─第3章─15話「陽と静寂」
【由比ヶ浜ケイの受難】
「じゃあ次、ワタシ行きマース!!」
体育館の天井を突き抜けるほどの大きな声で、命雲学園No.3のローズが元気よく挙手して宣言した。
その圧倒的な陽のオーラに気圧されつつも、由比ヶ浜ケイは小さく手を挙げる。
「あ、じゃあ朝陽ノからは、私が……」
「オー! ケイちゃん来てくれるデスカ!? ベリベリ嬉シ〜!!」
「あはは……」
勢いよく距離を詰めてくるローズに対し、ケイは引きつった愛想笑いを浮かべるしかなかった。
「第三試合。……先攻、ローズ」
瀬谷のコールと共に、フリンジのついたデニムジャケットにホットパンツという、カウガール風のアメリカンな出で立ちのローズが颯爽とステージ中央に躍り出た。
パーーーンッ!!
弾けるようなブラスバンドの音と、四つ打ちの強烈なビートが鳴り響く。
選ばれた楽曲は、カントリー・ミュージックと最先端のダンスビートを融合させた『エレクトロ・カントリー・ポップ』。
底抜けに明るく、ノリノリでハイテンションな楽曲だ。
ローズの技術は、まさしく「本物」だった。
長い手足を使った大振りで楽しげな振り付けでありながら、その動きの端々には誤魔化しのない確かな『キレ』がある。
満面の笑顔を一切崩さず、じゃじゃ馬のような激しいビートを完璧なリズム感で乗りこなしていく。
さらに、体育館の壁をビリビリと震わせるほどパワフルで突き抜けるような歌声は、審査員しかいない少人数の空間すら、一瞬にして真夏の野外フェス会場に変えてしまうほどの『熱』を持っていた。
「アリガトーーー!!」
豪快で華麗なターンからフィニッシュポーズを決め、投げキッスと共にローズが舞台裏へと引いていく。
(……凄……)
舞台袖で出番を待つケイは、思わずそのステージに魅入ってしまった。
ただ騒がしいだけの変人ではない。これが、全国屈指の名門である命雲学園のNo.3が持つ、圧倒的な陽のエネルギーと実力。
だが、ケイの心も決して負けてはいなかった。
(……恥はかかない。あの人が残したこの陽気な空気を、私のやり方で完全に『塗り替える』……!)
日陰者でありながら、一度ステージに立てば徹底的に計算を尽くす「冴ゆる星」の顔。
由比ヶ浜ケイは静かに息を吸い込み、ローズの熱気とは対極にある冷たく研ぎ澄まされた集中力を高めながら、自らの出番のコールを待った。
「後攻、由比ヶ浜ケイ」
瀬谷先生のコールが響く。
ケイは、銀のラメが夜空の星屑のように散りばめられたスタイリッシュな衣装に身を包み、まるで重力を感じさせない足取りでステージへと静かに舞い降りた。
静寂を破ったのは、透明感のあるピアノの美しい旋律。
……そして直後、その静謐さを切り裂くように、激しいドラムンベースのビートとエレキギターが疾走し始める。
由比ヶ浜ケイの代名詞とも言える音楽ジャンル――『アートコア』だ。
暴力的なまでに速いBPMのメロディ。しかし、ケイはそれに呑まれることはない。
指先、足先までミリ単位で研ぎ澄まされた美しいダンスと、どこまでも澄み渡る歌声を、その激流のようなビートの上に完璧に乗せていく。
『いかに客席を魅了するか』。
その一点のみを追求し、頭脳で計算し尽くされた数々の動きが、先ほどまでローズが支配していた熱気と「陽」の余韻を、冷たい夜風のように静かに溶かしていく。
どんなに激しいステップを踏もうとも、その表情は決して「余裕」を崩さない。
その徹底したポーカーフェイスと計算された振る舞いこそが、日陰者である由比ヶ浜ケイを、ステージ上の絶対的な『クール』へと仕立て上げていた。
ターンッ……。
曲の終わりと共に、激しい「動」から一転、静かにフィニッシュのポーズを決める。
「……ありがとうございました」
マイクを通した涼やかな声で一礼し、ケイは静寂を取り戻した体育館のステージから、颯爽と舞台裏へと引いていく。
(ふぅ……なんとか上手くいったわね……)
審査員たちの視線から外れた瞬間、張り詰めていた完璧なアイドルの仮面を解き、素に戻って小さく一息をついたケイ。
だが、休まる暇もなく、その直後だった。
「ケイちゃん最高デシターー!!!!」
「うぐっ……!!?」
待ち構えていたかのように、弾丸のような勢いで飛びかかってきたローズに力いっぱい抱きしめられる。
物理的なダメージに肺の空気を絞り出されながら、こうして「陽」と「静寂」の対決は、ドタバタと共に幕を下ろしたのだった。




