─第4章─4話「アイドルとして」
【由比ヶ浜ケイの受難】
夕暮れの帰り道。
由比ヶ浜ケイと神野愛理は並んで歩いていた。
ケイの足取りは重い。
発表された決勝トーナメントの組み合わせが、あまりに絶望的だったからだ。
トーナメントは、各ブロックの上位と下位がたすき掛けで当たる仕組み(シード制)になっている。
つまり、Bブロック4位通過であるケイの初戦の対戦相手は――Aブロック1位、城ヶ崎杏樹。
「……はぁ」
ケイは深く、深くため息をついた。
勝てるわけがない。今日の杏樹のスコアは378点。対するケイは351点。約30点近い差。点数だけ見れば、圧倒的に負けている。
「……まあ、いいか。相手はあのスコアを叩き出した杏樹だもの。私が負けても誰も文句は言わないし、恥もかかないわ」
むしろ、「師匠として弟子の成長を喜んで散る」という美しいシナリオすら描ける。
普段のケイなら、この安堵の展開に胸を撫で下ろしているはずだ。
早く負けて平穏を取り戻す。それが彼女の至上命題のはずだ。
──なのに。
心につかえた『何か』がある。鉛のように重く、熱い何かが。
「……ケイちゃん、嘘つき」
隣を歩く愛理が、ふと足を止めた。
夕焼けに照らされた神野愛理はケイの顔を正面から覗き込み、悪戯っぽく、しかし優しく笑った。
「ケイちゃん、本当は負けたくないでしょ」
「……は? 何言ってるの。相手はあの杏樹よ? 負けて当然じゃない……」
「口ではそう言ってるけど、顔がすっごく悔しがってるよ」
愛理はケイの誤魔化しをあっさりと遮った。
「ケイちゃんはさ、文化祭で無理やりステージに引きずり出されてアイドルやらされて、恥かかされた仕返しで、このあたしを倒すぐらいだもん」
「ッ……」
ケイの脳裏に、あの日の記憶が蘇る。
ただの『日陰の文学少女』だった自分。怪我をした愛理の代役として、有無を言わさずステージに引きずり出された文化祭。
スポットライトの暴力的な眩しさ。晒し者にされたという恥辱。
心の中で「やりたくない」と叫びながら、それでも彼女は――その屈辱をバネに、理詰めと執念でこの最強アイドル・神野愛理に一矢報いたのだ。
「ケイちゃん、あの時と同じ顔してる!」
ケイは言葉を失った。
そうだ。
彼女が感じているこの胸のモヤモヤは、単純な「弟子に負ける悔しさ」ではない。
「勝てるわけがない」と最初から諦めようとしている自分への苛立ちだ。
自分は「アイドル・由比ヶ浜ケイ」を演じているだけの一般人だ。
本心では、こんなキラキラした世界なんて否定したい。
なのに、心の奥底に住み着いた『アイドルの由比ヶ浜ケイ』が、内側から激しく叫んでいるのだ。
『ここで無様に負けるのか?』
『理詰めで勝つんじゃなかったのか?』
『お前は、あの神野愛理を倒したアイドルだぞ』、と。
否定したいはずの「アイドルとしてのプライド」。
それが今、彼女を強く突き動かそうとしている。
「……性格悪いわね、愛理さん」
「えへへ、知ってる!」
ケイは小さく、しかし不敵に笑った。
どうやら、綺麗に負けて終わるという選択肢は、彼女自身が許してくれそうにない。
【朝陽ノフォールカップ・決勝トーナメント組み合わせ】
■ 左の山(Aブロック)
城ヶ崎 杏樹(A1位) vs 由比ヶ浜 ケイ(B4位)
城ヶ崎 莉杏(B2位) vs 東城 葵(A3位)
■ 右の山(Bブロック)
神野 愛理(B1位) vs 西園寺 ミリア(A4位)
川那部 ナツメ(A2位) vs 御空 ユミ(B3位)
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