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ベストフレンズ  作者: 菊池まりな


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第21話 冬の電話

冬休みに入って十日が経っていた。


悠真は毎日、紗奈にメッセージを送っていた。


「今日どうだった?」「外、寒いな」「さっきコンビニで紗奈が好きそうなの見つけた」


他愛もない内容ばかりだった。返ってくる言葉は短くなっていたが、それでも返ってきていた。それだけが、今の悠真にとっての「確認」だった。




二十八日の夜。


電話が鳴ったのは十一時を過ぎた頃だった。


画面に「紗奈」の文字が光る。


「もしもし」


「……悠真」


声が、いつもと違った。


低い、というより、薄い。水に溶かしたみたいに。


「どうした」


「ごめん、こんな時間に」


「いいって。どこにいる?」


少し間があった。


「部屋」


「そっか」


悠真は起き上がり、部屋の電気をつけた。


「何かあった?」


「何もない、から、電話した」


紗奈の言葉の意味が、すぐには飲み込めなかった。


何もないから、電話した。


「……そっか」


悠真はもう一度、同じ言葉を繰り返した。今度は少し違う温度で。


「声聞きたかった?」


また、間。


「……うん」


その「うん」がどれほど重かったか。紗奈がそれを言うためにどれだけ時間がかかったか。悠真には分かった。


「じゃあ話そう。何でもいい」


「何でも?」


「うん。俺が今日食べたもんでも、昨日見た夢でも」


小さな、笑う息の音がした。


「聞かせてよ。夢」



悠真は話した。


特に意味もない夢の話。中学の校舎が出てきて、なぜか昼食がうどんだった話。恒一が教室の窓から飛び出してどこかへ消えた話。


紗奈は「何それ」と言いながら、少しずつ声が戻ってきた。薄かったものが、少しずつ厚みを持ちはじめる感じがした。


「紗奈は?」


「私は……夢、最近あんまり見ない気がする」


「眠れてる?」


「……寝てはいる。でも起きた気がしない」


悠真は何も言わなかった。


返事をしなかったのではなく、今は何かを言う場面じゃないと思ったから。


「ご飯は」


「昨日、少し食べた」


「今日は?」


少し間があった。


「……分からない」


「食べてないか」


「うん」


悠真は時計を見た。十一時半。コンビニは開いている。


「何か食べられそうなもの、ある?」


「何も食べたくない感じがする」


「そっか」


「……ごめん」


「謝らなくていい」


「でも」


「謝らなくていい、ほんとに」


紗奈は黙った。


悠真も黙った。


電話越しに、互いの呼吸だけがあった。




しばらくして、紗奈が言った。


「悠真」


「うん」


「消えたいとは、まだ思ってない」


「……うん」


「でも、何もしたくない。起きていたくない。でも眠れない。どっちでもない場所にずっといる感じ」


悠真は息を吐いた。


「それ、ちゃんと教えてくれてありがとう」


「怖くなったら言う、約束したから」


「怖くなる前でもいい。今日みたいに」


また少しの沈黙。


「……今日、電話してよかった?」


「よかった」


迷わず、答えた。


「俺、電話来て良かった。声聞けて良かった」


紗奈は何も言わなかったが、電話が切れなかった。それで十分だった。




「一個だけ聞いていい?」


悠真が言った。


「うん」


「今、部屋に誰かいる?」


「お母さんがいる。下に」


「そっか」


悠真は少し安堵した。


「一人じゃないな」


「うん。……悠真がいるし」


その言葉に、悠真は返事をしなかった。返事をすると、何か大事なものを壊してしまう気がした。


ただ「いる」と、もう一度だけ言った。



電話は一時間以上続いた。


途中から二人ともほとんど話さなくなって、ただ電話を繋いだまま、それぞれの部屋にいた。


最後に紗奈が言った。


「寝てみる」


「うん」


「ありがとう」


「また明日な」


「……うん」


電話が切れた。


悠真はしばらく、スマホを握ったまま動けなかった。


怖かった。


今日の紗奈の声が怖かった。


でも、電話してきてくれた。「消えたいとはまだ思っていない」と、ちゃんと言ってくれた。


それだけを、今夜は信じることにした。



翌朝、紗奈からメッセージが届いた。


「昨日ありがとう。少し眠れた」


悠真は画面を見つめて、それから返信した。


「良かった。今日も連絡して」


既読がついた。


返信はなかったが、それでも既読がついた。


それだけで、今日も続いていると分かった。




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