第一話 不機嫌な彼
「君はいつも不機嫌だな」
そうおっしゃるサンデル様も不機嫌そうなお顔をなさっています。
サンデル様はセードルフ侯爵家の跡取り息子で、私ハルマン伯爵家令嬢ローサリンダの婚約者でいらっしゃいます。
彼の言う通り、私は今日も不機嫌でした。
王都の大通りに面した喫茶店で同じ卓を囲んでいて、上機嫌なのはモーン様だけです。彼女はドリーセン子爵家のご令嬢で、私とサンデル様の婚約が結ばれる前からの彼の幼馴染でいらっしゃいます。
「上機嫌になどなれるはずがありませんわ。……どうして婚約者同士のお茶会に、いつもいつもモーン様がついていらっしゃるんですの?」
「……僕は王都の観光に詳しくない。この店もモーンに教えてもらったんだ。その礼として彼女を連れてくるのは当然だろう」
「では、どうして学園の昼食時にもモーン様をご同行なさいますの?」
「僕達よりふたつ年下のモーンは、まだこちらに馴染んでいない。ひとりにしては可哀相だろう」
可哀相なのは私ですわ! そう叫びたい気持ちを必死で抑えます。
そう、モーン様は私達よりもふたつ下。
彼女がこの王国の貴族子女が通う学園へ入学してくるまでは、私とサンデル様はぎこちないながらも婚約者としてやって来ました。
私達の婚約は恋愛感情によるものではありません。
度重なる災害で疲弊したセードルフ侯爵家を裕福なハルマン伯爵家が援助して救うための婚約なのです。
もちろんハルマン伯爵家にも旨味はございます。それでもモーン様が現れるまでの私とサンデル様は、セードルフ侯爵家の未来を夢見て事業計画を語り合う程度には仲良く過ごしていたのです。
モーン様はサンデル様の初恋の相手だったと聞いています。
セードルフ侯爵家が災害で疲弊しなければ、彼女と婚約していたのだとも。
だからといって、私がこんな異常な状況を耐え続けなくてはいけない理由があるでしょうか。サンデル様は婚約者同士のお茶会にモーン様を連れてくるだけでなく、婚約者の私のためにとハルマン伯爵家が与えている予算から、観光地を教えてくれたお礼だと言って高価な装身具を贈っているのです。
……お金が惜しいのではありません。くだらない言い訳をつけて、婚約者の私以外を優遇する心根が悲しいのです。
サンデル様と仲良くやって行こうと思っていました。ともにセードルフ侯爵家を立て直そうと思っていました。
それでも人間には限界というものがあるのです。
「二年遅れて王都へ来たから馴染んでいないのに観光地はご存じなのですか? モーン様はどなたに教えていただいたのでしょうね? 私とサンデル様のお茶会の日時を変更させてまで参加なさっているという、吟遊詩人の演奏会でお仲間にでもお聞きになったのでしょうか?」
「……歌や楽器の演奏を、芸術を嗜むのは素晴らしいことだ」
「麗しい吟遊詩人にお金を払って恋人ごっこに耽溺するのも素晴らしいことなのでございましょうね」
「ローサリンダ様、酷い」
「君はモーンを愚弄するのか!」
私の言葉に怯えたような素振りを見せるモーン様に抱き着かれて、サンデル様が彼女の騎士であるかのように声を荒げます。
「いいえ、愚弄などしていませんわ。私はモーン様をからかってなどいません。婚約者のいる異性の幼馴染に付き纏い、婚約者同士のお茶会や学園での昼食に割り込み、吟遊詩人に狂っているおかしな方を心から侮蔑しているだけですわ」
「ローサリンダッ!」
「婚約者らしいこともなさっていないのに呼び捨てにするのはやめてくださいませ。……今日はもう帰らせていただきます。帰り次第父と話をして、サンデル様との婚約は解消させていただきますわ」
「なっ! そんなことをされたら我がセードルフ侯爵家はっ!」
「……」
先ほどの演技とは違い、今度のモーン様は本当に顔色を変えました。……もう遅いのです。
「いくら領地が近いからといって、我がハルマン伯爵家が案じるべきことではありませんわ。侯爵家の隣領にあるドリーセン子爵家の方に助けていただいたらいかがでしょう」
私は立ち上がり、侍女と一緒に帰路へ就きました。
サンデル様が震えるモーン様を置いて私を追いかけようとなさっていましたが、ハルマン伯爵家の護衛に阻まれています。サンデル様とモーン様のご実家には侍女や侍従、護衛をつける程度の予算もないのです。
もっともサンデル様が見栄を張ってモーン様に高価な贈り物をしたりしていなかったら、彼だけは侍従くらいつけられたはずなのですが。
──その日のうちに、私とサンデル様の婚約は解消されました。
家族はもう随分前から、我が家の援助で幼馴染に入れ込む彼のことなど捨ててしまえと言ってくれていたのです。
なのに私が、出会ったころの瞳を煌めかせてセードルフ侯爵家の未来を語っていたサンデル様のことが忘れられなくて、決意出来ずにいたのです。だから……これで良いのです。




