第三話 彼女は今夜もご機嫌
キェーエー。
甲高い鳥のような声が侯爵領のセードルフ邸に響き渡る。
今夜は学園を卒業したサンデルと王女の初夜だ。
事情があって学園を退学したモーンは、すでにセードルフ邸の離れに囲われている。サンデルと王女はセードルフ邸の夫婦寝室で、形だけの初夜を過ごす予定だった。当主であるサンデルの父は領都の神殿でおこなわれた式にのみ出席して、そのまま王都へ戻った。
「破瓜の血の代わりに赤葡萄酒を持ってきたけれど、一応朝までは過ごしたほうがよろしいでしょう? 一杯飲んで眠りませんこと?」
「……そうですね」
サンデルは王女から酒杯を受け取った。
中に注がれた赤葡萄酒で唇を湿らせ、喉へと流し込む。酷く味が濃い。
ハルマン伯爵令嬢のローサリンダとの婚約が解消されてから、今日まで半年ほどしかなかった。
その間にいろいろなことがあった。
短いようで長い月日だった。心乱れるばかりの毎日だった。
王女は一刻も早く騎士の子どもを身籠りたいとうるさく、モーンは──
「……王女殿下。僕の子ども、セードルフ侯爵家の跡取りのことだが、モーンがあれでは産んでもらうことは出来ません。僕がもうひとり愛人を囲ってもかまいませんか?」
「王女であるアタクシを娶っておいて、ふたりも愛人を囲うの? ダメよダメダメ。アタクシは愛する騎士ただひとりなのだから、アナタも愛する幼馴染ひとりで我慢なさい?」
「しかし……ぐふっ」
学園を卒業してすぐに結婚するために準備を急がされたせいで、自分が疲労困憊なのは感じていたものの、赤葡萄酒を飲もうとして戻してしまうほどとは思っていなかった。
焼けるような喉の痛みを感じて、サンデルは自分が吐いた赤い液体を見た。
赤葡萄酒ではない。サンデルの命の液体、血液だった。
「ごめんなさいねえ」
王女が笑う。
彼女はいつもご機嫌だ。
愛しい騎士はさすがに今夜は寝室の外にいるが、それでもふたりの心は通じ合っているのだという。
「やっぱりアタクシと騎士の子どもが低い身分なのは嫌なの。初夜でアナタは急病で死んだけど、アタクシはアナタの忘れ形見を身籠っていた。そういうことにしましょう? 子どもが正式な跡取りに認められて喪が明けたら、アタクシ騎士と再婚するわ。騎士をセードルフ侯爵家の当主にするのよ」
どうやら酒杯に毒を盛られたらしい。
味が濃かったのは毒を誤魔化すためだろう。
薄れていく意識の中、サンデルはローサリンダとの婚約解消の際にハルマン伯爵から言われたことを思い出していた。
婚約解消の理由はこれまでのサンデルとモーンの愚行だけが原因ではない、と伯爵は言った。ローサリンダを正妻として迎えて嫡子が生まれたとしても、愛しい幼馴染に子どもが生まれたら、その子を跡取りにしたくて正妻と嫡子を殺しかねないからだ、と。
確かにそうだ、とサンデルは納得した。
あのときでさえ正式な婚約者であるローサリンダより幼馴染に過ぎないモーンを優先していたのだ。
結婚したって変わるはずがない。ましてモーンに子どもでも生まれたら──幸せそうに自分の腹を擦りながら王女がサンデルに告げる。
「騎士との子どもはね、もういるの」




