─第4章─8話「絶対零度と太陽」
【由比ヶ浜ケイの受難】
準決勝の椅子をかけた戦い。
御空ユミ vs 川那部ナツメ。
舞台裏で出番を待機する二人の間には、独特の張り詰めた緊張感が漂っていた。
「いやー! 予選はホンマ災難やったわ!!」
ナツメがオレンジ色の髪をくしゃくしゃとかき回しながら、豪快に笑った。
彼女はAブロック予選で、あの城ヶ崎杏樹の直後にパフォーマンスをするという不運に見舞われたのだ。完全に焦土と化した焼け野原の後にステージに立ち、空気を元に戻した彼女の苦労は計り知れない。
「ナツメ先輩……」
御空が静かに声をかける。
「ん? どした?」
「負けません……良い勝負をしましょう」
御空の瞳には、並々ならぬ決意が宿っていた。
彼女にとってナツメは、単なる先輩ではない。
夏のユニット対決――『神野愛理&川那部ナツメ』vs『城ヶ崎莉杏&御空ユミ』。
結果は、太陽コンビ(愛理&ナツメ)の圧勝だった。個人の実力もさることながら、愛理という絶対的存在の隣で決して霞むことなく輝き続けたナツメの「個の強さ」に、御空はひどく煮え湯を飲まされたのだ。
「……せやね」
ナツメの表情から、ヘラヘラした笑みがスッと消えた。
彼女もまた、その因縁を忘れてはいない。
「こないだのユニット勝負では横に愛理がおったけど、今回は誤魔化し効かんもんなぁ」
1対1(タイマン)。
誰のせいにもできない、言い訳のきかない「個の実力」のぶつかり合い。
ナツメは、いつも閉じている糸目をわずかに開いた。その隙間から、歴戦の強者としての鋭い光が漏れる。
「負けへんで」
「……望むところです」
バチッ、と火花が散った。
太陽と氷。正反対の属性を持つ二人が、決戦のステージへと向かう。
「先攻、御空ユミッ!!」
御空がステージに立つ。
彼女が選んだのは、予選で見せた「剛のクール」をさらに攻撃的に、そして重厚にしたナンバー。
「――――ッ!!!」
歌い出しと共に、会場の気温が一気に下がる錯覚に陥る。
だが、それはただ冷たいだけではない。触れれば一瞬で火傷するような『絶対零度の熱量』だ。
すさまじい音圧で空気をビリビリと震わせ、鋭い刃のようなダンスで空間を切り裂いていく。予選以上の圧倒的な爆発力。
かつての敗北を糧に、彼女は「御空ユミ」という唯一無二の絶対的な存在へと昇華しようとしていた。
結果:【377点】。
予選(355点)から、実に20点以上の上乗せ。
ナツメへの雪辱を果たすには十分すぎる、鬼気迫るハイスコアが叩き出された。
「後攻、川那部ナツメッ!!」
とてつもないプレッシャーのかかる後攻。だが、ナツメはニカッと太陽のように笑ってステージへ飛び出した。
「よろしくなーーー!!!!」
彼女が叫んだ瞬間、コンサートホールの照明がパァァァと一段明るく輝いた気がした。
理屈ではない。彼女の存在そのものが強烈な光源なのだ。
流れるのは、アップテンポでダンサブルな曲。
動きは派手でダイナミック。しかし、その一つ一つは驚くほど丁寧に洗練されている。
ただの元気印ではない。確かな基礎に裏打ちされた高度な技術と、長年トップ層で戦い抜いてきた圧倒的な経験値。
観客を自らのペースに巻き込み、御空が作り上げた分厚い氷の世界を、心地よい夏の陽射しへと一瞬で変えていく。
これこそが、朝陽ノ高校が誇る『太陽』。
結果:【371点】。
素晴らしいパフォーマンスだった。
だが、今回ばかりは御空の「執念」と「爆発力」が、わずかに上回った。
その差、わずか6点。
実力は完全に伯仲。しかし、勝負の女神は氷の女王に微笑んだのだ。
「……あーあ、負けたかぁ!」
結果を見たナツメは、悔しそうに、けれど清々しい笑顔で天を仰いだ。
そして、御空の背中をバシン! と遠慮なく叩いた。
「ええ勝負やった! 目いっぱい愛理にリベンジしてこい!」
「……っ、はい。ありがとうございます」
背中の痛みに少し顔をしかめながらも、御空はナツメを真っ直ぐ見据え、力強く応えた。
そして、別ブロックで行われた最後の1回戦。
結果:【385点】。
予選と同点の圧倒的なスコアを叩き出し、神域の幽霊・城ヶ崎莉杏が実力者・東城葵を下し、順当に準決勝進出を決めていた。
こうして、朝陽ノフォールカップ・ベスト4(準決勝)のカードが完全に出揃った。
【朝陽ノフォールカップ 準決勝】
第1試合:城ヶ崎杏樹 vs 城ヶ崎莉杏
第2試合:神野愛理 vs 御空ユミ




