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ベストフレンズ  作者: 菊池まりな


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第23話 手を借りること

一月の中旬。


紗奈の母親から悠真に連絡が来たのは、土曜日の午後だった。


「紗奈が、悠真くんに会いたいって言っているの。来てもらえる?」




柊家のリビングに通された悠真は、初めてそこで紗奈の母・由美子と正面から話した。


紗奈は隣の部屋にいた。


「最近のこと、紗奈から聞いた?」


由美子が聞いた。


「少し。電話で」


「そう」由美子は手元のカップを両手で包むように持った。「あの子、悠真くんにしか話せないことがあるみたいで。それはありがたいんだけど……」


「……俺だけじゃ、足りないですよね」


由美子は少し驚いた顔をした。


「そういうわけじゃないのよ。あなたがいてくれて、本当に助かってる。ただ……専門の人に相談することも考えていて。それを紗奈に話したら、悠真くんに会ってから決めたいって」


「分かりました」


悠真は頷いた。




紗奈の部屋は、カーテンが少しだけ開いていた。


以前来た時より、部屋が薄暗く感じた。


紗奈はベッドの縁に腰かけていた。


「来てくれたんだ」


「来るよ」


悠真は床に腰を下ろして、紗奈と同じくらいの高さに目線を合わせた。


「お母さんから聞いた」


「うん」


「専門の人に相談する話」


紗奈は膝の上で手を組んだ。


「……怖い」


「何が怖い?」


「ちゃんと話せるか分からない。あと、そこまで重くないのに大げさかなって」


悠真は少し考えてから言った。


「重さで決めるもんじゃないと思う」


「でも」


「骨折してる人だけが病院行くわけじゃないだろ。捻挫でも頭痛でも行く。心も同じじゃないのかな」


紗奈は黙った。


「俺には分からないことが、たぶんたくさんある。電話で話してくれること、全部受け取りたいと思ってる。でも俺が全部分かってあげられるかって言ったら、そうじゃない」


「……分かってる」


「紗奈が話しやすいかどうかは、行ってみないと分からないけど。もし合わなかったら変えてもいいし、一回で全部話さなくていい」


紗奈は窓の外を見た。


「一緒に来てくれる?」


「来ていいなら、行く」


「待合室だけでも」


「いるよ」


紗奈はゆっくり息を吐いた。


「……うん」




その帰り道。


悠真は一人で川沿いを歩いた。


寒かった。


手をポケットに突っ込んで、白い息を吐きながら歩いた。


怖かった。


紗奈の部屋の薄暗さが、頭から離れなかった。あのカーテン。膝の上で組まれた手。「怖い」という声の細さ。


でも今日、紗奈は「行く」と言った。


それだけが、今夜の灯りだった。




家に帰ってから、悠真は恒一に電話した。


呼び出し音が二回で繋がった。


「どした」


「……俺、大丈夫かな」


少しの間があった。


「何があった」


「紗奈のこと。心配で。でも心配しすぎて、自分がどういう状態か分からなくなってきた」


恒一は何も言わなかった。


しばらく電話越しに沈黙が続いて、それから恒一が言った。


「明日、飯行こ」


「え」


「お前の話、聞く。紗奈の話じゃなくて、お前の話」


悠真は少しだけ、息が楽になった。


「……うん」


「で、紗奈は?」


「専門の人に相談することになりそう」


「そっか。よかった」


「よかった?」


「一人で抱えさせないってことだろ。それはいいことだよ」


悠真は「そうだな」と言った。


口に出してみると、少しだけ本当になる気がした。




夜、紗奈からメッセージが届いた。


「今日来てくれてありがとう。お母さんと、来週予約してみる」


悠真は画面を見て、一度深呼吸した。


「よかった。待合室、絶対いるから」


「うん」


少し経って、もう一つ届いた。


「悠真も、ちゃんと寝てね」


悠真は笑った。


しんどいはずなのに、紗奈はまだ悠真のことを気にしていた。


「お互いな」と返した。


既読がついて、終わった。


それだけの夜だったけれど、悠真には十分だった。




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