が開いていますね」

階段の下から入り口の扉を見上げてエルミが言った。どうやら彼女は随分と目がいいらしい。メルセナもじっと目を凝らすと、確かに、扉についた大仰な南京錠が外れている。

「鍵が外れたままということは、レインがまだ中にいるようですね」

「行きましょう」

「レインって人、父さんの昔の同僚で、今の神護隊長だっけ。どうしてそんな人が巫子と一緒にいるの?」

「さあな。だが、それは、セーナ。なぜ私とセーナが一緒にいるのかを聞くようなものだ」

エルディはにべもなく言った。

「めぐり合わせとはそういうものだ。なんにせよレインはトレイズさんの信奉者だから、ああ、トレイズさんは前の神護隊長なんだが…とにかく、彼の連れている巫子をないがしろにはしないだろう」

「よく分からないけど、神護隊も、一枚岩じゃないってことね」

父の話しぶりから、そのレインさんとやらはむやみにラトメの住人を殺して回るような人間ではないようだ。

 誰が敵で誰が味方なのか、誰を信じればいいのか。なんだか混乱してきた。階段の頂上にたどり着き、エルミが扉に手をかけると、中から話し声が漏れ聞こえてきた。

「でも、クレッセは悪い子じゃない、でしょ?」

女の子の声だった。メルセナはエルミの脇から、わずかに開かれた扉の中を覗き込んだが、奥のほうにランプの明かりをぽつりとついていることしか分からなかった。少女の声が続く。

「クレッセは優しいよ。いつだって私達のこと考えてくれる。第九の巫子は世界を破滅に導くんでしょ?でも、最初に私達の世界を壊したのはそっちだもの。ラトメに無理矢理連れて行って、お父さん傷つけられて…私も、デクレも、クレッセも、みんなみんな、バラバラになっちゃった。なんだかよくわからない馬鹿みたいな争いのせいで!」


 声はそこで途切れた。エルミが扉を閉めたからだ。思わず彼女を見上げると、彼女は、父と同じ瑠璃色の瞳で、じっとここではないどこか遠くを見つめているようだった。その目があまりに虚ろで、無機質で、なんだかこの女性が恐ろしくなって、メルセナは戸惑いがちに声をかけた。

「あの…?」

エルミははっとした様子で笑みを浮かべた。少し下段にいるマユキとエルディを振り返る。

「なにか、取り込み中のようです」

「そりゃ取り込み中だろう。でなければさっさとラトメから逃げ出しているはずだ」

エルディが溜息をついた。

「女の子がいたわ。第九の巫子がどうとか言ってた」

「第九の巫子?」

なにか思い当たる節があるようだった。メルセナは探りを入れた。

「あの子、第九の巫子の知り合いかな?」

「…入っても大丈夫かしら」

マユキが階段を上ってきた。エルミは首をかしげた。

「どうせまだ長く続きそうなお話ですし。私達がお邪魔しても構わないでしょう」

いいのかしら?メルセナが声を上げる間もなく、エルミは今度こそ大きく扉を開いた。

 月明かりが神宿塔の中に差し込んだ。床を通る赤い絨毯のむこうで、何人かの男女が警戒するようにこちらを振り返った。

「そのお話、私達も混ぜていただいても構いませんか?」

エルミが一歩中へと踏み出したところで、彼らの空気が緩んだようだった。

 エルミの横をマユキが飛び込んで、一人の少年に目を留める。黄土色の髪の少年だ。16、7歳くらいの年頃だろう。

「セオ君!…まあ、ネルも一緒だったのね」

少年の隣に腰を下ろしていた、若草色の瞳の少女がぴくりと跳ねた。面子を見るに、先ほど叫んでいたのはこの少女らしい。

「マユキ様、無事を祝うにはまだ早いようですよ」

そうしてエルミは振り返って、メルセナとエルディを見た。中へ入れということらしい。父に背中を押されてメルセナは神宿塔の中へと足を踏み入れた。


 そこは礼拝堂のようだった。月明かりといくつかの燭台にともされた光だけで照らされたそこは薄暗くて、今でこそ不気味に見えるが、きっと本来はそれはうつくしい場所なのだろう。

 ぐるりと辺りを見回していると、隣にいた父がいつの間にやらフードを脱いで、膝をついてメルセナのフードの裾に手をかけてきた。彼は恭しくメルセナのフードを剥いだ。

 ぴんと飛び出したエルフ特有の長くてとがった耳に、少年と少女がはっと息を呑んだ。

次回から共通編になります。

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