─第3章─最終話「冴ゆる星の追憶」
【由比ヶ浜ケイの受難】
「………すごい……」
城ヶ崎杏樹は、完全に圧倒されていた。
『神の領域』とも形容される愛理とアザミのパフォーマンスを目の当たりにし、一人の新人アイドルとして純粋に目を輝かせていた。
──そして、同時にこう強く思った。
(わたしも……あの領域に踏み込みたい……!)
交流戦から数時間後。
愛知遠征の宿舎となった旅館の大浴場で、ケイたちは長旅と激闘の疲れを癒やすべく、のんびりと温泉に浸かっていた。
「……ケイさん」
「ん? どうしたの杏樹」
湯けむりの中、肩までお湯に浸かった杏樹が、ケイの隣にすり寄ってくる。
「ケイさんは、あの神野愛理さんを倒したんですよね? ツインスターカップの映像、わたしも見ました! 一体どうやって、あの人間離れしたパフォーマンスを発揮できたんですか?」
杏樹が目を輝かせながら、真剣な顔で尋ねてくる。
BPM200の超高速シンフォニック・アートコアを完璧に乗りこなした、『あの大会』の決勝戦についてだ。
「……あぁ。あの時は無我夢中だったから……たまたまよ」
ケイは、どこか遠い目をして答えた。
「今あの曲をやれって言われても、たぶん酸欠を起こすわ、脚がもつれるわで大変な事になると思う。成功したのが奇跡って感じだわ」
「へぇ……」
杏樹は少し不思議そうな顔をする。論理と計算で動くケイから、「奇跡」や「たまたま」という言葉が出たのが意外だったのかもしれない。
「いやぁ、あの時のケイちゃんは凄かったよねぇ〜」
少し離れたところにいた神野愛理が、チャポチャポと湯をかき分けて近づいてきた。
「気迫といいキレといい、今まであたしが見た中で、あれ以上のパフォーマンスをしたアイドルはいないもん。まさに伝説!!」
ニカッと笑い、惜しげもなく親指を立ててサムズアップをする愛理。
「やめてよ愛理さん、恥ずかしい……」
かつての絶対王者に直接ベタ褒めされ、ケイは照れくさそうに顔を赤らめて目を背けた。頬が赤いのは、決して温泉の熱さのせいだけではないだろう。
そんな二人に、杏樹はさらに熱を帯びた声で質問を投げかける。
「あの、どうしたらお二人のようなパフォーマンスができるようになるでしょうか……!」
愛理は「うーん」とお湯の中でしばらく考え込んだあと、ふと真面目な顔になって答えた。
「……杏樹ちゃんは、自分のステージを後から見返したりする?」
「え? いえ……あんまりしませんけど」
「やっぱり、パフォーマンスって『ファンを楽しませてなんぼ』でしょ? だったら、客観的に自分を見るってのはすごく大事だと思うよ!」
よほど目から鱗だったのか。
愛理のそのトップアイドルとしての金言に、杏樹はパァッと表情を明るくし、「なるほど!」と声を上げた。
愛理に続いて、ケイも口を開く。
「……私は、やっぱり基礎が大事だと思うわ。杏樹のパフォーマンスは確かに派手だけど、もう少し基礎的な動きを取り入れて、全体的に落ち着きや緩急を与えるのも大事だと思う」
「確かに、目先のインパクトばかり気にしてたかも……」
杏樹は深く考え込む。
そしてパッと顔を上げ、ニコッと笑った。
「ありがとうございます、勉強になりました!」
そんな無邪気な顔の弟子を見て、由比ヶ浜ケイは静かに微笑んだ。
温泉から上がった一行は、部屋に集まってトランプで遊んでいた。
「はい、あがり」
「ケイちゃんババ抜き強っ……これで3回連続1抜けじゃん」
「次ドベのやつはジュース奢りやからな!」
トランプの束を置いたケイの横で、愛理が呆れ、ナツメが楽しそうに場を煽る。
残されたのは、ユミと杏樹の2人。
「城ヶ崎杏樹。よく選びなよ、ここ重要な場面だから」
「うぅ……御空さん、ポーカーフェイス……」
氷のように表情を崩さないユミの差し出した2枚のカードを前に、杏樹は冷や汗を流しながら唸っていた。
こうして、波乱に満ちた一泊二日の愛知遠征は、賑やかな笑い声と共に幕を閉じるのであった。
第3章完です!
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