─第3章─10話「憧れ」
【由比ヶ浜ケイの受難】
「ねぇ杏樹……調子はどう?」
高速道路を一定の速度で走るバスの最前列。
なんとか話題を捻り出したケイの言葉に、窓の外を眺めていた杏樹はパッと顔を向け、満面の笑みで答えた。
「絶好調です! お仕事も毎日すっごく楽しいし、こうして愛知遠征にまで帯同させてもらえてますし!」
「……それは良かったわ」
目を輝かせる後輩に対し、ケイはシートに深く背中を沈めたまま、掠れた声で相槌を打つ。
「ケイさんはどうですか? ……なんだか、元気がない気が……」
「あぁ……いつも通りよ。ちょっと、夏バテ気味なだけ」
杏樹の純粋な気遣いに、ケイは疲れたように誤魔化しの返事をした。
実際には夏バテなどではない。マネージャー・瓦幸慈の暴走によって夏休みの8割以上が仕事(水着ロケや過酷なバラエティ)で潰れているため、由比ヶ浜ケイの心身はただ純粋に摩耗し、疲労困憊していたのである。
ふと、ケイの脳裏に昨日の凄まじい選抜会の光景が蘇った。
「……そういえば、杏樹のあのパフォーマンスは自分で考えたの?」
あの、体育館を地下闘技場のような熱狂で包み込んだ破壊的なディスコ・ファンクと、神業のアクロバット。
あれを、素直で真っ直ぐな杏樹が一人でゼロから考案したとは思えなかった。ケイは素朴な疑問をぶつけた。
「あ、あれですか?」
杏樹は少し恥ずかしそうに、銀色の髪を指で弄る。
「あれは、アイドル科のクラスの子とか瀬谷先生に色々相談して、『わたしを一番クールに引き立てるスタイル』を模索した結果なんです」
「クラスメイトや先生に……?」
「はい! その……わたしも、ケイさんみたいに『カッコいいアイドル』になりたくて……!」
えへへ、と照れくさそうに、しかし真っ直ぐな尊敬の眼差しを向けて答える杏樹。
彼女にとっての絶対的なロールモデルは、神野愛理でも、天才の姉でもない。自分をアイドルの道へと引きずり上げた由比ヶ浜ケイだった。
「そう……」
ケイは静かに目を伏せた。
(……そうやって私に憧れて、目標にしてくれるのは素直に嬉しいけど。でも、『アレ』は、私の目指すそれとは根本的に違う気がする……)
頭脳と計算で勝負する「理詰め(ケイ)」と、己の肉体とパワーで空間をねじ伏せる「狂戦士(杏樹)」。
出来上がったアウトプットは真逆のベクトルのバケモノになってしまったが、その後輩のひたむきな慕情に、ケイは心の中で苦笑しつつも、決して悪い気はしていなかった。




