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かねのねクラッシュ  作者: 佐倉アヤキ
ルナセオ編-1
17/46

act.5 若き騎士団長

 「なっなに!?」

「…まずい」

トレイズが即座に剣を抜いた。少女も微笑みを消して、弾丸の飛んできた方向を見た。一人おろおろするばかりのルナセオに、トレイズが舌打ちしながら教えた。

「"巫子狩り"だ」

「えっ…!?」

「見ろよ、魔弾銃の弾だ」

足元に転がった銃弾を見下ろしてトレイズは呟く。魔弾銃。脳裏に、ラゼを撃ち抜いたあの黒い筒がよぎる。

「相手はどうやら隠れているようですが」

少女が口を挟む。トレイズはちらと少女を振り返りながら首を横に振った。

「俺達の問題だ、あんたは下がっててくれ」

「そうは参りません。何か事情がおありなのでしょう?自分ひとり逃げるなど、双子神の意に反しますゆえ」

あの弾丸一発でも、十分命に危機を感じているのは明らかなはずなのに、少女は顔色一つ変えずに穏やかに言い放った。

「巫子様はどちらでしょう。それともお二方ともですか?」

「……あんた、何か知ってるのか」

「"巫子狩り"というのですから"巫子"を"狩り"に来たのでしょう?まあどちらでも構いません。守護をおかけいたします」

少女は二人の前で十字を切った。何かあたたかいものが胸のうちに下りてくる。少女が一歩下がり、自分の胸にも十字を描く。


 「あんたの名前は?」

トレイズはこの謎の少女を抜け目なく見つめていたが、やがて敵ではないと思ったのだろう、たずねた。

「ナシャと申します」

「ナシャ、敵が何人いるか探知できないか?」

トレイズの問いに、ナシャはぐるりとあたりを見回した。即座に返す。

「直線上正面に二人、右手に三人。うち右手から背後にひとり移動しております」

「囲まれると厄介だ。左に避けて城まで戻ろう。ルナセオ、行くぞ」

「う、うん」

ぞわぞわと背筋に寒気が走る。服は暖かいはずなのに。ルナセオはマントの中で、こっそりとチャクラムを握った。これがルナセオの唯一の命綱だ。

「よし。…走れ!」


 トレイズの号令で一同は駆け出した。それと同時に、何度も続けて発砲音が響く。ルナセオは肝が冷える心地だった。

 原っぱの端にある小道に滑り込むと、銃声が止んだ。横手にある城壁が邪魔になって、銃が撃てないに違いない。ルナセオはほっと息をついた。…それが命取りだった。

 爪先に小石がひっかかる。ずるりと滑るのが先か、しまったと思うのが先か。そのまま地面にすっ転んだとき、自分達のうしろで銃を構える巫子狩りがいたことに、ルナセオはまだ気づいていなかった。

「ルナセオ!」

トレイズが切羽詰った様子で吼えた。その大声にびくりと一瞬起き上がるのが遅れたルナセオ…それを見逃さず、巫子狩りが、引き金を引いた。


 ダンッ!

 ルナセオはきつく目をつぶった…



 母さんは本当に頼りにならなかったけれど、たまに見せるその瞳はなんだかすさんでいて、それが怖くて、ルナセオには母を恐れていた時期があった。小さい頃友達に聞いた御伽噺に出てくる、怖い魔女の容姿が、母ととても似ていたからかもしれない。ルナセオはお父さん子に育った。

 けれどレクセの学園に入ってグレーシャと出会い、彼が母親のことをことあるごとに気にするのを見て、次第に母を恐れていた自分を恥じた。最初は逃げ込むように寮に入ったが、やめにして実家に戻ったときの、母のびっくりした顔を今もよく覚えている。


 俺が死んだら、母さんは泣くかな。

 悲しむかな。

 見ようによってはほんの少女の母が泣くさまを、ルナセオが作ることになんて、死んでも嫌だった。



 キンッ!

 高い音。いつまでたっても痛みのこない身体に違和感を覚えて、ルナセオは目を開いた。ナシャもトレイズもその場に立ち尽くしたままだ。ルナセオは恐る恐る振り返った。


 鼻先ではためいていた白いマントにまず息を呑んだ。「その人物」はルナセオに背を向けて庇い立ち、構えていた長剣をふいと下げた。ルナセオの足元に、ひしゃげた弾丸が転がった。

 駆けつけたトレイズの右手を借りて立ち上がると、いつの間にか立っていた白いマントの青年の背中を見た。濃紺の髪がなびいている。空気を突き抜けるような声がルナセオの耳に飛び込んだ。

「人様の城の敷地内で騒ぎを起こすなんて、いい度胸だね」

面白がるような、それでいて嘲るような口調だった。

「懐かしいヤツが出てきたもんだ。僕は死ぬほど"巫子狩り"が嫌いなんだよ。まあ君達に会ったからって死んでやる義理はないけど」

くす、青年は笑った。ナシャのものよりも皮肉に満ち満ちた声音だった。と、不意に青年がこちらを見た。髪の色と同じ、濃紺の瞳がついとトレイズを射た。

「トレイズ、邪魔だからさっさとそこのガキをどこかへやってよ。あいつらは僕が始末しておくから」

マントの中は黒い軍服。たしかシェイル騎士団の制服だ。一般兵はこんな大仰なマントなど羽織っていないはずだから、自然と彼の地位は予測できる。

「ギルビス、騎士団長が出向く余裕なんてあるのか?」

「執務は部下に押し付けてきたよ。たまには身体を動かさないと、僕も腕がなまるんでね」


 シェイルディア騎士団長。この、ルナセオと五歳と変わらないように見える青年が。


 呆けていると、その脇をナシャがすり抜けて、ギルビスと呼ばれた青年に声をかけた。

「ギルビス、守護は御入り用ですか?」

「いえ、結構です。ナシャ様に無駄な労力を使わせたとあっては、殿下に首を切られてしまいますから」

トレイズに言ったときよりもずいぶんと丁寧な答えを返して、ギルビスはナシャを下がらせた。そしてシェイルディアの気候よりも冷たい視線で、トレイズを振り仰ぐ。

「ほら、なにやってるんだよ。部下に話は通してあげたからさっさと城に逃げろよ。僕は片腕の足手まといはいらないよ」

随分な言い方だったが、トレイズは何も言わなかった。苦笑してルナセオの腕を引き、ナシャに目配せすると、城へと向け一目散に走った。


 ひとり残されたギルビスは、向かってくる"巫子狩り"を一瞥して、不適に左の口端を上げた。

「…さて、来いよ」



 クレイスフィー城のホールに舞い戻ると、ひとりの騎士がルナセオたちを待ち構えていた。ふわふわとしたカラメル色の髪があっちこっちに飛び跳ねて、淡いライム色の瞳をまんまるに広げてこちらに手を振る。先ほどのギルビスよりも年上に見えるのに、その挙動はルナセオよりも幼い。

「トレイズ殿ですよね?ギルビス様からお話は伺っております。こちらへどうぞ。…あ、ナシャ様、もう勝手にいなくなっちゃ駄目ですからね!」

 いい大人がぷりぷりと頬をふくらませて怒るさまを見て、ナシャはまったく悪びれることなく微笑んだ。

「それは失礼いたしました。以後気をつけますね」

まったくもう!鼻を鳴らした騎士に構わず、ナシャはトレイズとルナセオに向き直った。

「どうやら転移の件もギルビスにお任せしたほうがよろしいようです。私は失礼させていただきますね」

「あ、ごめんな。せっかく協力してくれたのに…」

いいえ。手短に一礼するとナシャは去っていった。ルナセオはぼうと彼女の背中を見送る。

「いったい何者だったんだろ、あの子…」

「なにをおっしゃるんですか!あの方はシェイルの現妃殿下、ナシャ様であらせられますよ!」

「え、」

「は?」

騎士の爆弾発言に、トレイズもルナセオも、一瞬心臓が止まったかと思った。



 ギルビスは砂埃ひとつつけることなく戻ってきた。通された彼の執務室でお茶をすすっていると、騎士団長は空いたソファに長剣を放り投げて、ルナセオたちの向かいの席に崩れるように座りこんだ。

「相変わらず逃げ足だけは速いよね、アイツラ。取り逃がしたじゃないか」

「悪いな」

「ほんとだよ」

子供っぽい騎士が給仕したお茶を一口飲んで、ギルビスは顔をしかめた。

「甘すぎるよ、ヒーラ」

「お疲れのときは甘いものがいいそうですから!」

「限度がある」

ギルビスはカップをテーブルに戻してトレイズを見た。

「ところで久しぶり、トレイズ。少し見ない間にまた老けたね」

「悪かったな」

苦い顔を隠しもせずにトレイズはギルビスから目をそらした。そして、ギルビスはルナセオと、彼が握ったままのチャクラムに視線を移した。

「で、彼は誰だい?ラゼの武器だろ、それ」

「あ、あの、俺は」

「……ラゼは死んだ」

ひくり、ギルビスの眉が上がった。ギルビスは無表情のまま視線をさまよわせ、思わず砂糖が大量に含まれたお茶を手にとって、もう一口だけ飲んだ。

「そうか」

無感動な台詞。「…そうか」繰り返した。ルナセオを見て、ギルビスはそっと目を伏せた。

「なるほど、君はその後継者というわけだね」

「……」

「悪いな」

「…ホントだよ。いい娘だったのに」

ひとつ肩をすくめ、ギルビスはお茶を飲み干した。暗くなった部屋の空気を入れ替えようと、ギルビスは話を換えた。

「で、彼をラトメに連れて行こうとして、お得意の方向音痴でシェイルに来ちゃったってわけか」

「う」

「まあいいよ。君の名前は?」

「…ルナセオ、です」

「そうか。僕はギルビス。見れば分かるだろうが、このシェイル騎士団の団長をやってる」


 ギルビスは散らかった執務机から一枚の紙を引っ張り出して、真っ黒な羽が先っぽについたペンでさらさらと何事か書き付けると、トレイズの眼前にひょいと垂らした。

「転移装置の使用許可。僕が転移呪文で送ってやってもいいけど、トレイズ、君は転移呪文駄目だろ」

「ありがとな」

「ただし、」

許可証を取ろうとしたトレイズの右手をすりぬけて、ギルビスは彼から紙を遠ざけた。トレイズは眉をひそめる。

「…なに」

「ひとつ頼まれてほしくてね。僕の部下の娘が"印"を継承しちゃってさ。部下ともどもラトメに逃げたんだ。一応今は休暇中って扱いにしてるけど、ラトメに行ってもし会えたら、一度シェイルに戻ってくるよう父親のほうに言っておいてくれない?」

「待ってくれよ、他にも巫子を知ってるんですか?」

思わずルナセオが口を挟むと、ギルビスは平然と言った。

「まあね。あの子が巫子になったのは予想外だったけど、他の巫子も大体の見当はついてる。巫子ってのは、宿せる人物に制約があるんだ」

「制約?」

「印を宿す条件、とでもいうのかな。"神の子"や"世界王"は即位とともに印を継承するのが決まりだし、他にもある特殊な一族の間で受け継がれるものもある。それを差し引いても、巫子っていうのは、ある程度"第九の巫子"とかかわりがあるか、不老不死一族と縁のある可能性が高いんだ」

「第九の、巫子?」

それは九番目の巫子という意味だろうか。首を傾げると、ギルビスはルナセオの反応に片眉をひそめ、トレイズに視線を移した。

「…話してないのか、トレイズ。大事な話だろ」

「大事だから、軽々しく俺の口からは話せないんだよ。ラトメに着いてから他の面子も揃えて教える予定だ」

ふうん、気のない返事をして、ギルビスは溶けきらない砂糖の沈んだカップの底を、スプーンでぐるぐるかき回した。

「ルナセオ、君、巫子になったことを後悔してるかい?」

「ええ?ええと、よく分からないや。巫子になったからって、まだそんな実感も湧かないし」

「そうか」

砂糖のついたスプーンをぺろりとなめて、ギルビスは目を閉じた。許可証をトレイズに突き出して、皮肉っぽく笑う。

「まあ、いずれ分かるだろう、ルナセオ。巫子は人を救う存在だ。それに間違いはない。でも、巫子を救ってくれる人は、この世界のどこにも存在しないのさ」

ギルビスの瞳はほの暗く、どこかここではない遠い世界に思いをはせているようだった。

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