─第4章─6話「スーパーノヴァ」
【由比ヶ浜ケイの受難】
「……やっぱり凄い………」
城ヶ崎杏樹は魅入っていた。
由比ヶ浜ケイの作り出す、幻想的で、息を呑むほど壮大な空間。
──だが。
自分の目の前に立ちはだかった『巨大な壁』に対して、杏樹の胸に『何か』が湧き上がる。
恐怖ではない。緊張でもない。もっと前向きで、熱い何か。
城ヶ崎杏樹は自ら用意した『秘策』を身にまとい、燃えるような瞳でステージを見据えた。
「……ふぅ」
パフォーマンスを終え、舞台袖に引いた由比ヶ浜ケイは目を瞑り、深く息をつく。
そして、前を向いた次の瞬間。
「──な……!?」
目に飛び込んできた光景に、ケイは絶句した。
そこには、あの露出度の高い攻撃的な衣装の上に、銀河のように煌めく『重量感のある大きなマント』を羽織った城ヶ崎杏樹の姿があった。
「……ケイさん、流石です」
「……杏樹、それは?」
ケイの問いに、杏樹はニッと自信に満ちた笑みを浮かべる。
「秘策です! 客観的に自分のパフォーマンスを見直して……圧倒的に足りなかった『華』を追加した、わたしの進化形です!」
(まさか、そんな重いものを背負ってあのアクロバットをやる気……?)
ケイは驚愕した。
だが、すぐに平静を取り繕い、真っ直ぐな瞳を向けてくる後輩に尋ねる。
「……ねぇ、私のステージはどうだった?」
「凄かったです……! やっぱりケイさんは、わたしの最高の師匠です!」
そこにいたのは、無邪気な一人の「弟子」。
その言葉を聞いたケイは、フッと優しく微笑んだ。そして、再び問う。
「でも、負ける気はないんでしょ?」
「はいッ!」
杏樹は力強く答えた。
それは一人のライバルとしての、堂々たる宣戦布告であった。
「後攻、城ヶ崎杏樹ッ!!」
響き渡るMCのコールと共に、城ヶ崎杏樹はステージへと歩みを進める。
その背中は、もはや姉を追っていた『妹』ではない。
頂点を見据え、王者を喰わんとする『挑戦者』のものだった。
「みなさぁーーーん! よろしくお願いしまーーーす!!!」
可愛らしく透き通る声が会場中に響き渡る。
そして、スッと仁王立ちになり、マイクを体の横に突き出すおなじみの構えに入って目を閉じた。
白い照明が、彼女を照らし出す。
いつもの構えからの、不敵な笑み。
直後、重低音が響き渡る。
だが、『ディスコ・ファンク』ではない。
パイプオルガンと激しいビートが融合した、重厚なる『シンフォニック・メタル』だ。
杏樹が歌い出す。
深海から響くような重みと、天に届くような透明感を併せ持つ『セイレーン』の如き歌声。歌詞は『わたしが最強である』と高らかに宣言する、絶対強者の言葉。
そして、杏樹の動きは、かつて由比ヶ浜ケイに徹底的に叩き込まれた『洗練された基礎』そのものだった。
それが、全くブレない体幹、凄まじいキレ、圧倒的なパワーを持って出力されている。
──一瞬の静寂。
直後、空間を捻じ曲げるように手脚がしなやかに動く。
美霊・城ヶ崎莉杏の『幽玄の悪夢』をベースにした舞。
それは、洗練された基礎との極端な緩急によって、凄まじい視覚効果を生み出していた。
煌めくマントが翻るたび、城ヶ崎杏樹という存在がより強大に、より美しく魅せられていく。
──再び、一瞬の静寂。
(………来る!)
舞台袖で見守るケイは、思わず身構えた。
重量感のあるマントをものともせず、杏樹は高く跳躍し、前宙で宙を舞った。
白い照明によって光り輝くマントが軌跡を描き、彼女を『流星』のように魅せる。
着地した直後、間髪入れずにバク宙。
その勢いのまま一瞬深くしゃがみ込んでタメを作り、一気に立ち上がる。
バサァッ!!!
同時に、銀河のマントを大きく広げた。
それはまるで恒星の誕生――『超新星爆発』を彷彿とさせる、壮大で、幻想的で、生命力に溢れた究極のパフォーマンス。
会場は、割れんばかりの拍手喝采に包まれた。
「ありがとうございましたーーー!!!!」
先ほどの絶対強者のオーラから一転して、可愛らしい透き通る声で一礼する杏樹。
ほどなくして由比ヶ浜ケイがステージに上がり、並び立つ二人の結果がメインモニターに表示される。
城ヶ崎 杏樹【382点】
「……や、やったーーー!!!!!」
ガッツポーズで無邪気に飛び跳ねて喜ぶ杏樹。
由比ヶ浜ケイの380点を、わずか2点上回った。
そんな弟子の姿を見て、ケイは静かに微笑んだ。
「……ナイスパフォーマンスだったわ、杏樹」
「ケイさんこそ! 本当にギリギリでした!」
二人は固い握手を交わし、歓声の中、並んで舞台袖へと引いていった。
「……………」
やがて、舞台袖の暗がりで一人になったケイ。
歓喜に沸く表舞台とは裏腹に、彼女の表情はどこか曇っていた。
――悔しい。
全力を尽くして臨み、そして散った。
それ以上でも以下でもない結果に、胸の奥に鉛のような大きな虚しさが広がっていくのを覚えた。
最初から負けるつもりなどなかった。本気で勝ちにいったのだ。
これが、アイドル・由比ヶ浜ケイが味わった『初めての挫折』だった。




