act.0 プロローグ
世界を救うなんて建前はいらない。
俺がほしかったのは、大切な人たちが、
みんなが笑って暮らせる世界だったはずなのに!
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この世界は今でこそ、神都ファナティライストと五大都市ディアランドの間で見せかけの平和を保っているが、かつてこの世界は、七つの国が互いの領土を奪い合う戦乱の渦に落ちていた。帝国主義のシェイルとレクセは力をもって人民を押さえつけ、宗教が全ての規律となるラトメでは神の御業によって人民を洗脳し、クライとヤイン国、そしてインテレでは怯える人民を守護する名目を立て、最後に女王制のロゼリーは権威の元に人民を奮わせた。
それぞれの国の上層部に位置する者たちにとって、争いとは至高の遊戯であり、そして義務であった。平和な現在からは考えも出来ない価値観である。けれど一方では、勿論そうでない者もいた。
当時ロゼリー帝国の女王は、アラベスクという名の、麗しき銀髪に瑠璃色の瞳の優しげな女帝だった。彼女は戦を嫌い、平穏を望んだ。女王アラベスクは戦争終結のために、自らと志を同じくする者を内密に組織した。それがのちに、戦争を終結させて神都を建てることになる「世界創設者」と呼ばれる一団の原型である。
最初は小さな火種だった。
だが、長年の戦で各国は疲弊し、やがてはいくつかの国家がロゼリーに加担する意を示すようになった。インテレやラトメ、ヤインがその例である。
しかし、全ての権力者がそうであるならば、そもそもとうの昔に戦争は終わっていただろう。軍事力を至上主義に掲げていた当時のシェイルとレクセは、連合軍を立ててロゼリーを攻めた。
突然の奇襲だった。なす術もないロゼリーの王宮は落ち、王都に住む民は多くの者が命を落とし、アラベスクを含む王族はほとんどが処刑されてしまった。
それは、悲劇だった。
だが、アラベスクの遺志を継ぐ者が現れた。それが、かつてアラベスクの組織した反戦争グループの一人、のちの聖女クレイリスである。
彼女はラトメ出身の戦争孤児で、アラベスクのような権力もなければ、レクセやシェイルのような軍事力も持ち合わせてはいなかった。けれど、結果的に考えれば、彼女の無力が逆に功を成したのである。
どのような手段を用いたのかは記録にはないが、クレイリスはまず各地のエルフを味方につけた。それから、世界でも有力な一族である、エファイン、ソリティエ、そしてシエルテミナの三家を取り込んだ。彼女はたった幾人かだけの力を使って、当時の世界でもっとも重要な一族を全て掌握してしまったのだ。
そんな時、事態は好転した。シェイルの軍事機関である、シェイル騎士団の団長が変わったのだ。
この国は力こそすべて。下克上主義を持つこの国の新たな軍事指揮者は、なんとクレイリスと同じく反戦争グループの出である、シェイルスラム街の孤児だった。そして団長の後ろ盾には、かつてアラベスクと懇意にしていた、シェイルの姫君がついた。
もはや時代は移り変わろうとしていた。シェイルがクレイリス側についたことで、レクセ以外の全ての国が戦争終結に乗り出した。いくら強国といえど、残る全ての国を相手にできるほど、レクセに余力は残されていなかった。とうとうクレイリスは勝利を手にしたのである。
七つに分かれていた国はひとつの大国となり、新たに神都・ファナティライストをたて、クレイリスは戦争を終わらせた聖女としてあがめられ、その部下達は世界創設者と呼ばれ称えられた。それは栄光ある世界のはじまりであり、彼らがいたおかげで、今の平和な世界があるのだ。
歴史書はこう語り、最後に世界創設者と聖女を賞賛する一文で締めくくられる。その背景にある汚い部分を、子どもたちには覆い隠したまま。
別作品からお越しの方はいつもお世話になっております、そうでない方ははじめまして。
基本鬱展開だけど暗いだけじゃない小説を書きたいと思って投稿します。どうぞ最後までお楽しみいただければ幸いです。