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─第3章─17話「女王VSビッグバン」

【由比ヶ浜ケイの受難】


体育館の空気が、これまでとは比較にならないほど張り詰める。

ここまで繰り広げられてきた実力派たちの高レベルな勝負すら、この二人の前では前座に過ぎなかったのかもしれない。

神野愛理 vs 不知火アザミ。

因縁の二人が、ステージの中央で対峙する。

言葉はいらない。視線が交錯した瞬間、そこに物理的な火花が散ったのが見えた気がした。


「第五試合。……先攻、不知火アザミ」

不知火アザミが、真っ赤な唇を歪めて不敵に笑う。

彼女がゆっくりとマイクを構えた瞬間、体育館の温度が確実に数度下がった。



曲が始まる。重厚なストリングスと激しいビートが絡み合う、壮大で威圧的な『シンフォニック・ロック』。

アザミが動き出す。

その一歩目だけで、審査席のケイは呼吸を忘れた。


180センチの長身から繰り出されるダンスはダイナミックでありながら、指の関節一つに至るまで完璧に制御されている。長い手足が描く軌跡は、それだけで冷たい芸術品のように美しい。

だが、美しいだけではない。恐ろしいのだ。

彼女の視線は、常に観客(審査員たち)を冷徹に見下ろしている。 


ひざまずけ」「崇めよ」と無言で強要してくるような、絶対的な支配者の目。

全ステータスカンスト。その言葉に嘘はない。

歌唱力、ダンス、表現力、オーラ。全てが頂点で完結していた。


(……息が、詰まる)

完璧すぎるパフォーマンスは、時として暴力になる。

彼女がステージを闊歩するたび、ケイたちがいる空間が圧縮され、圧殺されていくような感覚に陥る。

これはライブではない。絶対女王による一方的な蹂躙じゅうりんだ。


曲が終わり、アザミは汗ひとつかかず、冷酷な笑みを浮かべて愛理を見下ろした。

拍手すら起きない。全員がその威圧感に完全に呑まれていた。

重苦しい沈黙が支配する体育館。

だが、ただ一人、その重圧をものともしない存在がいた。


「……へぇ。やっぱりすごいね、アザミは」

神野愛理は、底抜けに楽しそうに笑っていた。

アザミが作り出した「完璧な絶望」を前にして、彼女の瞳はますます太陽のような輝きを増している。


「後攻、神野愛理」

愛理がステージ中央に立つ。

彼女が息を吸い込んだ瞬間、アザミが支配していた重い空気が、ピリリと震えた。

曲が始まる。


弾けるようなイントロ。先ほどまでの重厚な世界観を吹き飛ばすかのような、底抜けに明るい『王道アップテンポ・ポップス』。


「行くよっ!!!」

愛理が叫び、跳躍する。

その瞬間。体育館が、爆発した。


視界が真っ白になるほどの光――「オーラ」という名の圧倒的な閃光が、彼女の身体からほとばしったのだ。

アザミが「完璧な技術による支配」なら、愛理は「理屈を超えたエネルギーの奔流」。

彼女が笑えば、世界が鮮やかな色を取り戻す。彼女が歌えば、どんなに重苦しい空気も一瞬で蒸発して消え去る。


テクニックはもちろん完璧だ。

だが、そんな冷静な分析すら無意味になるほど、彼女のパフォーマンスは「楽しい!」という純粋な感情の塊となって、見る者の心臓を直接鷲掴みにしていく。


『――――♪!!!』


サビのハイトーンボイスが天井を突き抜ける。

それは、直視できないほどの『ビッグバン』。

ケイたちはただ、その圧倒的な「陽」の暴力に晒され、思考を停止して魅入るしかなかった。

アザミが作り上げた氷の絶対王城は、太陽の熱量によって跡形もなく溶かされていた。


曲が終わる。

愛理は肩で息をしながらも、今日一番の、最高の笑顔でピースサインを決めた。

不知火アザミは、悔しそうに唇を噛み、しかしフンと鼻を鳴らして愛理から視線を逸らした。

「……相変わらず、デタラメな女ね」

「あはは、最高の褒め言葉だよ!」


勝敗のアナウンスはない。だが、その場の空気は雄弁に語っていた。

技術は互角。しかし、この場を支配し、全員の心を奪ったのはどちらか。

怪物たちの狂宴。朝陽ノ高校と命雲学園による交流戦のパフォーマンス対決は、こうして堂々たる幕を閉じた。

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