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─第4章─5話「巨大な壁」

【由比ヶ浜ケイの受難】


「1回戦の相手は知っての通り、予選で圧倒的なスコアを叩き出した杏樹ちゃんだけど……ケイちゃん、選曲は?」


本戦トーナメント開始直前。控え室で、マネージャーの瓦幸慈が真剣な表情で尋ねる。


「フルスロットル全開……『勝負曲』で行くわ」


由比ヶ浜ケイは、迷うことなく力強く答えた。

出し惜しみは一切しない。それは、目の前に立ちはだかるライバル・城ヶ崎杏樹への最大のリスペクトだった。


いよいよ幕を開けた決勝トーナメント。


今大会の審査員席には、観客ではなく、かつて一世を風靡した伝説の元アイドルたちがズラリと顔を揃えていた。


坂本さかもとみやび(51)

一見すると物腰柔らかな淑女だが、現役時代は「表情一つ変えずに完璧なパフォーマンスをする」クール系の頂点。その優しい笑顔の裏には、由比ヶ浜ケイにも基礎を叩き込んだ絶対零度の審美眼が光る。


日野ひのメイ(51)

真っ赤なメッシュを入れたショートヘアに、スポーティな衣装を着崩したワイルドな美女。情熱的でアグレッシブなスタイルで一時代を築いた、川那部ナツメの系統の『元祖』とも言える存在。


八坂やさかみい子(41)

40代とは到底思えないほど若々しいファッションに身を包む「永遠のお姉さん」にして「永遠のアイドル」。吉野カナメのような可愛い系・王道アイドルたちが束になってもひれ伏す、愛嬌のバケモノ。


万葉まんようキリコ(31)

目の下まで前髪を伸ばした黒髪ロングに、青白い肌、そして喪服のような黒いドレス。城ヶ崎莉杏に通じる「怪奇系・神秘系」であり、独特のダークな世界観でカルト的な人気を誇ったカリスマ。


伝説たちが、鋭い眼光でステージを見つめている。


「第1試合。……予選上位者の城ヶ崎杏樹、先攻後攻の選択を」


厳格なアナウンスが響く中、杏樹は真っ直ぐにケイの目を見て宣言した。

「後攻でお願いします!」

2人は無言で固い握手を交わしたのち、それぞれの舞台袖へと引いていく。


「………」


舞台袖の暗がりで目を閉じ、静かに集中を高めるケイ。


負けたくない。


否定し続けてきたはずの、しかし確かに心の中に芽生えた『アイドルとしての小さなプライド』が、今の彼女を強く突き動かしている。


「先攻・由比ヶ浜ケイッ!!」

アナウンスと共に、由比ヶ浜ケイは静かにステージの中央へと歩み出た。


ジャァァァンッ……!!


ステージが、深海のような青く幻想的な照明に照らされる。


流れ出したのは、BPM190という超高速テンポで転調を繰り返す、極めて難易度の高いメロディ。


ケイは弾かれたように舞い始めた。

『柔』と『剛』。

相反する二つの要素を、極限まで磨き上げた「基礎」の力で完璧に縫い合わせ、高速ビートの上で見事に乗りこなしていく。


透き通るような冷たい歌声で、目の前にそびえ立つ壁を乗り越えんとする強い意志を歌い上げる。

理詰めで計算し尽くされた、一糸乱れぬ動き。


由比ヶ浜ケイの「全力」は会場の空気を、一瞬にして完全なる『ケイのフィールド』へと塗り替えてしまった。


そして、激しい曲の終了と共に。

ずっと表情を崩さなかった「笑わないアイドル」が、最後の一瞬だけ、まるで女神のように優しく、儚い微笑みを客席へと向けた。


その完璧なギャップに、会場が大きく揺れる。

それはまさに、寒空に凛と輝く一等星

――『冴ゆる星』。


あの夏のチャンピオン・由比ヶ浜ケイを彷彿とさせる圧倒的なパフォーマンスに、会場は割れんばかりの大歓声に包まれた。


「……ふぅ」


拍手喝采の中、舞台裏へと下がり、人目のつかない暗がりへと駆け込んだ瞬間。ケイは壁に手をつき、肺の中の空気をすべて吐き出すように深くため息をついた。


モニターに表示された点数は【380点】


予選の351点から大幅にスコアを伸ばし、予選トップの愛理(388点)や莉杏(385点)の「神の領域」に肉薄する、驚異的なハイスコアだった。


会場は完全に、ケイが作り出した幻想的で張り詰めた空気に支配されている。


由比ヶ浜ケイは己の全力を以て、弟子である杏樹の前に「超えるべき巨大な壁」として立ちはだかったのだった。

いつもお読み頂きありがとうございます!!

ついに評価ポイントが100を超えました!!!嬉しい!!!

今後とも由比ヶ浜ケイの受難をよろしくお願い致します!


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