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─第4章─10話「絶対零度の矜持」

【由比ヶ浜ケイの受難】


ステージ上、張り詰めた空気の中で二人は対峙していた。

「神野愛理……今度こそ負けない……!」

御空ユミが、絞り出すように告げる。

あるのは、目の前の絶対王者を倒そうとする純粋な闘志のみ。


対する神野愛理は、以前のように彼女を「踏み台」として見下ろしてはいなかった。彼女は真剣な眼差しで、しかし余裕と慈愛を含んだ笑みを浮かべて応える。


「よろしくね、ユミちゃん」

何度叩きのめしても、そのたびに強くなって食らいついてくる氷の女王。愛理は御空ユミというアイドルを、倒すべき「好敵手ライバル」として確かに認めていた。


「先攻、御空ユミッ!!」

ユミがステージへ歩み出る。


彼女が選んだ曲は、いつものロックではない。重厚なストリングスとパイプオルガンが響く、荘厳な『ゴシック・シンフォニック』だ。


「――――ッ!!!」


歌い出し一発。空気が振動した。

マイクを通して放たれるのは、心臓に直接響くような圧倒的な声の圧力プレッシャー。それは聴く者の鼓膜ではなく、骨を震わせるような重低音の響きでありながら、ガラス細工のように繊細で美しい。


ダンスには、一切の媚びが含まれていない。これぞ「ごうのクール」。


バッ! ダンッ!


一つ一つの動きが力強く、彫刻のように硬質で、切れ味が鋭い。そこに笑顔はない。あるのは、凍てつくような無表情と、プロフェッショナルとして完璧を目指す求道者の顔だけだ。


ラストのロングトーン。

会場中の空気を凍結させるほどの熱量で歌い上げ、ユミは拳を握りしめたままフィニッシュした。 


どよめきが収まらない中、得点が表示される。


得点:【380点】


由比ヶ浜ケイが叩き出したハイスコアと同点。間違いなく、今のユミが出せる限界値だ。

だが、ユミは唇を噛み締め、悔しそうに顔を歪めた。


(……届かない)


彼女は悟ってしまった。380点。素晴らしい点数だ。しかし、これから出てくる神野愛理は間違いなくこれを超えてくる。


それでも、ユミの表情はどこか清々しかった。

彼女は愛理のミスなど願っていない。愛理が転べば勝てるかもしれない。歌詞を間違えれば勝てるかもしれない。だが、そんな勝利に価値はない。


最高のパフォーマンスをする「ビッグバン」を、正面から実力でねじ伏せたい。だからこそ、彼女は胸を張って堂々と舞台袖へと戻った。



入れ替わりに、王者が動く。

現れた神野愛理は、眩いばかりの黄金とオレンジの衣装に身を包んでいた。スポットライトが当たる前から、彼女自身が発光しているかのような存在感。


「後攻、神野愛理ッ!!」

名前が呼ばれた瞬間、世界の色が変わった。

ステージ中央に立つ神野愛理。彼女が右手を天に突き上げると、ドラムのフィルインと共に、会場全体が震えるような爆音が弾けた。


「さあ、新しい世界の始まりだよっ!!」


曲は、王道を極めたアップテンポなアイドル・ポップ。だが、そのスケールが異常だった。

音圧も凄まじいが、それを軽々と凌駕する愛理の圧倒的な声量。歌詞の一言一句が、光の粒子となって観客に降り注ぐ。


ユミが作った「凍てつく氷の世界」は、一瞬で蒸発した。それどころか、会場の天井が吹き飛び、ここが宇宙空間の中心になったかのような錯覚すら覚える。


ステップを踏むたびに、ステージから火花が散る。


ターンをするたびに、重力が彼女を中心に再構成される。


技術スキル、表現力。

そんなちっぽけな物差しでは測れない。彼女が笑えばそこが楽園になり、彼女が歌えばそれが法律になる。


圧倒的な「陽の暴力」。


そして、ラストサビ直前。

愛理はマイクを両手で握りしめ、一度だけ深く屈んだ。凝縮されたエネルギー。

全観客が息を呑み、次の瞬間を待つ。


ドッゴォォォォン!!!!


彼女が跳ねた瞬間、視界が白く染まった。


『ビッグバン』。


爆発的なポジティブ・エネルギーが衝撃波となって会場を飲み込む。悩みも、苦しみも、すべてを光の彼方へ消し飛ばし、ただ「楽しい」という感情だけを脳髄に焼き付ける。誰もが理性を失い、拳を突き上げ、彼女の名を叫んでいた。


これが、高校生最強アイドル。神野愛理という「現象」。


曲が終わり、光が収束していく。

肩で息をすることもなく、愛理はキラキラと輝く汗を拭い、満面の笑みでピースサインをした。

モニターに得点が表示される。


得点:【388点】


予選、388点。準決勝、388点。

1ミリのブレもない、完全なるアベレージ。調子の波など存在しない。いつ、どんな時でも、誰が相手でも、彼女は最強であり続ける。


「ありがとうございましたっ!」


元気よく挨拶をして去っていく背中。それを見送る敗者・御空ユミの表情は、悔しさよりも、あまりに眩しいものを見たときのような、憑き物が落ちたような清々しい顔をしていた。


こうして、長い一日の最後を飾る対戦カードが決まった。


城ヶ崎 莉杏(388点)

神野 愛理(388点) 


頂上決戦が今、始まろうとしていた。

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