表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
かねのねクラッシュ  作者: 佐倉アヤキ
メルセナ編-1
25/46

act.4 人間とエルフ

このあたりはルナセオ編act.3よりも少し前の話になります。

 ラディと行動を共にするようになっても、さしたる問題を起こすことなくメルセナたちはゴドル洞を抜けた。ほの暗い洞穴の中は冷え冷えとして、天上の岩肌からぽたりと水滴が落ちるたびに、メルセナは慌てて父の袖口をぐっと掴む羽目になったが、誰に襲われることもなく出口の光が目に入った頃には、いつのまにかラディへの疑いは晴れていた。彼はよく気がつき、しょっちゅうメルセナの足元を気にしては、さりげなく腕を取って優雅にリードしてくれたから。

 しかし、メルセナは内心ではやや苛立っていた。

 ラディはとても紳士的だし、エルディも旅になれていないメルセナを気遣ってくれた。それにしばしお姫様にでもなったような気分に浸りはしたが、ずっと心の中ではあの黒いマントの集団が気がかりなのだ。

 まだ、メルセナは赤の巫子について、御伽噺以上のことを知り得ていない。少なくとも能天気に「世界を救ってハッピーエンド」なんて言えることはない、それだけは確かだ。暇があるときに読んでいた冒険小説と同じ。旅に出た少年少女は、必ずなにかしらの困難にぶつかって、ひやりとした思いを何べんも繰り返して、そうでないと物語は満足に終われないのだ。


 なればこそ、父に巫子について知る限りを洗いざらい教えてもらいたいのに、ラディがいては「巫子」の一言も発することができなかった。

 手持ち無沙汰に袖に隠れた左手首を右手でさする。すると、その手首を誰かがやんわりとつかんだ。…ラディだ。

「大丈夫ですか?」

「え、なにが?」

「いえ」

ラディは薄く微笑んでみせた。

「なんだか、思いつめていらしたようですから」

「……」

メルセナはしばし面食らって、まじまじとラディを見た。彼の無表情以外の顔を見るなんて初めてのような気がする。ぼんやりと彼の微笑を見ながら、メルセナはぽつりとつぶやく。

「ラディって、王子様みたいね」

「え?」

「浮世離れしてるわ」

「セーナ!」

絶望に満ちた悲鳴を上げる父は無視してラディに笑いかけると、彼は少し困った様子で苦く笑い返してきた。

「母が、聖職についていたことがありますから、ひょっとするとそのせいかもしれません」

「え?お母さん、シスターなの?」

「昔の話です。紆余曲折あって、今では…そうですね、専業主婦のようなものですが」

 それから、なぜかラディはちらとエルディを見た。彼の視線に、どこか意味ありげな含みを感じる。対する父は憮然として目をそらす。二人にはなにやら因縁めいた関連性を感じるのだが、彼らがそれを隠し立てする以上、メルセナにそれを切り出す術はなかった。



 洞窟を出ると、そこはシェイルとは別世界だった。一面、緑の生い茂る木々が広がっている。

 生まれてこのかたシェイルから出たことのないメルセナにとって、森といえば枯れ森を指すのだが、物語に出てくるような「森」はもっと清廉としていて、実りに満ち溢れた美しいものだった。きっとこのような場所を指すのだろう。

「ここはどこ?」

メルセナが呆然とつぶやくと、エルディが答えた。

「インテレディアとシェイルディアの間にある無国籍地帯だ。ここを西に出ると平原がある。インテレディアに向かうなら平原に行けばいいが…ラディ殿、ゼルシャはどこに?」

「ここから南東に行った先です。…ですが、お二方、お気をつけください」


 ラディが突然身構え、エルディが剣を抜いたので、メルセナは目を白黒させた。二人の視線の先を追うと、ひとりの少女が、裾の長い黒い神官服をなびかせて立っている。こちらに気づくことなく、どこかをまっすぐに見据えている、黒い髪の…メルセナがあっと声を上げた。

「レナ?レナでしょ?」

「セーナ!」

エルディの制止にでもと振り返る。父は険しい面持ちでレナを睨みつけていたが、すでに彼女はメルセナに気づいていた。

「まあ、セーナ。また会えて嬉しいわ」

「レナ、どうしてここにいるの?」

「セーナ、待て。近づくんじゃない」


 鋭い声音で言って、エルディがメルセナの腕をつかんだ。ラディも、メルセナを庇うように一歩前に出る。メルセナとレナだけが、二人の厳しい表情に困惑しているようだった。レナは不思議そうにエルディの顔をまじまじと見ている。

「パパ、この子よ。私が枯れ森で会った女の子。私をエルフだって知ってても変な顔しなかったんだから」

ひょっとすると彼女がメルセナに宿った"赤い印"について、何か知っているかもしれない。そんな淡い期待を言外に訴えてみたが、父は表情を変えなかった。うなるようにレナに吐き捨てる。

「ファナティライストの高等祭司が…まさかここで待ち伏せでもしていたのか?」

「待ち伏せ?」

レナは何を言われたのかわからないという表情だ。

「どうしてわたくしが、あなた方を…特にあなたのような方を、お待ちする必要があるの?ノルッセルのお方」

「しらばっくれるな!大方、シェイルの"巫子狩り"も、お前が差し向けたものだろう!」

 メルセナは面食らってレナを見た。彼女も大きな目を丸くしてこちらを見てくる。とぼけた口調で、レナはつぶやいた。

「あら…じゃあ、やっぱりセーナが巫子だったのね。まさかと思っていたのだけれど。わたくし、自分の手からいきなり"印"が消えたものだから焦ってしまって、思わずあなたを放って行ってしまって。ごめんなさいね、セーナ」

「…どういうこと?」


 何か話が奇妙だ。レナは何を言っているのだろう?

 助けを求めて父に向き直ると、彼は低い声音で言った。

「セーナ、"巫子狩り"はファナティライストの暗殺機関のことだ」

ファナティライストの。メルセナはレナの服装に顔を向ける。神都の、神官服。父は高等祭司と言った。じゃあ…レナは、メルセナの敵?

 しかしレナは意に介した風もなく、頬に手を当てて嘆息した。

「そんな無粋な言い方はよしてくださいな。ファナティライストの大事な治安部隊なのですから。それにわたくし、セーナが巫子だと知っていたら、もちろん彼らを差し向けたりはいたしませんでしたわ。わたくし、継承者はてっきりあのソリティエの騎士様か、さもなくばシェイルの王殿下かと思っておりましたもの」

ラディがわずかに身じろぎした。彼女に攻撃するタイミングをうかがっているような動きだった。わけが分からない。誰を信じればよいのだろう?

「シェイルの…あの人たちが来たのは、レナが呼んだからなの?」

「ええ、そうよ」

にべもなくレナは返した。邪気なく笑ってみせる。

 どうしてあんなに恐ろしい人々について語りながら、笑顔など浮かべていられるのか、メルセナには不可思議だった。…あの人のせいで、父はあと一歩のところで死ぬかもしれなかったのに!

「なんでそんなことを…」

「セーナ、連中が巫子狩りを使うのに、深い理由はない。不老不死の巫子を封じられるほどの戦闘能力を持つのは、巫子狩りくらいのものだ。こいつらにとって、巫子狩りを使うのは"当たり前"なんだ」

エルディの厳しい口調。レナは笑ったまま何も言わない。その表情がとても恐ろしく感じた。レナは、どうして笑っていられるのだろう?思わず父のマントのすそをつかむと、レナが一歩前に出て、ゆるやかにメルセナに向けて手を差し伸べた。

「セーナ、あなたなら分かってくれるわよね。あなたにとってその"印"は重荷すぎるの。さあ、わたくしに返してちょうだい」

「セーナ、渡すな!」

エルディが叫んだ。メルセナは自らの左手首を見つめた。

 赤い印…これをレナに渡すと、どうなるというのだろう?むしろそうしたほうがいいのではないか?巫子をやめれば、自分はシェイルに帰れるし、父はもう怪我をしなくて済む。いつもの日常が戻ってくる。ならば、答えはひとつではないか?

「どうやったら、この印をなくせるの?」

「メルセナ!」

レナが目を細めて笑った。メルセナに近づくために、するりと長い神官服のすそを引く。しかし、彼女の行く手をはばみ、メルセナの前に出た者がいた。…ラディだ。


 「いけません」

「ラディ?」

「今ここで"印"を渡してしまえば、お父上が大怪我を負った意味も、シェイルの騎士団長があなた方を逃がしてくれたことも、…そして、私がここにいる理由も。すべてが無駄になってしまいます」

ラディは至極のんびりと、この緊迫した空気など嘘のように言ってみせた。

 メルセナは眉をひそめた。

「どういうこと?」

「実は私、あなたとはそれなりにゆかりのある者なんですよ」

どこからともなく短刀を取り出して構えたラディ。彼の言葉の意味を量りあぐねていると、レナがわずかに顔をゆがめた。

「あなたのその瞳…同族ですか」

「ハーフですよ。ですが、その縁に免じて、ここは引いてくだされば幸いです」

「わたくしは…」


 レナが何か言おうと口を開いたそのとき、メルセナ達の真横にある茂みから、聞き覚えのない声が割って入った。

「レナ・シエルテミナ!」

「!」

レナがはじかれたように顔を上げた。その視線を追って、メルセナたちも声の方へと気をとられる。


 弓を持った長身の男が、数人の弓使いを連れていた。細い金の髪は透けるような色合いで、少し吊り気味の碧眼は鋭くレナを射抜いている。若い男の立ち姿はすらりとしていて、美しい。そして、男達の耳はメルセナと同じく一様にとがっていた。エルフだ!メルセナははっと息を呑んだ。

「この森に二度と立入るなと言ったことを忘れたか!このエルフ殺しの悪女が!」

先陣を切った金髪の男が怒鳴った。

 対するレナは今度こそ笑みを吹き飛ばした。優しさのかけらもない顔でうなる。

「ああ…行かなきゃ」

「待て!」

エルディが声を張り上げるが、その時にはすでに、レナはすたすたと来た道を戻ろうとしていた。彼女は顔だけ振り向いて、メルセナを見た。

「セーナ。また会いましょう。…覚えておくといいわ、その印は、小さなあなたの手には余るということを」

「放て!」


 金髪の男の号令によっていっせいに放たれた矢が、彼女に突き刺さる寸前で…レナはもうそこにはいなかった。矢は次々と地面に突き刺さった。

「転移か…」

金髪の男が毒づいた。それから、彼はその場に立ち尽くしているメルセナ達に、仏頂面のままで振り向いた。

「お前達は?あの女の仲間…というわけでは、ないようだが」

男は順繰りに三人を眺めて、最後にメルセナの耳に視線を移した。彼はわずかに警戒を緩めると、メルセナにたずねた。エルディとラディは無視することに決めたようだ。

「この森に何用だ?見ない顔だな。旅の者か?」

「あ、…あの、私達、ゼルシャの村ってところを探してて…」

尻すぼみになりながら、エルディの影に隠れて言うと、男は今度はエルディを見た。

「ゼルシャはわれわれの村だ。人間どもがこの地に来て、なにをしようというのだ?」

「私とここにいるメルセナは付き添いだ。われわれはこちらのラディ殿下の供として来ている」


 え?

 思わず上げそうになった声をすんでのところでこらえて、メルセナが問い詰めるような視線でラディを振り返ると、いつもののんびりとした表情で彼は動じることなく言った。

「私はシェイルディア皇子、ラディ・リズセム・シエルテミナと申します。ゼルシャの村長、レイセリア殿にお会いしたく参りました。ファナティライストの世界王家より言付けを預かっております」


 そうして彼は胸ポケットを探って、大振りのカフスボタンを取り出した。ギルビスのコートにも似たようなものがついているが、それとはまた別の紋様が刻まれている。

 シェイルディア王家の家紋だった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ