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ベストフレンズ  作者: 菊池まりな


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第15話 返事

 文化祭の翌日は、普通の授業だった。


 それがなんとなく、不思議な感じがした。

昨日あれだけ賑やかだった校舎が、今日はいつも通りの静けさに戻っている。


 悠真は一時間目の授業中、ずっと同じことを考えていた。


 玲奈への返事。


 答えは、もう出ていた。

昨日、紗奈と話した後に、静かに決まっていた。


 問題は、どう伝えるかだった。




 昼休み、悠真は玲奈に声をかけた。


「少し、いい?」


 玲奈は悠真の顔を見て、すぐに分かったようだった。

「うん」とだけ言って、立ち上がった。


 二人は屋上への階段の踊り場に行った。

人が来ない、でも閉じてもいない場所。


 玲奈は手すりに軽く手を置いて、悠真を見た。

急かさない目だった。


 悠真は息を一つ吸った。


「ごめん」


「……うん」


「玲奈のこと、好きか嫌いかで言ったら、好きだと思う。一緒にいると話しやすいし、考え方が面白いと思うし、写真の話ができるのも嬉しかった」


 玲奈は何も言わなかった。


「でも、それと、付き合いたいかどうかは、違った」


 静かな踊り場に、悠真の声だけがあった。


「紗奈のことが、頭から離れない。取られたくないとか、隣にいてほしいとか、そういう気持ちが、ずっとある。それが何なのか、まだはっきり分からないけど」


 悠真は玲奈を見た。


「そっちの方が先にある。それは、玲奈に対して誠実じゃないと思った」


 玲奈はしばらく、悠真の顔を見ていた。


 それから、小さく息をついた。


「正直に言ってくれてありがとう」


「……こちらこそ、ごめん」


「謝らなくていい」


 玲奈は手すりから手を離して、少し笑った。


 泣いてはいなかった。

でも、笑顔の奥に何かがあることは、悠真にも分かった。


「告白したのは私だから。返事をもらう権利はあっても、内容を選ぶ権利はない」


「玲奈」


「ただ」


 玲奈は窓の外を見た。


 曇り空だった。


「一つだけ聞いていい?」


「うん」


「紗奈さんに、ちゃんと向き合う?」


 悠真は少し間を置いてから、答えた。


「向き合う」


 玲奈は頷いた。


「なら、いい」



 踊り場を出るとき、玲奈が振り返らずに言った。


「写真部、続けていい?」


 悠真は少し驚いた。


「当たり前だろ」


「気まずいかと思って」


「俺は気まずくない」


「……私も、そんなに気まずくないかな」


 玲奈は少しだけ笑った声で言った。


 悠真はその背中を見ながら、玲奈という人間の強さを、また感じた。




 放課後。


 悠真は一人で川沿いを歩いた。


 紗奈に連絡しようとして、何度もスマートフォンを開いて、閉じた。


 何を言えばいい。


 玲奈に返事をした、とだけ伝えればいいのか。

それとも、昨日言いかけたことの続きを話すべきか。


 分からないまま、黙ってるのは違う。


 自分でそう言ったのに、また迷っていた。


 川の水が、ゆっくり流れていた。

夏の終わりの空が、水面に映っている。


 悠真はベンチに座って、空を見た。


 紗奈と並んで歩いたこの道。

 影が重なった、あの夕方。


 あの写真を、紗奈は「飾っておきたい」と言った。


 その言葉の重さを、悠真はまだ両手で持て余していた。




 スマートフォンが鳴った。


 紗奈からだった。


 メッセージではなく、電話だった。


 悠真は少し驚きながら、出た。


「もしもし」


『……今、どこ?』


「川沿い」


少しの沈黙。


『奇遇。私も』


悠真は立ち上がった。


「どのへん」


『橋の手前のベンチ』


「分かった。行く」


電話を切って、悠真は歩き始めた。


足が自然と速くなった。




 橋の手前のベンチに、紗奈がいた。


 膝の上に鞄を置いて、川を見ていた。

 悠真の足音に気づいて、振り返った。


「来た」


「来た」


 悠真は隣に座った。


 二人でしばらく、川を見た。


「玲奈に返事した」


 悠真が言った。


 紗奈は川を見たまま、「うん」と言った。


「断った」


 今度は、紗奈は何も言わなかった。


 川の音だけがあった。


「紗奈」


「……うん」


「昨日言ったこと、もう少しちゃんと言う」


 紗奈が悠真を見た。


 悠真は川を見たまま、続けた。


「俺は、紗奈のことが怖い」


「怖い?」


「大事すぎて、怖い。失ったらどうなるか想像できないくらい、大事で」


 風が吹いた。


「だから名前をつけるのが怖かった。名前をつけて、もし壊れたら、取り返しがつかないと思って」


 悠真はそこで、紗奈を見た。


「でも、黙ってることで紗奈を泣かせるのは、もっと違うと思った」


 紗奈は悠真の顔を見ていた。


 目が、揺れていた。


「……泣いてないよ、昨日」


「泣きそうだった」


「……うるさい」


 声が、少し震えていた。


 悠真は前を向いた。


「まだ、はっきりとは分からない。でも、紗奈の隣にいたい。それだけは分かる」


 川が、静かに流れていた。


 しばらくして、紗奈が言った。


「……私も、分からないままでいい?」


「いい」


「焦らなくていい?」


「焦らなくていい」


 紗奈は小さく息をついた。


 それから、ぽつりと言った。


「隣にいてよ」


「いる」


「約束して」


「約束する」


 紗奈はそれを聞いて、川の方を向いた。


 横顔が、少しだけ柔らかくなった。



 二人はそのまま、暗くなるまで川沿いにいた。


 特別なことは、何も起きなかった。


 ただ並んで座って、時々話して、時々黙って。


 いつもと同じような時間。

 

 でも、何かが少しだけ変わった夜だった。




 ──名前は、まだない。

でも、隣にいると決めた。

それは、言葉より先に、確かなものだった。


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