─第4章─9話「白銀の姉妹」
【由比ヶ浜ケイの受難】
ステージで、白銀の髪を持つ姉妹は固い握手を交わした。
そして、二人はそれぞれの舞台袖へと消えていく。
『先攻、城ヶ崎莉杏』
アナウンスと共に、城ヶ崎莉杏がステージ中央に現れた。
照明が落ち、青白く、まるで人魂のような光が彼女を照らし出す。
音楽が鳴り始めた瞬間、観客たちの平衡感覚が狂った。コンサートホールの空間が、グニャリと歪んだように見えたのだ。
「…………」
莉杏が舞う。
関節の可動域や重力を無視したような、軟体動物的で、それでいて美しい動き。
怪奇的で、幻想的。生気を感じさせないその姿は、生きている人間というより、今にも観客全員に取り憑こうとする美しい怨霊のようだ。
背筋が凍るような冷たさが会場を支配する。これこそが、彼女の代名詞「幽玄の悪夢」。
だが、今日の莉杏はそれだけではなかった。
ぬらりとした動きの中に、鋭い「キレ」が加わっていたのだ。
覚醒した妹・杏樹を「喰らう」という明確な意思が、美霊の動きに『狂気の攻撃力』をもたらしていた。
予測不能なメロディを、寸分の狂いもなく歌い上げる。その歌声は、聴く者の脳髄を直接撫でるように甘く、そして恐ろしい。
曲のラスト。
莉杏は客席を見渡し、口元をゆっくりと歪めた。
それは不気味さを通り越し、幻想的で神々しい笑みだった。死の淵に立つ女神のような、絶対的な美。
音もなく暗転。
会場は恐怖と感動で、しばらく誰も息ができなかった。
静寂を破り、モニターに得点が表示される。
得点:【388点】
会場がどよめいた。あの絶対王者・神野愛理と同点。
莉杏は満足げに、しかし一切の愛想を振りまくことなく、ゆらりと舞台裏へ消えた。
「…………」
舞台袖。
388点という絶望的な数字を見せつけられた城ヶ崎杏樹。
しかし、彼女の瞳に絶望の色は微塵もなかった。むしろ、強大なボスを前にした勇者のように、静かに、そして熱く燃えていた。
「よし……!」
短く呟き、彼女はステージへと歩き出す。
その背中で、「秘策」の巨大なマントが翻る。
『後攻、城ヶ崎杏樹ッ!!』
MCの熱を帯びたコールと共に登場した城ヶ崎杏樹。
その姿は、露出度の高い攻撃的な黒い衣装の上に、銀河の星々を散りばめたような美しく巨大なマントを羽織った、由比ヶ浜ケイを倒した『スーパーノヴァ』の出で立ちだ。
杏樹はステージ中央で足を止めた。
いつものようにマイクを真横に突き出す構え。そして、不敵な笑み。
ズゥゥゥン……!!
重低音が響き渡る。パイプオルガンと激しいビートが融合した、壮大で荘厳なシンフォニック・メタル。
杏樹が歌い出す。
その声は、深海から響くような重みと、天に届くような透明感を併せ持つ「セイレーン」の響き。
由比ヶ浜ケイが徹底的に叩き込んだ「洗練された基礎」を土台に、一瞬の静寂から、姉の「空間を歪ませる動き」へと見事に移行していく。
バサァッ!!
マントが空気を孕んで大きく広がり、彼女の身体を実際のサイズ以上に大きく、強大に見せる。
──再び、一瞬の静寂。
サビのクライマックス。
軽やかなローキックから、その勢いのままハイキックで宙を舞う。遠心力でマントが円盤のように広がり、照明の光を反射してキラキラと輝く。
そして、飛び前転で豪快かつ美しくアクロバットを決める。
勢いを一切殺さず、そのまま前方宙返り(フロントフリップ)。
ダンッ!!
着地と同時に深くしゃがみ込み、エネルギーを極限まで凝縮させる「タメ」を作る。
全観客が息を呑んだ、その瞬間。
バサァァァァッ!!!!
杏樹は爆発するように立ち上がり、両腕を広げ、背中の銀河のマントを最大まで展開した。
暗闇の中で、一点の光が急激に膨張し、宇宙を飲み込む瞬間。
『超新星爆発』。
恒星の誕生を彷彿とさせる、壮大で幻想的で、圧倒的な生命力に溢れたパフォーマンス。
会場が、割れんばかりの拍手喝采に包まれた。
曲が終わり、静寂が戻る。
「ありがとうございましたーーー!!!!」
杏樹は全身の力を抜き、いつもの自然で可愛らしい一礼をした。
ほどなくして、ステージに並び立った2人はモニターを見上げる。
姉の点数は、388点。表示された数字は――。
得点:【386点】
「あぁ〜〜〜!!」
会場から、ため息と賞賛が入り混じった声が上がる。
1回戦より点数はアップしたが、姉の背中にはわずかに届かなかった。
杏樹は一瞬だけ悔しそうに顔を歪めたが、すぐにパッと明るい笑みを浮かべた。
「みんなありがとーーー!!!」
ブンブンと両手を振り、持ち前のファンサービスをしながら舞台袖へと引いていく。
全力を出し切った、実に清々しい引き際だった。
舞台袖。
戻ってきた杏樹を、莉杏が腕を組んで迎えた。
「………約束した……『次は負けない』………」
莉杏がニヤリと笑う。
それは、家でお菓子を食べながら交わした些細な、けれど重大な会話。
杏樹は「はぁ……」と、さすがはお姉ちゃんと言わんばかりの小さなため息をついた。
けれど、すぐに顔を上げ、姉に向かってニッと笑った。
「次は絶対に負けないよ!」
姉と妹。
二人の怪物は拳を合わせ、互いの健闘を心から称え合ったのだった。




