─第3章─3話「サマーバケーション」
【由比ヶ浜ケイの受難】
夏休み。
それは世の大半の学生にとって、厳しい学業から解放される至福の時期である。
しかし、由比ヶ浜ケイにとっては違った。
「ってわけで、明日から夏休み! 期待の新人アイドルとして、仕事一杯入れといたからね!」
「………はぁ」
1学期の終業式を終えた直後の校門前。
もう何を言っても無駄なのは分かりきっているケイは、本日何度目か分からない大きな溜め息をついた。
瓦幸慈から見せられたタブレットのスケジュール表を見ると、休みは1週間に2日か、下手すれば1日……。
クーラーの効いた部屋で、冷たい麦茶を飲みながら誰とも関わらずに読書をして過ごす。そんな「静かに暮らしたい自称日陰者」にとっては、あまりにも苦痛すぎるブラック労働の幕開けだった。
「……分かったわ。文句を言っても減らないんでしょうし」
ケイは諦めの境地でスケジュールをスクロールする。だが、ある偏りに気づいて眉をひそめた。
「……それよりも、やけに『水着での撮影』が多いのが気になるんだけど……」
「夏といえば水着だよ!!」
瓦が、周囲の生徒が振り返るほどの声量で力説し始めた。
「ケイちゃんの普段隠し持っている自慢の『曲線美』! あの極上のギャップを世間に魅せつけるには、水着!! 水着がベスト!!!」
「っ……! 声が大きすぎるわよ……!」
熱を帯びた瓦の言葉にドン引きしつつ、ケイは周囲の目を気にして一歩後ずさる。
「……別に、自慢した覚えなんて一度もないんだけど」
日陰者であるケイにとって、身体のラインが出る水着など、最も避けて通りたい「目立つための衣装」の筆頭である。
そんな不毛なやり取りをしていると、背後から見知った影が現れた。
「ケイ」
「あ……ユミ」
涼しげな夏服姿の御空ユミだった。
彼女はケイの横に立つと、瓦の持っているスケジュール表を覗き込み、とある日程にスッと指をさした。
「これ、あたしも出るから。よろしく」
「え、あぁ。『ちゅらビーチロケ』は御空さん共演だったね」
「ちゅらビーチロケ?」
ケイは首をかしげた。スケジュール帳の文字面だけでは、いまいち全容が掴めない。
「その名の通り、ちゅらビーチで夏を満喫するバラエティロケなの。最後にはアイドル同士の『ビーチバレー対決』とかもあるよ」
瓦がドヤ顔で指を立てて説明する。
それを聞いた御空ユミは、鋭い視線をゆっくりとケイに向けた。
そして、急に殺気を放って言い放つ。
「……そう、ビーチバレー。そこでケイ、あなたを『叩き潰す』……!」
「え……」
突然の物騒すぎる言葉に、ケイは思わず身を引いた。
ただのバラエティ番組のビーチバレー対決である。なぜそんな、命を懸けた決闘のような目をしているのか。
「じゃあ、次はそのロケで会おう」
言いたいことだけを言い残し、御空ユミは颯爽と去っていった。
残されたケイは、額に嫌な汗を浮かべる。
(………叩き潰す? バラエティのビーチバレーで?…………)
ただでさえ水着という憂鬱なハードルがある上に、本気すぎるライバルの殺意。
由比ヶ浜ケイの夏休みは、早くも逃げ場のない『受難』の予感を色濃く漂わせていた。




