─第3章─6話「富豪令嬢の領地」
【由比ヶ浜ケイの受難】
「よう! ケイちゃん、久しぶりやなぁ!」
「ケイちゃん久しぶり〜!」
8月中旬、真夏の体育館。
重い扉を開けたケイを出迎えたのは、川那部ナツメの鼓膜を震わせる大声と、神野愛理の底抜けに明るい笑顔だった。
そしてその横には、パイプ椅子に座り、腕を組んで無言で佇む御空ユミの姿がある。
(……見事に怪物しかいないわね)
朝陽ノ高校アイドル科が誇る、トップ・オブ・トップの3人。それに一般科の自分が並べられているという事実に、ケイは改めて胃がキリキリと痛むのを感じた。
「……お疲れ様です」
ケイが力なく挨拶を返すと、体育館のステージ脇から、ひどく緊張した面持ちの城ヶ崎杏樹が舞台裏へと入っていくのが見えた。
その背中は、いつになく強張っている。
「ごきげんよう。皆様お揃いで」
そこへ、もう一人の1年生候補生が優雅な足取りで現れた。
縦ロールの金髪を揺らし、大富豪の令嬢・西園寺ミリアがふわりと微笑む。
「私が選ばれるのは確定事項ですけれど……形式上のテストには、きちんとお付き合いして差し上げますわ」
勝ちを確信しているような、全く隙のない涼しい顔。
先輩であるトップランカー4人を前にしても、一切の物怖じをしていない。
今回の審査ステージは、アイドル科の専用劇場ではなく、あくまで普通の体育館だ。
ただし、アイドル科の設備が入っているだけあって音響機材だけはプロ仕様に整えられている。
照明やスモークといったごまかしの効く演出は一切なし。純粋な『個の力』のみが試される、残酷な実力勝負の場だった。
「あのミリアとかいう1年坊、えらい自信満々やったな!」
ナツメが楽しそうに隣の愛理に話しかける。
「あの子は小学3年生から子役やってる実力派だからね。こういうオーディションへの場慣れはしてると思うよ」
愛理が、かつての絶対王者の顔つきで冷静に分析する。
(……子役上がりの実力派。対して杏樹は、アイドル歴わずか数ヶ月の素人……)
いくらフィジカルを鍛え上げ、ツインスターカップで覚醒したとはいえ、基礎となる経験値の差はあまりにも絶望的だ。
(大丈夫かしら、杏樹……)
ケイは祈るような気持ちで、ステージを見つめた。
「先攻、西園寺ミリア。……参ります」
ステージの中央に立ったミリアは、富豪令嬢というイメージ通りの、白いフワフワとしたお上品な衣装に身を包んでいた。
音楽が鳴り響く。
それは、森で動物たちと戯れるような、楽しげで落ち着いたメロディ。
「──っ♪」
歌い出しの第一声で、体育館の空気が一変した。
美麗で透き通るような歌声。そして、一切のブレがない優雅な舞。
ミリアはステージ中を朗らかなステップで楽しそうに駆け回る。
(……すごい。ただ歩き、ターンしているだけなのに……!)
ケイは目を見張った。
特別な照明も、背景のセットもない無機質な体育館。
それなのに、ミリアがステップを踏み、微笑みかけるだけで、背景に『おとぎ話の森』の幻影が見えるのだ。
長年の子役経験で培われた、圧倒的な「表現力」と「空間掌握能力」。
体育館は完全に、彼女の『領地』へと姿を変えていた。
曲が終わり、ミリアはドレスの両裾をちょこんと摘み、お上品に、そして完璧な角度でお辞儀をした。
「ありがとうございました」
静寂の中、靴音だけを響かせて舞台裏へと姿を消す。
なるほど。あれだけ勝ちを確信するだけの事はある。文句のつけようがない、100点満点のパフォーマンスだった。
審査員席。
愛理と御空ユミは、腕を組み、真剣な表情で何事か考え込んでいる。
ナツメは「ええもん見せてもうたわ」と言わんばかりの、満足げな笑みを浮かべていた。
(……これは、勝負あり、か……?)
誰もがそう思わざるを得ないほどの、圧倒的な完成度。
やはり、一朝一夕の努力で埋められる壁ではなかったのか。
そして。
張り詰めた空気の中、後攻・城ヶ崎杏樹が、舞台裏からゆっくりと姿を現した──。
修正のため再投稿しました。




