─第3章─11話「命雲学園」
【由比ヶ浜ケイの受難】
愛知県、命雲学園。
国内屈指のアイドル科を擁するこの名門の門をくぐった、朝陽ノ高校の一行。
指定された体育館へと足を踏み入れると、そこにはすでに命雲学園の選抜メンバーが待ち構えていた。
「……久しぶりね、アザミ」
「あら、誰かと思えば。王座を追われたNo.1じゃない」
神野愛理と、命雲学園No.1にして全国No.2・2年生の不知火アザミ。
全てのステータスがカンストした怪物同士が、正面から対峙する。
愛理は笑顔だが、目は全く笑っていない。対するアザミは、180センチの長身から愛理を見下ろし、真っ赤なルージュを引いた唇で不敵に嗤っている。
バチバチという火花が物理的に幻視できるレベルの緊張感だ。
「朝陽ノ高校の皆さま、本日はよくお越しくださいました」
バチバチの二人をよそに、艶やかな黒髪のロングヘアで、全てを許してくれそうな優しい顔立ちの少女が、丁寧なお辞儀とともに口を開く。
命雲学園2番手の3年生・高嶺アイだ。
「アイちゃん、久しぶりやなぁ! 会うのは1年生大会で対戦して以来か!?」
「ええ……あの時は負けてしまいましたが、この借りはいつかキッチリ返させて頂きますね?」
和やかに見えて、こちらも底知れぬ妙な緊張感が漂っている。
そして、空気を読まない突風がその緊張を切り裂いた。
「オーーー!! ユーが『ケイちゃん』デースか!!?」
「うわっ!?」
突然、ウェーブのかかった金髪でポニーテールの少女がケイの目の前に飛び出してきた。
命雲学園No.3・3年生のローズ。
長いまつ毛に縁取られた青い瞳が、キラキラとケイをロックオンしている。
「ミーは動画見たヨー! あの神野愛理を倒したスーパー・ダークホース! 興味アリアリネ〜! ハグしマース!」
「ちょ、苦し……!」
欧米のノリで力強く抱きつかれる。
「……騒がしいわよ、ローズ」
低い声と共に、不知火アザミがこちらへ視線を向けた。
ローズから解放されたケイは、その威圧感に思わず姿勢を正す。
「あ、どうも。由比ヶ浜です……」
「知っているわ。……アンタ、神野愛理を倒したアイドル……それに、あの『瓦幸慈』とかいうマネージャーの担当なんでしょ?」
「?」
アザミはフンと鼻を鳴らした。
「アンタのマネージャー、アタシの祖父に妙なコネクションがあるらしいじゃない」
「……祖父?」
彼女の祖父。不知火。
その名を聞いた瞬間、ケイの脳裏にあの忌まわしき記憶が蘇る。
バラエティ番組『アイドル水泳選手権』。
司会進行をやらされた挙句、大トリの100メートル水泳で脚が攣り、溺れかけ、大恥をかいた上にケイの知名度が飛躍する原因となってしまったあの地獄の番組……。
その時、ケイをイジり倒した司会の大御所芸人――『しらぬいホンマ』。
「あ……!」
「おじいちゃんが言ってたわよ。『あの時の溺れたネーチャン、ええ根性しとったわ! 今度ウチの孫とコラボさせたるから瓦くん頼むで!』ってね」
「……え……えっと…………」
ケイは過去の恥辱と、最悪な未来の不安で目の前が真っ暗になった。
青ざめるケイを見て、アザミの後ろにいたツインテールの少女が呆れたように口を開いた。
命雲学園No.4・2年生の加賀美佳乃。
「ちょっとアザミ、なに初対面の人イジメてんのよ!」
目つきは鋭いが、その声色は優しかった。
「ごめんね由比ヶ浜さん、コイツいっつもこうだから……」
「あら、挨拶代わりよ」
「……大丈夫? 水、飲む?」
佳乃はケイにペットボトルを差し出してくれた。
キツイ性格だと聞いていたが、どうやら根は優しいらしい。地獄に仏、命雲にツンデレだ。
「御空さんは去年の1年生大会以来ね、今日はよろしく」
「はい、よろしくお願いします」
御空とも穏やかに挨拶を交わす佳乃。どうやら彼女がこの殺伐としたチームの良心らしい。
上級生たちが各々やり合っている横で、1年生同士の戦いも静かに始まっていた。
命雲学園の育成枠・吉野カナメ。
金髪ツインテールの可愛らしい少女だ。
彼女は上目遣いで、ケイの後ろに隠れるように立っている城ヶ崎杏樹を値踏みしていた。
(ふーん……あれが朝陽ノ高校の1年生?)
カナメの大きな瞳が、杏樹の一見華奢な体つきと、儚げな顔立ちを捉える。
(キャラ被ってるわねぇ……。守ってあげたくなる系? か弱い系?)
カナメは内心でほくそ笑んだ。
彼女の得意分野は「可愛いの暴力」。徹底したぶりっ子キャラによる空間支配だ。
キャラが被るなら、より計算高い方が勝つに決まっている。
(見たところ、楽勝ねッ♪ 悪いけど、私の引き立て役になってもらうわよぉ〜)
「初めましてぇ〜! 吉野カナメですぅ〜! 仲良くしてくださいねぇ〜♡」
カナメは完璧に猫を被り、満面の笑みで杏樹に手を差し出した。
対する杏樹は、服の下に隠された『バキバキの腹筋』に気づかれることもなく、「あ、はい! 城ヶ崎杏樹です!」と純粋無垢に元気に握り返す。
すれ違う第一印象。
こうして、波乱含みの交流戦が幕を開けた。




