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─第3章─4話「灼熱のビーチバレー対決」

【由比ヶ浜ケイの受難】


「こんにちは! 由比ヶ浜ケイです」

「……御空ユミです」


終業式から数日後。

真夏の太陽が照りつける『ちゅらビーチ』の白砂の上で、カメラを前に2人のアイドルが並んで立っていた。


ロケの衣装はもちろん、マネージャー瓦が猛プッシュしていた「水着」である。

だが、そこにフリフリのビキニや派手なパレオの姿はない。


ケイが身に纏っているのは、身体のラインにぴったりと密着し、引き締まった「機能美」を際立たせる、紺色の『スクール水着』。

そして隣に立つ御空ユミもまた、一切の装飾を削ぎ落としたストイックな『スクール水着』だった。

華やかさを求められるアイドルロケにおいて、まさかのスク水被り。


しかし、目立つことを嫌う「日陰者」のケイと、「クールなエリート」のユミ。この2人のキャラクター性を考えれば、ある意味で必然のチョイスと言えた。


「ここは海の家ですね。早速入ってみましょう!」

ケイはカメラに向けて、数々の修羅場をくぐり抜け培ってきた完璧な愛想笑いを浮かべながらロケを進行していく。


一方の御空ユミは、ニコリともしないクールな無愛想を貫いていた。

海の家の定番メニューが運ばれてくる。

「……ソースのパンチが効いた、非常に美味しい焼きそばです。麺の焦げ目も絶妙ですね」

淡々と、しかし的確に味の魅力を伝えるユミ。


(……さすが御空さん。あんなに無愛想なのに、食レポも完璧に慣れてるわね)

ケイは横で感心しながら、心の中で拍手を送った。

アイドルとしてのポテンシャルの高さは、バラエティの平場でも遺憾なく発揮されていた。


撮影は順調に進んでいき、ついに番組のメイン企画である『ビーチバレー対決』のコートへと移動する。

「それではお二人とも、試合前の意気込みをお願いします!」

ディレクターらしきスタッフが、カンペを出しながら問う。


「はいっ! 一生懸命がんばりますっ…!」

ケイは両手でガッツポーズを作り、無難かつ100点のアイドルスマイルで答えた。


だが、問題は御空ユミだった。

彼女はカメラを真っ直ぐに睨みつけ、地を這うような低い声で言い放った。


「必ず、由比ヶ浜ケイを『叩き潰します』!」


青い海と白い雲に似つかわしくない、あまりにも物騒な宣言。

しかし、これにはロケ班から「おおーっ!」「バチバチで良いね!」と、どよめきと感嘆の声が広がる。スタッフたちは、番組を盛り上げるためのプロレス的な「煽り」だと解釈したのだ。


(………ただのビーチバレーなんだけど………?)

ケイだけが、その言葉に込められた100%の純粋な殺意に気づき、頬を引きつらせていた。


試合は10点先取。タッチは3回まで。

ビーチのコートは通常より狭く設定されているとはいえ、砂足の悪い中で1人でカバーするのはかなりキツそうだ。

スタッフが想定しているのは、恐らく「きゃっ」「あーん、落としちゃったー」といった、アンダーでのゆるーいラリーの応酬だろう。水着のアイドルが砂浜でキャッキャと戯れる、それがこの企画の『正解』である。


だが、ベースラインに立ち、サーブを打とうとする御空の様子が明らかにおかしかった。

彼女はボールを高く放り投げると、砂を深く蹴り上げ、しなやかなスクール水着の身体を弓のように反らせた。


「フンッ!!」

バシュッ!!!!!


「……え?」

ケイが反応する間もなかった。

カメラのフレームすら置き去りにするような、想像を絶する強烈なジャンプサーブが、ケイのコートの足元にミサイルのように突き刺さり、砂を高く巻き上げた。


(……まずい、この人、本当に『叩き潰す気』だ!………)

撮れ高も、テレビ的な映えも、アイドルの可愛らしさも一切無視した、純度100%の真剣勝負。

本気ガチ』だ。

御空ユミの何事にも全力すぎる姿勢は、もはやバラエティの企画そのものを粉砕する勢いだった。

(まずい……! この勝負、一方的に叩き潰されたら企画バラエティがめちゃくちゃになる……!)


由比ヶ浜ケイは、砂浜に突き刺さった弾丸サーブを見て覚悟を決めた。

撮れ高を作るには、ただ無様に負けるわけにはいかない。ある程度のラリーを成立させなければ。

(……本気を出すしかない……! 中学の時の選択授業で、バレーは経験済み……あの時の基礎を応用すれば……!)


「フッ!」

ケイはボールを頭上高く上げ、滑らかなフォームでサーブを打ち込む。

だが。

「……甘い!」

バシィッ!

強烈なサーブは、完璧なレシーブ体勢に入っていた御空ユミによって容易く弾き返される。

しかし、ケイはそれすらも読んでいた。

「ンッ!」

すかさずネット際へと前に詰めたケイは、砂を蹴り上げて跳躍。ジャンピングスマッシュで御空のコートにボールを鋭く叩き込んだ。


「……やるね、ケイ」

「……ユミこそ」


そこからは、アイドル番組のロケとは到底思えない、殺伐とした光景が広がっていた。

紺色のスクール水着を着た美少女二人が、砂まみれになりながら壮絶なサーブ&レシーブ、そしてラリーの応酬を繰り広げる。

スタッフはドン引きを通り越し、息を呑んでその『死闘』を見守っていた。


試合は9対9の同点。

泣いても笑っても、次がマッチポイントだ。

「はぁ……はぁ……」

炎天下の中、両者ともに肩で息を切らしている。

サーブ権は御空ユミ。


「ハァッ!!」

バンッ!!


ユミの放った強烈なジャンプサーブが、コートの隅の際どいコースへ向かって一直線に放たれる。

(……届くっ!)

ケイは砂浜に飛び込み、片手一本で辛うじてボールをふわりと浮かせる。

すぐさまバネのように立ち上がり、アンダーでネット付近にすくい上げた。


そして、最後の一撃。


「たぁッ!!」

バシィッ!!


空中で弓なりにしなったケイのスマッシュが、ユミの決死の飛び込みも虚しく、コートに深々と突き刺さった。


ピッ、ピピーッ!

長いホイッスルが鳴り響く。

日陰者であることを完全に忘れ、ケイは思わず砂まみれのまま、無言で握り拳を天高く突き上げてガッツポーズを決めた。

ロケ班からは、スポーツの全国大会を見終えたような割れんばかりの拍手が巻き起こる。


「……ナイスゲーム」

「……ええ。いい勝負だったわ」


ネット越しに、二人はお互いの健闘を称え合う固い握手を交わした。

かくして、異常な熱気を帯びた撮れ高無視の『ちゅらビーチロケ』は、謎の大団円で幕を閉じたのであった。



「いやー、お疲れケイちゃん! ビーチバレー対決、ものすごく見応えあったよ!!」

カメラが止まった後、マネージャーの瓦幸慈が冷たい水とタオルを持ってケイに近づいてきた。

「ありがとう……ん?」

タオルで顔の砂を拭いながら、ケイはふと冷静になり、ある重大な事実に気付いた。


(……よく考えたら、私、別にあそこまで接戦を演じる必要も、なんなら勝つ必要も無かったんじゃ……?)

ユミのガチサーブを適当に受けて、「きゃー、すごい! ユミの勝ちー!」とアイドルらしく負けておけば、体力を限界まで削られることも、勝って目立つ必要もなかったはずだ。


勝負事に火がついて、うっかり全力ガチを出してしまった。

そう考えた途端、急にドッと重い疲労感が全身にのしかかってきた。

「……なんだか、骨折り損な気がしてきたわ」

ケイがげっそりとして呟くと、瓦はニカッと笑って親指を立てた。

「何言ってるの! まぁ、これでケイちゃんの身体能力の高さが世間にバレちゃったから、スポーツ系のお仕事がさらに増えるだろうし、まさに『くたびれ儲け』だよ、ケイちゃん!」

「………それ、損してるって意味の言葉よ……」


もはやツッコミを入れる気力すら湧かない。

自ら受難の種を撒き散らしてしまった由比ヶ浜ケイの大きな溜め息は、打ち寄せる波の音と灼熱のビーチの空気に、むなしく溶けていった。

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