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ベストフレンズ  作者: 菊池まりな


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第13話 前日

文化祭の前日になった。


午後から授業が早く終わり、各部活・各クラスが最終準備に入った。

校舎のあちこちから声や物音がして、いつもと違う空気が漂っている。


写真部の展示スペースでは、悠真が一人、最後の調整をしていた。


照明の角度。

写真の高さ。

キャプションの位置。


細かいことを確認するたびに、あの「二人の影」の写真が目に入った。

見るたびに、昨日の紗奈の声が戻ってくる。


それだけ。


震えていた。


「手伝おうか」


振り返ると、紗奈が渡り廊下の入口に立っていた。

クラスの準備が終わったのか、エプロンを手に持っている。


「……いいの? 疲れてるだろ」


「座ってるより動いてた方が楽なタイプだから」


紗奈はそう言って、悠真の隣に来た。

展示を見渡して、「きれい」と小さく言った。



二人で黙々と作業した。


紗奈はキャプションの文字がまっすぐかを確認したり、床に落ちた画鋲を拾ったり、悠真が気づかない細かいところを自然に整えていった。


「紗奈、なんで来たの」


悠真は作業しながら聞いた。


「さっき言ったじゃん、手伝いに」


「それだけ?」


紗奈は少しの間、手を止めた。


「……悠真の写真、ちゃんと見たかった」


「ここで見ればよかっただろ、明日」


「明日は人がいるから」


その言葉の意味を、悠真はすぐには聞き返せなかった。




一通り終わって、二人は並んで展示を眺めた。


他の部員たちの写真。

玲奈のフィルム写真。

そして、悠真の「二人の影」。


紗奈はその写真の前で、しばらく動かなかった。


「これ、夏に撮ったやつだね」


「うん」


「気づいてなかった」


「撮られてる方は気づかないよ、たいてい」


紗奈は写真から目を離さないまま言った。


「影が重なってる」


「うん」


「でも、見てる方向が違う」


「……うん」


紗奈は静かに息を吸った。


「悠真は、この写真を展示しようって思ったとき、何を考えてた?」


悠真は答えを探した。


正直に言えば、深く考えていなかった。

玲奈に「出してみたら」と言われて、気づいたら決めていた。


でも、今この写真を見ると、無意識に何かを撮っていたことが分かる。


「……分からない」


「分からないって言うと思った」


紗奈の声は責めていなかった。


ただ、少しだけ、疲れているみたいだった。




「ねえ、悠真」


「うん」


「私、ずっと怖かった」


悠真は紗奈の方を見た。


紗奈は写真を見たまま、続けた。


「名前をつけたら、壊れると思ってた。だから何も言わなかった。何も感じてないふりをしてた」


「紗奈……」


「でも」


紗奈はそこで初めて、悠真の方を向いた。


目が、少し赤かった。


「橘さんが告白して、悠真が返事を保留して、それを聞いたとき、初めて分かった」


「何が」


「怖いのは、壊れることじゃなくて」


紗奈は小さく笑った。

泣きそうな顔で、笑った。


「選ばれないことだって」




沈黙が落ちた。


渡り廊下の窓から、夕暮れの風が入ってきた。

どこかのクラスから、笑い声が聞こえた。


悠真は紗奈の言葉を、ゆっくり受け取っていた。


選ばれないことが怖い。


それは──


「紗奈」


「言わなくていい」


紗奈は首を振った。


「今は言わなくていい。明日、文化祭があって、悠真には橘さんへの返事もある。私が今こんなこと言うのは、ずるいって分かってる」


「ずるくない」


「ずるいよ」


紗奈の声が、また少し震えた。


「ずるいけど、言わずにいられなかった。それだけ」


それだけ。


昨日と同じ言葉。

でも今日は、震えの意味が分かった。


悠真は何も言えなかった。

言葉を探して、見つからなくて、ただ紗奈の隣に立っていた。


紗奈はもう一度、写真を見た。


「きれいな写真だよ」


静かに言った。


「影が重なってるのに、見てる方向が違うところが」



帰り道、二人はいつもより遠い距離で歩いた。


話さなかった。

でも、離れなかった。


曲がり角で、紗奈が立ち止まった。


「おやすみ」


「おやすみ」


今日は、紗奈が振り返った。


一瞬だけ、悠真の顔を見た。

それから、小さく頷いて、歩いていった。


悠真はその後ろ姿が見えなくなるまで、動けなかった。


夜風が吹いて、街灯が揺れた。


選ばれないことが怖い。


その言葉の重さを、悠真はまだ、両手で持て余していた。




──明日は、文化祭。


言葉にした感情は、もう、なかったことにはできない。


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