─第5章─1話「フレッシュアイドルカップ」
朝陽ノフォールカップが終わり、9月上旬。
アイドル科の教室で、ケイの専属マネージャー・瓦幸慈は、恐る恐る、しかし目はギラギラさせながらタブレットを差し出してきた。
「えっと……ケイちゃん。怒らないで聞いてほしいんだよね」
「……何? 今度はどんなゲテモノ案件を持ってきたの?」
「違うよ! ……いや、違くはないかもだけど……これ」
画面に表示されていたのは、『全国アイドルチャンピオンシップ』のエントリー完了画面。
開催は12月。全国の高校生アイドルたちが頂点を争う、正真正銘の夢の祭典だ。
「……これ、参加資格が必要なやつでしょ?」
ケイは冷静に尋ねた。
この大会は、誰でも出られるわけではない。年間の活動実績やファン投票、獲得ポイントなどで選抜された全国上位64人しかその土俵には立てないのだ。
去年は、あの神野愛理と、命雲学園の不知火アザミが決勝で歴史に残る激闘を繰り広げたという伝説の大会である。
「うん! でもケイちゃん、資格バッチリだよ!」
瓦が自信満々に胸を張る。
「ケイちゃん、この半年で仕事選ばずに何でもやったじゃん? 昆虫食とか無人島ロケとか、地方のドサ回りとか……。そのおかげで『NGなしのガッツがある実力派』として、コアなファン層が爆発的に増えてるんだよね! 朝陽ノのトップ層としての実績も加味して、余裕のランクインだよ!」
「…………(複雑だわ)」
どうやら由比ヶ浜ケイの受難は、全国への切符という形で結実してしまったらしい。
「で、でもね! これは断ることも……いや、できないんだけど……! ケイちゃんには拒否権というか……」
瓦が早口で言い訳を並べ立てる。いつものパターンだ。ケイが「嫌だ」と言い、瓦が「もう決まったことだから」と押し切る。そうやって、日陰者は無理やり表舞台へと流されてきた。
けれど。
ケイは画面の中の「エントリー完了」の文字を見つめ、先日感じたあの「熱」を思い出した。自分の内側に確かに芽生えた、正体不明の渇望を。
「……いいわよ」
「もーケイちゃん、拒否権は……って、えぇ!?」
瓦が素っ頓狂な声を上げ、ずり落ちたメガネを慌てて押さえた。
「い、いいの!? 『なんで私が』とか『面倒くさい』とか言わないの!?」
「言わないわよ」
ケイはタブレットを返し、窓の外を見上げた。
「出るわ。……出るからには、勝つための準備をするわよ」
その決意の言葉に、瓦はポカンと口を開け、次の瞬間には感動で打ち震えながら「ケ、ケイちゃぁぁぁん!!!」と鬱陶しいほどの勢いで抱きついてきた。
暑苦しい。けれど、もう逃げるつもりはない。
由比ヶ浜ケイは、自らの意思で、全国という魔境へ挑むことを決めたのだ。
秋風が心地よい季節。12月の全国大会を前に、全国のアイドルファンが注目するもう一つの大イベントが開催される。
『フレッシュアイドルカップ』。
全国から選抜された1年生アイドル上位36名のみが出場を許される、新人たちの頂上決戦だ。
この大会のレベルは極めて高い。昨年は、当時1年生だった神野愛理と不知火アザミという二大怪物は出場しなかったものの、現在のトップランカーである御空ユミが圧倒的な実力で優勝を果たしている。
つまり、ここで勝つことは「将来のトップアイドル」への約束手形を手にするに等しい。
今年、アイドル名門校・朝陽ノ高校からは2名の1年生が選出された。
一人目は、西園寺ミリア。
子役時代からの知名度に加え、朝陽ノフォールカップで神野愛理と戦い、敗北を知って一皮むけた彼女は、優雅で気品あるパフォーマンスで着実にファンを増やしていた。「お姫様」としてのブランドを確立し、優勝候補の一角として堂々の参戦だ。
そして二人目。
今大会の主役であり、最強の台風の目。
城ヶ崎杏樹。
「超新星」。
それが、朝陽ノフォールカップで凄まじいインパクトを見せた彼女についた異名だ。
ケイ譲りの基礎力と、姉・莉杏譲りの空間支配能力。そこに自身の持つ圧倒的なフィジカルを融合させた「超新星爆発」に例えられるパフォーマンスは、見る者の度肝を抜き続けている。
さらに、彼女の人気を後押ししたのが、「仕事を選ばない」スタンスだった。
歌番組だけでなく身体を張ったバラエティや地方の営業まで全力でこなし、幅広い層の熱狂的な人気を獲得。杏樹はぶっちぎりの優勝候補筆頭と目されていた。
世間の予想は、ただ一つ。
『城ヶ崎杏樹の圧勝劇』。
「これは彼女の凱旋パレードだ」。
誰もがそう信じて疑わなかった。
しかし。
純真な彼女は知らなかったのだ。
師匠・由比ヶ浜ケイから受け継いだのが、確かな技術や仕事のスタンスだけではないということに。
『予期せぬトラブルに巻き込まれ、理不尽な壁にぶち当たる』。
そんな、由比ヶ浜ケイの『受難の星回り』までも、完璧に継承してしまっていたということに。
輝かしいスポットライトの下、城ヶ崎杏樹の新たな受難が幕を開けようとしていた。




