─第5章─3話「キュートなリベンジと時限爆弾」
【城ヶ崎杏樹の受難】
本戦1回戦、舞台袖。
これから競い合う対戦相手同士が待機する薄暗いスペースで、城ヶ崎杏樹は笑顔で声をかけた。
「カナメさん、久しぶり!」
「ひっ……! お、お久しぶりですぅ……」
吉野カナメはビクリと肩を大きく震わせた。
杏樹の純真な笑顔が、今の彼女には直視できない。カナメの視線は、無意識のうちに杏樹の足元――黒いブーツへと落ちる。
一見、何の変化もない。
カナメが流し込んだ接着剤によって、その傷口は塞がれている。……今のところは。
(だ、大丈夫……。接着剤でしっかりくっつけたんだから。もし何かあっても、ちょっとバランスを崩してつまずくだけ……。大怪我なんてしないはず……!)
心の中で、必死に自分への言い訳を繰り返すカナメ。
そんな彼女のどす黒い内心など露知らず、杏樹はニカっと笑ってサムズアップをした。
「お互い、悔いのないように全力を出そうね!」
「……は、はいぃ……」
杏樹は自分の準備に戻るため、その場で軽く数回ジャンプし、足首の調子を確かめるようにブーツで床をタン、タンッ!と力強く踏み鳴らした。
その音が響くたび、カナメの心臓が早鐘を打ち、胃液が逆流しそうになる。
「先攻――吉野カナメッ!」
アナウンスと共に、カナメは自身の両頬をパンッと叩いた。
罪悪感も、恐怖も、全てを「可愛さ」の分厚い仮面の下に隠し込む。私は命雲学園1年生の星だ。ここで圧倒的な可愛さを見せつけて勝てば、またアザミ様が私を見てくれるはずだ。
「みっなさぁーーーん!!! こんにちはぁーーーー!!!!」
黄色いフリフリの衣装に身を包んだカナメが躍り出る。
ステージの光の中へ飛び出した瞬間、彼女の声は糖度100%の甘ったるいキュートなボイスへと完全に切り替わった。
流れ出すBGMは、キラキラとしたシンセサイザーが弾ける、アップテンポで王道の『電波系アイドルソング』。
あざとい。徹底的にあざとい。
ウインク、指ハート、スカートの裾をふわりと摘んでの可愛らしいステップ。
単なる「媚び」を確かな技術として昇華させた、計算し尽くされた完璧なぶりっ子パフォーマンスだ。
観客達は一瞬にしてその「キュートな仕草」に魅了され、歓声を上げる。厳格な審査員たちも、そのブレない徹底されたキャラクター作りに感心していた。
(見てなさい……! 私だって、やればできるんだからぁ!)
予選8位通過という屈辱を晴らすような、彼女の持てる武器――『あざと可愛さ』を全て使い切った、見事なステージだった。
「ありがとうございましたぁーっ♡」
大歓声と拍手に包まれながら、カナメが舞台袖へと戻ってくる。
入れ替わりに、城ヶ崎杏樹がスッと立ち上がった。
「よしっ」
彼女はしゃがみ込み、爆弾を抱えたブーツの紐をギュッと結び直し、気合を入れるように両太ももをパチンと叩いた。
この大会のために、完璧に仕上げてきた。
師匠である由比ヶ浜ケイに教わったブレない基礎、姉・莉杏から盗んだ空間支配、そして自身の最強の武器であるフィジカル。
それらを全て、この舞台でぶつけるつもりだ。
「カナメさん、お疲れ様。すっごく可愛かったよ!」
「あっ……う、うん……」
すれ違いざまに称賛の声をかける杏樹から、カナメは逃げるように目を逸らした。
「城ヶ崎杏樹、行きます!」
気合の入った声と共に、杏樹は眩い光が降り注ぐステージへと真っ直ぐに歩き出す。
その力強く踏み出される一歩一歩が、自らの足元を崩壊させる『時限爆弾』のカウントダウンであることなど、純真な超新星は知る由もなかった。




